第40回 腐れ国王
皆さん、ご無沙汰しておりました。結構、長い間休止しておりましたが、今回から何とか話が進められそうです。多分、物語の内容とか忘れてたりしますよね……。
と、言うわけで、前回までのあらすじを少し。
黒き十字架 総隊長 ワノールとの戦いに敗れたフォンとティル。獣人であると言うだけで、フォンは黒き十字架に捕まり、ティルとミーファはフォンを助けるために黒き十字架の本拠地のあるディバスターを目指す。
ようやく、ディバスターに辿り着いたティルとミーファは互いに別行動をとる。
そして、黒き十字架の本部前にある処刑台の前に群がる人々の中にティルの姿があった。
と、まぁ、こんな感じですが、全くもって、分かり難いあらすじでした。
都市ディバスターの中央部にある豪勢な城の脇に建てられた、真っ黒な黒き十字架の本部。その正面には、フォンを処刑するための処刑台が堂々と木で組み建てられ、その前にはディバスターに住む人の大半が集まり騒ぎまわる。そのせいか、街道を通る人など居なくなっており、静まり返っている。
処刑台の脇には豪勢で立派な椅子があり、そこにドッシリと構え座り込む国王グラトニーの姿があった。歳は60後半で、丸々と太った身体にイヤラシイ顔付き、王冠の下から見える白髪。どう見ても、いい王様とは言えぬ感じを漂わせている。両隣に可愛らしい薄着の女を抱き、いやらしげに微笑むグラトニー。
その前に、足を運ぶ黒き十字架隊長のワノールは、跪き顔を上げずグラトニーの足元を見ながら言う。
「グラトニー様。この様な血の臭い漂う場所に足を運ばずとも……」
「フッ。ワシとて、こんな場所にはきとう無かったわ。じゃが、銀狼の血を引く者の処刑となれば、ワシ直々に手を下さぬ手は無い」
「銀狼?」
一瞬、何の事なのか分からなくなったワノールは、首を傾げた。そんなワノールに、グラトニーのイヤラシイ声が馬鹿にするかの様に発せられる。
「貴様、銀狼を知らぬのか? 数千年前、現れた気高き獣と謳われた銀色の毛並みの狼を」
イヤラシイ笑い声を飛ばすグラトニーの声など、周りの観衆の声にかき消され、ワノールの耳には届いていなかった。と、言うよりワノールは話を聞く気も無かった。その場で立ち上がり、複雑そうな表情を見せるワノールは、グラトニーの前だと言うのをすっかり忘れ、何も言わずに建物に入って行く。
「フッ。気に食わん」
ワノールの背中を睨み付けながらグラトニーは小さくそう言うが、その声は誰にも聞こえることは無かった。
自分の部屋の前に来たワノールは、誰かが部屋に侵入した事を直感した。ドアノブをゆっくり握り、勢い良く扉を開くと同時に鋭く棍が振り抜かれる。鈍い音が辺りに響き、ワノールは右腕に激しい痛みを覚える。
その右腕には鞘に収まったままの剣が握られており、それが棍を押さえ込んでいる。痛みが走ったのは受け止めた衝撃からだろう。少々表情を引き攣らせるワノールはゆっくりと口を開く。
「ティル=ウォース。どうやってここに侵入した?」
「入るのは簡単だ。皆、処刑台に注目してるからな」
そう言いながら口元に笑みを浮かべるティルは、素早くワノールから距離をとる。もうあの時の様にワノールの威圧感に呑まれると言う事は無かった。だが、机や本棚の並ぶ部屋の中では思う様に動く事が出来ない。
棍を構えるティルは、ワノールを睨んだまま動かない。一方、ワノールは剣を抜かずにティルを一直線に見据える。少々蒸し暑い部屋の中で睨み合う二人の額からは、薄らと汗が流れ落ちる。
この状況で、先に口を開いたのはワノールの方だった。長い髪を掻き揚げ汗を拭いながらティルに問う。
「お前はあの獣人を助けに来たのか?」
「ああ……。あと、聞きたい事もある」
棍を構えたままティルは、強気な姿勢でワノールの質問に答えた。ティルの聞きたい事が何かを大体分かっていたワノールは、ゆっくりと口を開く。
「お前の聞きたい事は分かっている。外の観衆の事だな?」
「そうだ。たかだが、獣人一人処刑するのに、こんなにも人が集まるか? それに、何故王様まで見に来る必要がある?」
