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第41回 ディバスター 襲撃

 暗く静かな黒き十字架の本部の複雑な廊下に、一つの足音が響き渡る。外では多くの観衆が声を上げているのに、廊下には全くその声は響いていない。防音されている訳ではないこの廊下は、まるで外とは別空間の様な面持ちを漂わせている。

 そんな廊下をあっちに行ったりこっちに行ったりと、迷ったかの様に足音が響く。そして、その足音の主は、完全に道に迷った事を悟った。


「くっそ〜。どうなってるんだ! 確かにここから、来たはずだぞ……」


 足を止め前屈みになり息を荒げるティルの額からは汗が流れ出ていた。何故か、窓を閉め切ったこの建物の中は、蒸し暑く立っているだけでも汗が溢れてくる。体を起こし、額から流れる汗を拭いながら、ティルは辺りを見回す。


「あ〜っ……。見取り図とか無いのか……。大体、連中はこんな複雑な廊下を見取り図無しでよく移動できるな」


 感心するティル。もちろん、見取り図が無いわけじゃない。ただ、ティルが見取り図に気付いていないだけで、この建物には無数の見取り図が存在する。

 そんな事とも知らずに、ティルはまた走り出した。

 その頃、処刑台の後では着々とフォンの処刑の準備が整えられている。多くの兵士に槍を向けられ動くことすら許されないフォンはその事が不満なのか、少々不貞腐れている。そして、背後から槍を向ける兵士が力強く言う。


「さぁ、処刑の時間だ。台にあがれ」


 無駄な抵抗をしないまま、処刑台の上に上がらされたフォンは目を閉じその耳で、観衆の声を聞き入れる。観衆の口からでる言葉は「殺せー」などと言う声ばかりだった。そう言われるのに慣れていたフォンだが、流石にこれだけの観衆に言われると、胸が痛み苦しい。

 俯くフォンの横に二人の槍を持った兵士がやってくると、感情のままに言葉を放つ。


「さっさと跪け!」

「クッ!」


 フォンは脹脛を槍の柄で殴られ無理やり跪かされる。痛みを堪えるフォンの横にいやらしく笑うグラトニーがやって来た。その手には首切り様の大きな剣を持っている。

 鼻がひん曲がりそうな程の強烈な香水の臭いを放つグラトニーに、フォンは表情を引き攣らせ、目を背ける。そんなフォンを見下すグラトニーはゆっくりと口を開く。


「お前には悪いが、お前は銀狼の血を引く者として、ここで死んでもらうぞ。クックックッ」

「オイラは、銀狼なんて知らないぞ!」

「それでも、いいんだよ。お前が銀狼の血を引いていなくとも、ワシがそう言えば皆は信用する。もし信じぬ者が居たとしても、そやつを消せばそれで済む」


 イヤラシイ目付きでフォンを見ながらそう言うグラトニーに、ムッとするフォンだが歯を食いしばり必死で怒りを押さえ込む。必死で歯を食い縛るフォンに、不適に気色悪く笑みを浮かべるグラトニーは言う。


「銀狼の血を引く者を殺したとなれば、ワシの名も永遠に語り継がれるからのぅ。そうすれば、ワシはこの国の…いや、この世界の英雄になれる」

「その為に、嘘をつき民衆を欺くのか。大体、そんな嘘長くは続かないぞ」

「所詮、奴等には嘘か真かなど分かるはずは無いのだ。関係ないであろう?」

「こんな王様だから、この国の人々は苦しむんだ。だから、平和が訪れないんだ!」


 怒りに満ちた目でグラトニーを睨むフォンは、強気にそう発言する。今まで見てきた町や村の人々、魔獣に襲われ息絶えた人々、そんな人達の事を思い出しフォンは目を閉じる。そのフォンの言葉を嘲笑いグラトニーは、ゆっくりとイヤラシイ口調に言い放つ。


「苦しむのは、弱く汚い者共だけだ。この都市に居れば、皆楽が出来る。ワシも、ここに集まった民衆も」

「――!?」


 国王が発言したとは思えぬ返答と、ここに集まる苦しみを知らぬ民衆達に、フォンの怒りは頂点に達する。体中が熱くなり、その瞳は獣の様な鋭い瞳へと変貌する。背中で鎖で縛られた両手の爪は鋭く突き出て、鎖はミシミシと小さな音を立てる。その音は観衆の声にかき消され聞こえず、その様子にも気付かぬグラトニーは不適に笑いながら、観衆に言い渡す。


「これより、銀狼の血を引くこの者の処刑を始める! 皆のもの盛大に喜ぶが良い!」


 その言葉に観衆が騒ぎ出し、「殺せ」コールが轟く。その声に答える様にグラトニーは首切り様の大剣を持ち上げカウントを始める。振り上げられた大剣は日の光で薄らと輝き、フォンの身体の変化を見据える。少しずつ剥き出しになる二本の牙、茶色の髪もゆっくりと逆立ち始めている。

 そして、カウントが2になった時、更なる異変が街を襲った。大きな爆音とガラスの割れる音、そして、多くの血に飢えた魔獣の遠吠え。今まで騒いでいた観衆も、この瞬間に自分達の置かれた状況を理解し一瞬にして静まり返る。

