第22回 毒針
腕が四本、お尻には大きな針を持っており、大きな目がティルの事を真っ直ぐ睨み付けている。
気を失っているフォンが意識を取り戻す可能性も少なく、仕方なくティル一人で戦う事にした。だが、蜂の化物は暗闇から次々と現れてくる。足音は無く羽の擦れる音だけが聞こえてくる。
「結構な数の魔獣だな……」
「ティル一人で大丈夫?」
「さぁな。相手の戦い方次第だな。取り合えず、その馬鹿を連れて安全な場所に隠れてろ」
「うん。わかった」
頷いたミーファはティルに言われた通り、フォンの体を引き摺りながら岩陰に隠れた。焚き火の明かりで見える蜂の化物は、徐々に増えていく。苦笑いを浮かべるティルは、蜂の化物の位置を確認すると、銃を乱発させる。
銃から打ち出される圧縮された空気の弾が、風を取り巻き蜂の化物の頭を貫く。頭を貫かれ、蜂の化物の緑の血が辺り一面に飛び散っていく。だが、それに怯む事無く蜂の化物はティルに向かって歩みだす。乱発される空気の弾は精確に蜂の化物の頭を貫く。
すでに何十匹と言う蜂の化物の頭を貫き、辺りは血の海と化している。そのため、辺りには生臭い血の臭いが漂っている。嗅覚の優れているフォンはその臭いに目を覚ました。
「血の臭い……」
「やっと、目が覚めた? 今、ティルが一人で魔獣と戦ってるの。フォンも加勢に行くのよ! あなた達の力を見せてもらうわ」
「おう。わかった。それじゃあ、行って来る」
立ち上がりそう言うと、フォンはコートをミーファに渡す。これ以上、戦いでコートを駄目にすると、ミーファに怒られる気がしたからだ。
膝を軽く曲げ大地を確りと両足で踏みしめ、一気に地を蹴る。爆風と共に無数の細かい石が飛び散り、フォンの姿は消えた。瞬発力を爆発させ、一気に魔獣達の中に突っ込んで行ったのだろう。
一人戦うティルの額からは、汗が流れ出ている。大勢の蜂の化物を相手にしているからと言うのもあるが、まだ完治していない胸の傷口が痛み出していたのだ。
「くっ……。一体、何体いるんだ!」
息を荒げながらそう言うティルに向かい、フォンの声が響き渡る。
「助っ人のオイラが加勢するぞ!」
「早く加勢しろ!」
「今行くぞ!」
岩の欠ける音が響くと同時にフォンが空から舞い降りてくる。軽やかに地面に着地し、ティルと背中合わせに立ち、そこで初めてフォンは魔獣の姿を目にした。その瞬間に、フォンは顔を引きつらせ、声を震わせながらティルに言う。
「なぁ、ティル。こいつら、蜂だよな……」
「見ればわかるだろ」
「あのさ、加勢して早速で悪いんだけど……。オイラ……戦えない……」
フォンのこの言葉にティルは耳を疑い、それと同時に怒りがこみ上げてきた。そして、ティルはフォンに掴み掛かり低い声で怒鳴る。
「オイ! 加勢に来て戦えないって、どういう事だ!」
「お、オイラ、虫って駄目なんだよ」
「はぁ? 待てこいつ等は虫じゃなくて魔獣だ。獣なんだよ」
「それでも、虫型の魔獣だろ? オイラ、虫だけは駄目なんだ」
愕然とするティルにフォンは笑い掛ける。この状況で笑えるフォンに、少々感心すると同時に腹が立った。だが、この状況で仲間同士喧嘩をしていては、二人ともやられてしまうとわかっているティルは、銃を構えたままフォンに言い放つ。
「お前は下がってろ。そこに居るだけ邪魔だ」
「そんな風に言うなよ。オイラだって力になろうと思ってだな」
「逆に足を引っ張ってるんだよ」
その言葉に肩を落としながら、その場を離れようとしたフォンの右肩に鋭い針が刺さる。その瞬間、フォンの視界がブレ体がガクンと地面に崩れ落ちる。全身に刺す様な痛みが襲い、頭がクラクラして体に力が入らない。
「ううっ……」
「どうしたフォン!」
うつ伏せに倒れるフォンにそう言うティルは、フォンの右肩に刺さる針に気付いた。その針は、蜂の化物のお尻に生えていた針で、たぶんその針に毒が盛ってあったのだろう。
蜂の化物達はいつの間にか消え去り、辺りは静まり返える。ティルは銃をボックスに戻して、フォンの体から毒針を抜く。その傷口から血か微量流れている。
「くっ! 奴等の狙いはこれか!」
「どうしたの? 魔獣達が急に居なくなったけど?」
ミーファが暗闇からティルの方にやってくる。そして、横たわり苦しむフォンの姿を見て、ミーファは表情を曇らせた。なぜ、フォンが倒れているのか分からないミーファに、ティルが言う。
「今すぐ出発するぞ!」
「今すぐって、こんな中歩いたら迷っちゃうよ」
「フォンが毒針にやられたんだ。早く近くの町の医者に診せないと手遅れになる」
ティルはそう言ってフォンの体を持ち上げる。胸の傷口がズキズキと痛むが、それに耐えながら他の荷物も手に持ち歩き出す。ミーファも自分の荷物を持ちティルの後に続き歩き出した。