第24回 風の山
暴風吹き荒れる山道を茶色のコートを着込んだティルが歩いていた。足場は永年風に煽られていたせいか、綺麗に整っており意外に歩き易い。だが、暴風で舞い上がる粉土が視界を遮り中々前に進む事が出来ないでいる。漆黒のティルの前髪が暴風でボサボサに煽られているが、そんな事気にせず歩き続ける。
風の山の噂を知っていたティルだが、ここまで風が強いとは全く予想していなかった。多分、気を抜けばティルの体は簡単に吹き飛ばされてしまうだろう。一歩一歩靴の裏で確りと地面を踏みしめた事を確認しながら足を進めていく。
ようやく、中間地点に辿り着いたティルだがここで休んでいる暇は無い。日が暮れる前までに霧花を持って帰らないとならないからだ。
歩き続けるティルだが、頂上に近づくにつれて風は強まり、ついに足が止まる。暴風はティルのコートの裾を激しくバタつかせ、今にもティルを吹き飛ばそうとしている。何とか前屈みになり踏み止まっているが、このままだと何れ吹き飛ばされるのは目に見えていた。
「くっ……。一体、何処に霧花はあるんだ……」
右腕を顔の前に翳し目にゴミが入らないようにして、辺りの様子を伺う。右側は足場の無い崖になっていて、落ちれば命は無いだろう。左側は切り立った崖が聳え立ち、何処も彼処も茶色で花の形など見当たらない。
「やっぱし、ああ言うのは頂上にしか咲かないのか……」
自分の目の前に伸びる道を真っ直ぐ見て、ゆっくりと息を吐く。耳には風の音以外何も聞こえないが、微かに感じる魔獣の気配にティルは腰にぶら下げたボックスを手に取る。壁の方に背中を着けて風を凌ぎながら、ティルはボックスを槍に変える。
「こんな状況で、どこから来る気だ」
そんなティルの心配をよそに、あの蜂の化物達が暴風の中を舞い降りてくる。背中の羽を小刻みに何度も羽ばたかせ、器用に暴風に乗り空を舞っている。その光景に「ははは……」と、苦笑いをティルは浮かべた。
どの蜂の化物も右手に毒針の付いた槍を持ち、ティルの事を見る。相手の出方を待つティルに向って、頭上から大きな岩が落される。だが、その岩は暴風に煽られティルのすぐ横に落ちた。轟々しい音を起てて砕け散る岩の破片が、ティルの頬を切りつけ真っ赤な血が溢れ出る。傷口から出る血は風に吹かれて飛び散っていく。
「上からも攻撃ってか……。完全にアウェーだなこれは……」
「ジュゥゥゥゥゥ」
「どちらにしても、お前らに構っている時間は無いんでな。チャッチャと行かせてもらう」
壁から背を離し頂上に続く道に向かい走り出す。だが、暴風に煽られティルの体は宙に浮く。コートは風を受けふっくらと広がり、ティルの体は大きく後ろに吹き飛ばされる。
もちろん、こうなる事を予測していたティルは土壁に向かい、右手に持った槍を突き立てる。鈍い音を起て槍の刃が土壁に突き刺さり、毀れた土が風で粉々に吹き飛んでゆく。体を槍の柄に近づけると、槍を壁から抜きさらに風に身を任せる。
それを、何度か繰り返す内にティルは頂上付近まで辿り着いていた。頂上付近は風が弱く、まるでここだけ別世界の様な所だった。
「あと少しで頂上か……。奴等は完全に俺が死んだと思い込んでるな。まぁ、今の内に霧花を探すとするか」
槍をボックスに戻そうとしたティルは、背後から殺気を感じ振り返りゆっくりと槍を構える。息を呑むティルの視界に足音も立てずに、蜂の化物が歩み寄ってきた。先程までの蜂の化物と違い、体格も背中の羽も大きく、お尻の毒針も何十倍の大きさになっている。
この蜂の化物が奴等のボス、女王蜂である事にティルは気付いていた。そして、こいつさえ倒せば蜂の化物達は消えると言う事も。
「親玉の登場か……。しかし……、この大きさは反則だろ」
「ギャァァァァッ!」
鋭い爪の生えた腕をティルに向って一振りする。ガッと、地面に突き刺さる女王蜂の爪は、地面を砕く。紙一重でそれをかわしたティルだったが、着ていた茶色のコートの右肩が裂けているのに気付く。
「掠ってたのか? いや、そんなはずは……」
「ギャァァァァッ!」
戸惑うティルにもう一度女王蜂が腕を連続で振り下ろす。ガッガッガッガッと、音を奏でながら地面に突き刺さる女王蜂の腕には、真っ赤な血と茶色の布切れが付いていた。完璧にかわしたと思っていたティルだが、その体は明らかに女王蜂の攻撃で裂かれた様な後が残っている。茶色のコートのあらゆる所が裂かれ、首筋にも真っ赤な線が走っていた。