 街の全ての出入口に多くの魔獣が集まっており、建物を破壊しながら中心部に迫る。音を起てて崩れる逝く建物は、大きな爆発を起こし辺りを火の海に化す。


「グルルルルッ!」「ガァァァァッ!」「シャァァァッ!」「ジュゥゥゥゥッ!」「キャァァァッ!」


 徐々に近付く様々な魔獣の鳴き声に集まった観衆は怯え悲鳴を上げる。その中でも一番怯えていたのは、国王グラトニーだった。大剣を投げ捨て、膝を諤々震わせながら、声を張り上げ黒き十字架に指示を出す。


「貴様ら! ワシを守れ! 決して奴等を城には近づけるな!」

「しかし、それでは国民が!」


 兵士の一人がそう講義するが、すぐさまグラトニーが言い放つ。


「黙れ! 国民などまた呼べばいい! 城とワシだけは守れ! 城とワシが居ればディバスターは何度でもよみがえる! それから、守り抜いた者には金一封を用意するぞ!」


 この言葉に兵士達は目の色を変え、武器を持ちグラトニーを連れ城に走り出す。完全に見捨てられた国民達は悲痛の声を上げ騒ぎ出す。そこに居る誰もが、自分の事に必死になり、フォンの事など忘れ去っていた。変貌するフォンの事など――。


 その光景を近くのビルの屋上で見ている者が居た。

 バンダナを巻いた空色の髪は、静かに流れる風で靡き、その水色の瞳はこうなる事を見抜いていたかのようだ。その少し後ろでは、長い金髪の髪を風に揺らす少女がいる。可愛らしい顔付きだが、表情が無表情の少女。

 いたる所から黒煙の臭いと血の臭いが漂い、魔獣達の声と人々の声が混ざり合う。全てがこの屋上まで伝わる。

 そんな中、金髪の無表情の少女が、空色の髪の少女に静かに言う。その声はとても安らかで全てを包み込むような声だ。


「怒りが…。彼の中に眠る獣を目覚めさせてしまったようです。ですが……あれが本来の獣人の姿……。彼は、自分の中の獣に勝てるでしょうか?」

「わかりません。でも、私は信じてます。今までの様に」

「そうですか。それでは、私も一緒に見守りましょう。彼の運命を――」


 優しく暖かな声で少女はそう言い、空色の髪の少女の背中を見据える。

 その頃、下ではワノールとカインが本部から外に飛び出してくる。辺りでは黒き十字架の兵士達が魔獣と戦っていて、民衆達の多くの血が流れている。まだ多くの人が会場から逃げ出せず、悲鳴を上げている。


「カイン! お前は裏口から出て街の中の魔獣を処理して来い!」

「はい! わかりました」


 カインはそう言い裏口の方へ走り出す。それを見て、ワノールは混乱する人々の中に突っ込み、素早く人を掻き分け先頭へと出る。そこには、複数の魔獣がおり、沢山の人が血を流し動かなくなっている。

 その光景に怒り、腰にぶら下げる剣の柄を力強く握る。そして、魔獣達を睨みながら言い放つ。


「この街で暴れた事を後悔させてやろう!」


 そう言うと腰にぶら下げた剣をゆっくりと抜く。鉄と鉄が擦れる音と共に黒く輝く刃が目の前の魔獣を見据える。そして、魔獣達もまたその剣を見据える。この時には、ワノールの耳には人々の悲鳴も建物の燃える音も聞こえてはおらず、ただ魔獣達だけを睨みつける。

 魔獣達はワノールと距離をとり、威嚇を続け睨み合いの均衡が続く。そして、痺れをを切らせた一体の魔獣が、勢いよくワノールに飛び掛る。音も無く真っ赤な血が宙に舞い、魔獣の体が地面を引き摺るように倒れ、頭が地面に落下する。素早く振りぬかれた黒き刃の剣は、刃から真っ赤な血を滴らせている。

 その光景に周りの人々は言葉を呑み、今まで響いていた悲鳴は消えていた。怒りと憎しみを宿すワノールの目がギロリと魔獣達を睨み付ける。


「さぁ、次はどいつが死にたい」


 背筋がゾッとするほど、殺意を秘めた声に観衆の表情は強張り、魔獣達も少しながら怯えを見せるが、すぐに魔獣達はワノールに襲い来る。

 次々と聞こえる風を切る音と、魔獣の体の崩れ落ちる音。無数に転がる頭と体からは、真っ赤な血と緑の血が流れ出て、それらは綺麗な街道で混ざり合い強烈な臭いと発する。

 全ての魔獣が頭と体を切り離され、辺りは血の海になっている。だが、人々はそんな事気にせずに、すぐさまその道を勢いよく走り出す。走る度に血が飛び散り、人々の足元は血が点々と付く。

 先程の戦いで顔に少しばかり血の付いたワノールは、剣に付いた血を綺麗に拭き取った後、顔に付いた血も綺麗に拭く。そして、顔の傷痕に触れながらボソッと呟く。


「この程度で、この街を襲いに来たのか……」


 少しばかり呆れるワノールは、全ての人が居なくなったのを確認し、ゆっくりと歩み出す。だが、一歩足を前に踏み出した瞬間、背後で何か強い気配を感じ、それと同時に体に激しい衝撃が襲い掛かった。

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