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第26回 解毒剤と滴れる血

 町の外れの病院は静まり返っている。ベッドに横たわるフォンは、苦痛に表情を歪ませ額からは大粒の汗が流れる。そんなフォンの右手を握るミーファの手には、弱っていくフォンの脈拍が伝わっていた。

 そんな静かな病院内が、急にざわめき始めたのは夕日が沈む前の事だ。大勢の人の慌てる声と足音だけがフォンとミーファのいる病室には聞こえる。

 そして、その足音の一つがこの病室の前で止まり、激しく扉が開かれる。びっくりして振り返るミーファの視線の先には、若い看護婦がいる。その右手には綺麗な花を持っていて、優しくミーファに微笑む。その瞬間、看護婦の持っている花が霧花であると、確信したミーファは立ち上がり看護婦に駆け寄る。


「それが、霧花なんですか!」

「そうよ。これで、その子も助かるわ。私はすぐに解毒剤を調合します。安心してお待ちください」

「はい」


 嬉しくて目から涙を零しながらミーファはそう言う。これで、フォンが助かると言う喜びと同時に、一体誰が霧花を取りに行ったのだろうと言う疑問が生まれた。

 だが、その疑問の答えはすぐに出された。開かれた病室の扉の向こうを、四・五人の看護婦に支えられながらベッドが横切っていく。ベッドには血塗れの男が一人仰向けに寝かされ、ベッドから染み出た血が床に点々と残されていく。病室を出たミーファはその血の痕を辿り、手術室の前に辿り着く。

 その前の椅子の上には黒い箱が置かれていた。その箱がいつもティルが腰にぶら下げている物だと、気付いたミーファは霧花を取ってきたのはティルなんだと気付いた。そして、ティルが大怪我を負っていると言う事も――


「ティル……」


 手術室の前でミーファは祈り続けた。



 その後、ティルの傷の治療は終わり、フォンの体を取り巻いていた毒も何とか解毒剤で消された。その後、フォンはすぐに退院出来たが、ティルの方は暫く病室から出る事を許されなかった。まぁ、あの傷ですぐに退院出来る訳が無い。その為、フォンとミーファはこの町の宿に宿泊していた。


「今日で、一週間か……」

「そうね。一週間、フォンが獣人である事がバレてないけど、そろそろ気付かれてもおかしくないわね」

「まぁ、獣人だって知られても、気にすることないって」


 能天気なフォンの声にミーファは半笑いし、フォンから距離を取る。その瞬間、フォンに向って石が幾つも飛ぶ。反射的に石をかわすフォンの視線の先には、何やら怖い顔の男達がいる。手には各々武器になる様な物を握っていて、足をガクガクと震わせている。その態度でフォンは獣人である事を知られたと悟った。


「出てけ! 獣人!」

「化物が俺達の町に何しに来た!」


 怒りの声を上げる男達に、フォンはゆっくりと微笑む。その瞬間に男達は表情を強張らせ、一歩後退り生唾を飲む。ゆっくり息を吐くフォンは、チラッとミーファを見てから口を開く。


「わかった。出て行くよ。だから、道あけてくれない? 荷物を取りに行きたいんで」


 男達はその言葉に一斉に道の端に寄り、殺気を帯びた目でフォンを睨み付ける。それを見ていたミーファには、獣人が化物と言うより、この人達が化物の様に見えた。

 その後、宿に戻ったフォンは荷物を整えて町を出た。その間、男達は片時もフォンから目を離そうとはしなかった。フォンが町を出て行くのを確認すると、男達はそれぞれの家に戻って行く。ミーファもフォンが町を出て行くのを確認して、ティルの入院する病院へと向う。

 ドタドタと廊下に響くミーファの足音は、病室にいるティルの耳にも届いた。その為、ティルは扉が開かれると同時に言葉を発した。


「どうかしたのか?」

「た、大変! フォンが町を追い出されたの」

「まぁ、一週間も獣人だとバレなかっただけ凄いと思うがな」

「何でそんなに冷静でいられるのよ!」


 冷静さを失いながらミーファはティルの体を激しく叩く。その瞬間にティルの体の隅々に電気が流れるかの様に、痛みが走った。胸を両手で押さえながらベッドの上で悶えるティルに、窓の外から声が掛けられた。


「大丈夫か? ティル。今、傷口にモロに入ったぞ」

「ふ、フォン!」


 鞄を担いだフォンが、窓の淵に腰を下ろしティルの事を心配そうに見ている。戸惑うミーファに気付いたフォンは、軽く会釈して病室に足を下ろしティルの方に近付く。


「ティルって案外モロいんだな」

「黙れ……。獣人の様に丈夫な体じゃないんだ人間は」

「獣人だってそんなに丈夫な体じゃないんだぞ!」


 言い争う二人に未だに状況の把握できていないミーファはゆっくりと問う。


「ねぇ、何でフォンがここに? 出て行ったんじゃないの?」

「んっ? 町から出て裏からここに来た。ミーファのボディーガードがティル一人だと不安だからな」

「虫如きに怯えるお前に心配される覚えはない」


 腕を組みながら頷くフォンに、鋭く冷たい言葉を発したティルは、顔を背ける。その後も、子供の喧嘩の様な、言い争いが病室内に響き渡った。

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