最終回 共に歩む道
「それじゃあ。俺達は先に行くぞ」
荷物を持ち出発の準備を済ませたワノールが、黒い灰に変わった焚き火の向かいにいるティルに向って言い放った。ワノールの後ろには、同じく出発の準備を済ませたカインとウィンスの姿もあり、いつでも出発できる様な状態で立っている。
落ち着いた様子のティルは、静かに微笑み腰を上げ伸びをする。少し焦げ臭いニオイ漂うが、それよりも草木の香りが強く、心が安らいだ。息をゆっくりと吐くティルは、荷物を持つ三人を見据え、軽い口調で答えた。
「あぁ。俺もフォンとルナが目を覚ましたらすぐ行く」
「でも、大丈夫ですか? フォン、暫く戦えないんじゃ?」
心配そうな顔でカインが聞く。確かに、フォンの事は色々と不安があったが、ティルは相変わらずの口調で答える。
「その辺は何とかするさ。心配するな」
「そんな。心配するに決まってるじゃないですか」
「カイン。ティルに任せとけば大丈夫だ」
「でも〜」
少し不満そうに口を尖らすカインに、ティルとワノールは苦笑した。ウィンスの方は相変わらず、静かに目を閉じ風を肌に感じている。そのウィンスの姿が目に入ったティルは、不思議そうに首を傾げる。
「ウィンスは何をやってるんだ?」
「あっ、ここの風は少し変わっているって言ってましたよ」
「ふ〜ん。風なんて何処も一緒だと思うけどな」
微かに笑いながらティルはそう言い、それにウィンスが気付いたのか目を開きティルの方に顔を向けた。
「どうだ。ここの風はたっぷり肌に感じたか? そろそろいくぞ」
「もう、十分風は感じた。ここの風は特別穏やかだ」
「そうか」
嬉しそうに風に服の裾を靡かせるウィンスは、クルクルクルと回転しながら「アハハハハッ」って、大きな笑い声を上げていた。それを見たカインは唖然と口を開いたまま動かない。ティルも、少し引き攣った笑みを浮べ、ワノールは呆れて肩を落としていた。
その後、ワノールとティルは固く握手を交わし「お互い無事に合流できる様」と、呟いた。それから、ワノールはカインとウィンスを連れて出発する。並んで歩く三人の後ろ姿を見送った。
未だ目を覚ましそうに無いルナとフォンに目を落としたカインは、暫く村を歩いて回ろうと歩き出した。黒く焦げ、所々雑草の生える家々をめぐり、昔を思い返す。
エリスと走り回った通り道は、今では見るも無残に草だらけで、綺麗だった花壇は瓦礫と化している。歩き回っている内、いつしか足は昔住んでいた家の前で止まっていた。丁度、大木の後ろの方に佇んだ家だ。
風で風化し、所々ボロボロとくだけ、木の柱は完全に腐っている。それでも、まだこの家だけは力強く屋根を支え、真っ直ぐに立ち尽くしていた。まるで、ティルやエリスの帰りを待っているかの様に。
「お前だけは、まだ力強く生きてるんだな。でも、もう眠っていいんだぞ。この村は皆力尽きたんだ」
優しく穏やかな目で家を見上げるティルは、懐かしい友人にあった様に語る。それに対し、穏やかな風が吹き、ティルの頬を優しく撫でた。そして、同時に家を支えていた柱が崩れ、立ち尽くしていた家は音を立て崩壊する。
それを見届けたティルは、まだ埃が舞う中、ゆっくりと足を進め、瓦礫の傍に屈みこみ小さな声で「お疲れ様」と、言いその場を後にする。その後も昔の町並みを懐かしく思いながらも居た場所へと戻ってきた。
「懐かしかった?」
戻ってきて早々、眠っていたはずのフォンが、上半身を起き上がらせニコニコ微笑みながら訊く。そんなフォンに、いつもと変わらぬ口調でティルは答える。
「遅いお目覚めだな。体の方はどうだ?」
「体は意外と楽だ。これも、ルナのお陰だ。しかし、ティルがオイラの体の心配をするなんて、少しは暖かみが出てきたな。それで、朝ごはんは?」
「あるわけ無いだろ。それに、お前の事を心配したんじゃない。先に行ったワノールたちのことが心配なんだ」
「チェッ。変わったと思ったけど、心はやっぱり冷たいのぅ」
口を尖らしブーブーと言うフォンを無視して、ティルはゆっくりと倒れた丸太の上に腰を下ろす。背を向けるティルを細目で見据えるフォンは、ゆっくり体を寝かせると、真っ直ぐ空を見上げた。
急に静かになり、木々のザワメク音が五月蝿く聞こえる。鳥の囀りも時折聞こえ、風がそれをフォン達の耳まで運ぶ。二人の髪を優しく撫でる風は、本当に穏やかで心が安らぐ。ウトウトとし始めるフォンは、あまりの気持ちよさにまた眠りに就きそうになる。そんな時、ティルが声を掛けた。