「さぁな。国王が見に来る理由は分からんが、俺は調べる事がある。邪魔をするな」
その言葉を信用する事の出来ないティルは、警戒しながらワノールを睨む。一方、ワノールは時間が無いと言い、そのまま部屋中の本棚を荒らしまわる。本が床に落ちる音が何度も続いた後、急に音が止みゆっくりとした足取りで、本棚の間から出てきたワノールは、一冊の本を手に持っていた。表紙には『伝説の銀狼』と、書かれている。何故、銀狼の話がここで出て来るのか分からないティルは、ワノールに問う。
「そんな本で、何が分かるんだ?」
「知らん。腐れ国王が銀狼がどうとかほざくもんでな。一応、調べておこうと思ってな」
「どう言う事だ?」
「俺が知るか。それに、知ってたら一々調べたりはしない」
本に目を通しながらワノールはきつい口調でそう言う。
一応、ティルも銀狼の事は噂で聞いた事があった。だが、それはただの伝説で本当に居たのかすら知る者はいない。ただの人間の空想の生き物だとも言われている。
暫く本を読んでいたワノールはティルに向って質問をする。
「あの獣人の名は?」
「フォンだ」
「フルネームは何だ?」
「フルネーム? 聞いた事ないな。あいつはフォンしか名乗ってない」
「役にたたん奴だ。あいつは仲間じゃないのか?」
呆れたような表情をしながら、刺々しい言葉を発するワノールに、ティルは拳を震わせる。今にも殴りかかりそうなティルに、ワノールが更に質問をする。
「奴は一体何タイプの獣だ?」
「そうだな……。嗅覚が優れているから、犬か何かじゃないか?」
「嗅覚だけか? 瞬発力や持久力はどうなんだ?」
「フォンと戦ったあんたの方が、そこら辺は良く知ってるんじゃないか?」
「仲間のくせに、特徴も知らんとは……」
ため息を吐きながら、首を左右に振るワノール。額に青筋を立てるティルは、全身から怒りのオーラが漂っていた。そんな事にも気付かず、ワノールは質問を続ける。
「奴の髪の色は会った時から茶髪だったのか?」
「ああ……。ずっと……茶色だ……」
「なら、奴が本気で戦った事はあったか?」
「あいつの本気なんて、俺が知るか!」
怒りをぶちまける様に、大声で怒鳴るティルだが、完全にそれを無視し考え込むワノール。もう何を言っても無駄だと思ったティルは棍を持ったまま、机の上に座り込んだ。
その時、廊下を走る足音が部屋に近付いてきて、乱暴に部屋の扉が開かれる。そして、金髪の髪を靡かせながらカインが部屋に入ってくる。表情から何やら焦りの見えるカインは早口でワノールに言う。
「ワノールさん! 大変です! 今、無数の兵士が牢獄に押し寄せ、まだ処刑の許可の下りていないフォンを連れて処刑台の方へ!」
「何! フォンが処刑台に! クッ、こんな所でこんな事をしている場合じゃなかったんだ!」
カインの言葉にティルはしまったと、言う表情をして声をあげた。その声で初めてティルの存在を知ったカインは、驚きに目を丸くしている。そんな二人の声など聞こえてはいないワノールは、急に口を開く。
「こんな事をしている場合じゃない! 詳しく奴から話を聞かなくては!」
「エッ! ワノールさん! 何処行くんですか!」
部屋を走って出て行くワノールの後を、カインが追いかけて行く。一人取り残されたティルは、廊下の窓から外を見る。外には多くの観衆と処刑台が見える。そして、その脇に多くの兵士が居て、その中に茶色の髪にボロボロの服装の男が見えた。それが、フォンだと気付いたティルは、すぐに出口に走り出す。
その頃、地下の牢獄に辿り着いたワノールは、牢獄にフォンの姿が無いのを確認すると後からついて来たカインを怒鳴りつける。
「どう言う事だ! 奴は何処だ!」
「わ、ワノールさん! さっき、言ったじゃないですか! フォンは兵士に連れられて処刑台に連れて行かれたって!」
「なぜ、それを止めなかった!」
「そんなの無理ですよ! 王様の命令なんですから!」
悔しそうにそう言うカインは、下唇を噛み締める。小さく舌打ちをしたワノールは、小さな声で呟く。
「あの腐れ国王め……」