第32回 衝撃と黒き十字架
本を読み終えたティルは寝息を起てるフォンの頭に、持っていた本を振り下ろす。バコッと、良い音を起てると同時にフォンが頭を抱えながら目を覚ます。頭部に激しい痛みを伴うフォンは、涙目でティルを見ながら言う。
「何するんだよ!」
「そろそろ、出口探すぞ。ミーファが心配だからな」
「それもそうだ……」
椅子から立ち上がったフォンは、伸びをして顔を両手で軽く叩く。眠気を吹き飛ばそうとしているのだろう。そんなフォンを見ながら、ティルは右手を顎に添えて考え事をしている。考え事と言うのは、もちろんあの本に書いてあった内容の事だ。
その時、部屋の片隅で何やら大きな物音が響く。その物音で眠そうにしていたフォンも目が冴えた。ティルも考え事をすっかり忘れ、腰のボックスに手を掛けている。埃が舞い上がる一箇所に体を向け、息を呑む二人の耳に聞き覚えのある声が――。
「ゲホッ……ゲホッ……。何でドア開けたら本棚が倒れるのよ……」
フォンとティルはすぐにその声の人物を特定し肩の力を抜き、ゆっくりとした足取りでその声の方に向う。
埃の中で立ち上がったミーファは咳き込みながらも辺りを見回す。
「うう〜っ。この部屋に来てる筈何だけど……」
埃が目に沁み涙目になるミーファの視界に、薄らとフォンとティルの姿が映る。フォンとティルはミーファを見た瞬間に、色んな事に驚き唖然としていた。しかし、そんな二人の表情は涙目のミーファには良く見えていない。
二人は固まったまま小さな声で言葉を交わす。
「あれ、どう思うよ」
「どうって……」
ミーファの足元に転がる木の破片や大量の本に、目をやり二人は苦笑いを浮かべた。そんな事とはつゆ知らず、ミーファは二人のもとに駆け寄る。
「うう〜っ。怖かったよ〜ッ」
二人に抱きつくミーファに、少々恐怖を覚えるフォンとティルだった。
暫く休んだ後、三人は部屋を出た。部屋は小屋の地下だったらしく、階段がすぐ傍にある。どうやってミーファがこの部屋の事に気付いたのか分からないが、取り合えず外に出られた喜びに浸るフォンとティル。
先程まで強かった雨脚も大分弱まり、空に広がる灰色の雲に薄らと光の線が入り始めている。
「やっと雨も上がりそうね」
「そうだな。しかし、結局休む事すら出来なかったな」
「そうね。また、今日も野宿になりそう……」
深いため息を吐いたミーファは、肩を落し完全に元気を失う。そんなミーファに更なる追い討ちが――。
鼻を刺す血の臭いと妙な音に、気付いたフォンは大声で叫ぶ。
「ここから離れるぞ!」
「エッ? どうして?」
「いいから、離れるんだ!」
フォンの焦り様からティルはすぐさま状況を把握し、ミーファの手を引き家から離れる。フォンもすぐに離れ様としたが、すでに手遅れだった。
激しい衝撃と同時にフォンに一体の魔獣が襲い掛かる。鋭い刃物のような腕、強靭な脚を持つ魔獣の腕を押さえるフォン。二人のぶつかった衝撃で起こった突風は家を崩壊させる。ティルとミーファはその突風に煽られながらも、フォンと魔獣を目視する。
突風が止むと魔獣がフォンから距離をとる。だが、フォンはいっこうにその場を動こうとはしなかった。先程の衝撃でフォンの全身に激痛が走っている。
「ぐふっ……」
地面に膝をつき吐血するフォンを見たティルは、すぐさまボックスを銃に変え構える。その時、ミーファが何かに気付きティルの服の裾を引っ張る。
「何だ! 今、フォンが――!?」
ティルは自分の目を疑うと同時に、嫌な予感が脳裏をよぎる。二人の視線の先には複数の馬に乗った鎧を纏う者達の姿があった。腰には細身の剣が鞘に収められており、鎧と擦れ合い音を鳴らす。
その先頭を行く者は顔に傷が右目に眼帯をしてるため、少々怖い面構えに見える。身長は180後半と言った所だろう。長めの黒髪は雨で塗れ頬や額にべったりと張り付いている。
その者達の姿を見て、ティルは全身に重い威圧感を感じながらも、ゆっくりと口を開く。
「何で、黒き十字架が……」