「お前と二人で話すと、初めて会った時の事を思い出すな」
「う〜ん。そう言えば、ティルとのんびりこうやって話す事って無かった気がするな」
「そうだな。こんなのんびりと話した事は無かったな」
「初めの頃はいつもミーファがいたし、今ではルナやカイン。ワノール、ウィンス。沢山の仲間が出来たからな。まさか、こんなに仲間が出来るなんて、オイラ思っても見なかったぞ」
嬉しそうに微笑むフォンに、背中を向けたままのティルも微かに口元に笑みを浮かべていた。昔を思い出していたのだ。
ここまで、色々な事があった。
今までは、一人で生きていけると思っていたが、いつしか大勢の仲間に囲まれ、そんな仲間を自分は必要としている。
全ては、フォンと出会い、ミーファと出会ってから。
そんな事を心の中で思うティルは、ふと地面に目を落としボソッと呟く。
「俺に仲間か……」
その声が聞こえたのか、フォンが首を傾げながら訊く。
「何か言ったか?」
「いや。なんでもないさ。ただ、まさかお前と一緒に旅をする事になるとは、初めて会った時は思っても見なかったがな」
「確かに。初めて会った時は殺されかけたからな」
「あれは、お前が邪魔だったんだ」
力強くそう言うティルに、不満そうに、
「何も言わないで銃なんかぶっ放すティルの方が悪いに決まってるだろ!」
と、叫んだ。「はいはい」と、軽く受け流すティルは、呆れたように首を左右に振った。
その姿に、フォンは色々と不満を口にする。だが、ティルはそんな言葉に聞く耳を持たず、天翔姫の手入れを始めた。心の中にしまっていた不満を、全て言い終えたフォンは、「はぁ、はぁ」と、息を荒げ苦しそうにしていた。
ようやく静かになり、ティルが手を休めフォンの方を振り返った。ムスッとした表情のフォンは、体を起こしたままティルを睨んでいる。そんなフォンの顔を見るなり、ティルは笑みを浮べパンを一つ投げた。突然投げられたパンを「アワワワッ」と、フォンは慌てながらキャッチする。
「お前の分だ。言っておくが、一つしかないから、ゆっくり食え」
「モゴモゴ(何?)」
既にパンはフォンの口の中へと入っていた。投げる前に言っとけばよかったと、後悔するティルは、呆れたようにため息を漏らす。口をモゴモゴと動かすフォンは、そんなティルの姿を見て笑った。
それから、暫くしてルナが目を覚ました。そんなルナが起きて最初に言った言葉は「何してるんですか!」だった。起きたルナが目にしたのは、まだ安静にしていなければならないフォンが、拳を大木に向って突き出している姿だった。
ルナは物凄くフォンを叱りつけ、フォンはしょんぼりと反省したように静かになった。ティルはそんな二人が同じ歳だとは思えず、思わず笑いを零した。
旅の支度が済んだ。フォンも体の調子はよさそうだし、ルナの方も何も心配は無い。ティルも体は軽いし、足取りも良好だった。
「行くか」
「もう少し見て回っても良いぞ? どうせ、ワノール達とは王様ん所で会えるんだから」
「まぁ、そうだが、少しでも早く合流した方が良いだろ?」
「そうですね。ティルさんはともかく、今のフォンさんは私と同じで戦う事は出来ませんから」
「エッ! オイラ戦えるぞ!」
鞄を背負ったまま軽く飛び跳ねてみせるフォンだが、ルナはそれを見ようともしないで「駄目です」と、即答した。「う〜っ」と、フォンは不満げな声を上げる。そんなフォンを無視するように、ティルとルナは歩き出した。ムスッとした表情のフォンは、ぶっきらぼうに歩き出し、二人の背中を睨んで歩く。
突然の最終回と言う事に、ビックリした方もいるかもしれません。ですが、クロスワールドは、これで終った訳じゃありません。安心してください。
まだ長くなりそうだったので、100回と言う丁度切れの良い所で一度終らせ、第二幕として続きを出したいと思ったのです。
作者の勝手な思いつきですが、まさかこんなに長くなるなんて僕も思っても見なかったので。
この100回までが、第一幕と言う事にしておき、了承していただきたいと思います。
本当に読者の皆様ありがとうございました。こんな長い長い物語を読んで下さり。
まだまだ、第二幕として続きますが、今後ともよろしくお願いします。