第4回 フォンと切れ目の男
光の薄らとしか差し込まない森の中。
木々が擦れ合いザワザワし始める中、複数の化物に囲まれているフォンは、準備運動をしながら化物達を見回す。木々が邪魔で動き難いが、それは化物達も同じだ。
喉を鳴らす化物達は、いつでもフォンを捕らえられる位置まで近付いているが、フォンはそんな事全く気にしていない。
「ウガアアアアッ!」
巨体の化物の雄叫びを合図に、周りの化物達が一斉にフォンに飛び掛る。前後左右から遅い来る化物に、フォンは一発ずつ重たい鉄拳を浴びせてゆく。鈍い音が響き次々と化物達は地面に倒れていく。
そして、ついに巨体の化物だけが残った。化物は少し驚いた表情をしているが、すぐに地を蹴りフォンに襲い掛かる。大きな口を開き牙を剥き出しにして、フォンに噛み付こうとする化物に対し、落ち着いた様子のフォンは剥き出しになったその2本の牙を、両手で掴み止める。
フォンの体が両足を地面に着けたまま後方に押されるが、すぐに踏み止まりピクリとも動かなくなる。化物の口から漂う強烈な悪臭にフォンは思わず声を漏らす。
「ア〜ッ。汚いしクッサイ口だな。大体、肉ばっかりくってっからこんな臭くなるんだ」
顔を顰めたフォンはそのままの状態で、化物の体を持ち上げる。軽々と浮き上がる化物は、四本の足をバタつかせ空を駆ける。ゆっくり息を吐くフォンは、歯を食い縛り力一杯地面に化物を背中から叩き付けた。地面の割れる音と共に地響きが起こり、化物の体は地面に減り込んだ。
完全に気を失いピクピクと痙攣する化物にフォンは、取り合えずもう一撃与えて動きを止める。止めは刺していないが、これだけ派手に遣られれば、大人しくなるだろうと思うフォンのお腹がキュルルルと音をたてる。
「ウ〜ッ。無駄な体力使っちゃったな。って、言うか腹減った〜。そう言えば、こいつ等食えるのかな?」
空腹のフォンは気を失う化物の側に屈みこみ、期待に満ち溢れた目をしながらそう言うが、それに答えてくれる者も無く、ただ単に虚しくなるフォンだった。その後、こんな薄汚い化物を食べちゃ、腹を壊すと思い結局食べるのは止め、取り合えず化物を倒した証明として、もって帰る事にした。
「さて、こいつ連れて村に戻るか」
化物の口から剥き出しになった牙を掴み、地面を引き摺りながらフォンは村に戻った。
その頃、村では男の子と切れ目の男がいた。会話など無くただ沈黙だけが続く。恐怖で小刻みに震える男の子に対し、落ち着いた様子の切れ目の男は腰にぶら下げた黒い長方形の箱の様な物の手入れを行う。漂う血の臭いなど全く気にしない切れ目の男は、黙々と手入れを進めていく。
そんな沈黙を破ったのは、のんびりとした口調のフォンの声だった。
「オ〜イ。退治してきたぞ〜」
その声に男の子は嬉しそうに立ち上がる。切れ目の男と一緒に居るのが嫌だったからだ。切れ目の男もフォンの声に立ち上がり、手入れを済ませた長方形の箱の様な物を腰にぶら下げた。
そんな事を知らないフォンは、右手で化物を引き摺りながら笑って登場する。笑顔のフォンに対し、何やら怖い顔をしている切れ目の男。フォンはまだ切れ目の男に気付いておらず、男の子に明るく言い放つ。
「どうだ! ちゃんと退治してきたぞ」
大笑いするフォンに、家の影から低い声で切れ目の男が言う。
「お前、獣人だな。ここで、何をしている」
「オイラは、旅をしてるんだ。あっ、ついでに、オイラはフォンって言うんだ。宜しくな」
「名前なんて聞いてないし、興味も無い」
切れ目の男にそう言われ、フォンは少し肩を落とす。そんなフォンに、切れ目の男は更に言葉を発する。
「それで、魔獣は全て倒してきたのか?」
「どうだろう? 取り合えず居るだけ倒してきたけど……」
「それじゃあ、後ろの連中は居なかったのか?」
切れ目の男にそう言われ、フォンは初めて気がついたが、フォンの後ろには数体の化物もとい魔獣の姿があった。ボスがやられて頭に血が上ったのだろう、恐ろしい形相でフォンの事を睨みつけている。
「あれ〜っ、ちゃんと急所を突いたと思ったのに……」
「と、言う事は奴らとは戦ったんだな」
「エッ、まぁ……。そうだけど、それがどうかしたのか?」
不思議そうにそう言うフォンを、馬鹿にするかの様に切れ目の男は鼻で笑う。無償に怒りを覚えるフォンだが、そこは怒りを抑えて魔獣達の方に体を向ける。
「さぁ、まとめて掛かって来い!」
「ガアアアアッ!」
地を蹴った魔獣に身構えるフォン。そんな時、銃声が鳴り響きフォンの目の前の魔獣がフラフラとして、地面に横たわる。額からは真っ赤な血がドロドロと流れ出る。そして、フォンの頬にも真っ赤に線が走り、血が流れる。
ゆっくりと振り返るフォンの視界には、妙な銃を構えた切れ目の男の姿が映る。
「お…お前……。今、オイラの頬を掠めたぞ! オイラも撃ち殺す気か!」
「フッ……。そんな所に立っているからだろ? 俺には関係ない」
「んだと! ふざけんな!」
怒りの篭ったフォンの声だけが村の中に響いた。