第20回 病院からの大脱走
看護婦のいなくなったティルの病室。
フォンは窓の淵に腰を下ろし、外の風景を眺め風を肌に感じている。一方のミーファはベッドの横にある椅子に座り、不器用なナイフさばきでリンゴの皮を剥く。ベッドの上に横になり動く事を許されないティルは、眉間にシワを寄せ腕を組んだまま目を瞑っている。そんなピリピリとした空気の中で、フォンが明るく言う。
「風が気持ち良いな。オイラ、ここの風好きだな」
「何なら、代わってやっても良いぞ」
「嫌だよ。風は気持ちいいけど、入院するのは勘弁して欲しい」
笑いながら軽く首を振るフォンは、少々ティルをからかっている様だ。更に眉間にシワを寄せたティルは、奥歯を食いしばり怒りをこらえる。その時、ミーファが嬉しそうに声を上げる。
「出来た! はい、リンゴ食べて」
「あぁ、悪い……な……」
皿に盛られた無残に切られたリンゴの姿に、ティルもフォンも一瞬にして表情が凍りつく。そう、そのリンゴは皮を剥いたと言うより、実を切り落としたと言う表現が正しいだろう。顔を引きつらせながら、ミーファの顔を見る。ニコニコと微笑むミーファはリンゴの皮を剥いたと言う達成感で、ティルとフォンの表情など目に入っていない様だ。
そんなミーファに忠告しようと、フォンが恐る恐る口を開く。
「あ、あのさ……。別にオイラは喰わないからいいんだけど、それ……実が無いぞ」
リンゴを指差すフォンに、軽く首を傾げたミーファは少し複雑そうな顔をしながらも笑みを浮かべて言う。
「そんな事無いよ。ちゃんと食べられるわよ」
「いや……。食べられるとかの問題じゃなくて……」
「何、皮剥いてもらって文句は言わないわよね」
ミーファの妙な威圧感にフォンとティルはこれ以上何も言えなかった。そして、リンゴはティルの胃袋に入れられた。もちろん、ミーファの手によって――。
その後も色々と何気ない会話で時間を潰す三人。日も沈みかけた時、急にフォンとミーファが立ち上がり言う。
「さぁ、そろそろ行くか」
「そうだな。もう面会時間も終わりだ。さっさと出てけ」
「何言ってんだ。お前も一緒に行くんだぞ」
「断る。なぜ、お前達と一緒に出て行かなきゃならん。それに、出て行けばあの注射針が……」
妙に注射に怯えるティルは鋭い目付きで、フォンを威嚇する。困り果てたフォンはミーファに助けを求める。少々呆れた様子のミーファだったが、すぐに態度変えティルを脅す様に言う。
「あら? あなた、誰に助けてもらったのか忘れたの?」
「誰も、助けてくれとは頼んでいない。お前達が勝手に助けたんだろ」
「確かに、頼まれてなかったな」
「フォンは黙ってなさい。話がややこしくなるから」
話に口を挟んだフォンに、冷たい口調でミーファがそう言う。流石のフォンもこれには本気で落ち込み、そんなフォンをティルは可哀想だと思う。だが、ティルに対しミーファの続いての攻撃が打ち出される。
「あなたに、ここの入院費を払う事が出来るの? 30万ギガ(ギガはこの世界のお金の単位)だけど」
「グッ……」
流石のティルもこれには、言葉も出ず表情を曇らせる。暫しの沈黙が続き、ティルが口をゆっくりと開く。
「わかった。お前のボディーガードを引き受けよう」
「オオッ! ティルが負けた!」
驚きの声を上げたフォンを、ティルが鋭い眼差しで睨み付ける。この瞬間に、フォンは何か言われると確信していた。
「だが、俺は獣人と旅をするのだけは断る」
「駄目よ。フォンも一緒よ。二人居なきゃ意味……じゃなくて、危なっかしいでしょ?」
「危なっかしい? 俺の何処が危なっかしい!」
「実際、あの赤髪の男にやられてたわよ」
「ムッ……」
ミーファに微笑みながらそう言われたティルは言い返す事が出来ない。もちろんそれは、ミーファが最も正しい事を言っていると、ティル自身がそう思ったからだ。確かに、フォンが来なければあの男に確実に殺されていたし、多分魔獣も倒せなかっただろう。
そんな事を思っていると、フォンが笑いながら顔を覗き込む。その瞬間にフォンへの感謝は消え、殺意に近いものを感じた。
「お前、俺を馬鹿にしてるだろ!」
「まさか。オイラはティルがミーファに負けて落ち込んでると思ったから、励まそうとしてだな」
「グッ! やっぱり、駄目だ! こんな奴と一緒は!」
「もう、遅いわよ。了承しちゃったんだから」
ミーファは笑みを浮べながらそう言い、何やらフォンに目で合図を送る。その瞬間、フォンがティルの体を軽々と持ち上げる。傷口に、思いっきりフォンの肩が直撃し、悲鳴に近い声をティルがあげる。
「ギャアアアアッ!」
その悲鳴に無数の足音が部屋に向って来るのが聞こえて来た。足並みはバラバラだが確実にこの病室に近付いてきている。
ティルを抱えるフォンは片方の手で耳を押さえながら呆れた様子の表情で言う。
「大きな声出すなよ。看護婦さん達にバレちゃっただろ!」
「お前が、傷口を……」
ティルの言葉を無視して、フォンがミーファの体を担ぎ、次の瞬間窓の淵に足を掛けそのまま外に飛び出す。一瞬我が目を疑うティル。それもその筈、ティルの病室は三階にあったからだ。そんなティルに対し、フォンとミーファは楽しそうに笑っている。
風で髪が逆立つフォンとティルとミーファの三人の耳に、病室からは何やら悲鳴に近い甲高い声が聞こえた。きっと、ティルが居ないのがバレたのだろう。
笑いながら地面に着地するフォンだが、着地の衝撃で足から全身に電気が走る。ティルも着地の衝撃で傷口にフォンの肩がもう一度決まり、血がにじみ出る。痛みに苦しむフォンとティルに対し、無傷のミーファは二人を急かす。
「ほら、何してるの! さっさと行くわよ!」
「あ、足が……」
「き、きき傷口が……」
そんなフォンとティルの言葉を無視して、ミーファはそそくさと走り出す。そのミーファの後を苦しみながら追いかけるフォンとティルの二人だった。
クロスワールドも第20回を迎えました。
未だ低迷する人気。毎回愛読してくださる皆様には感謝しております。
まぁ、人気が無いのはいつもの事ですが、その内沢山の読者の方に読んでいただければそれで満足です。
しかし、何の展開もなく第20回を迎えたのですが、一体この後この話は何処へ進んで行くのでしょうか? 小説を書いている本人ですら、そう思い悩む今日この頃です。
長々と後書きを書きましたが、愛読する皆様に感想などを聞かせてもらうと嬉しいです。気軽にメッセージなど送ってください。