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鬼と龍  作者: 徒花 紅兎
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第8話「お会いしたかったものだ」

紅鬼が食堂に入ると、異様な空気が広がる。

それは重いような、少し殺気が含んだような。

とにかく、気分が悪くなる、そんな空気だ。


軍に所属はしていても誰も彼女に近づかない。

彼女のことを慕う者も、守る者も居ない。

通り過ぎる時に挨拶すらも無い。


それだけ恐れられている。


白龍はその事実を実際に肌で感じ、少しだけ、不憫さや哀れみを抱いた。

普通の女子として生活していたならば、と。


だが、そんな白龍の心も打ち砕かれる。



「………黄猿、一体あれは、」


「何人分かなんて数えないほうがいいですぜ?」



二人の向かい側には大量の食事を、次から次へと口に運ぶ紅鬼の姿がある。

無くなれば、食事係の所へ行って皿を差し出しておかわりをねだる。

延々とその繰り返しだ。



『だから殺気を感じたわけだ…。』



食事係は紅鬼の容赦無い攻めに堪えねばならない。

彼らにとって城一番の天敵が彼女だと、黄猿は教えた。

白龍自身も彼女の食べっぷりに食欲が減退する。


彼女は放っておくと、ろくに食事を取らないらしい。

それを見兼ねて、黄猿が様子見ついでに、こうして食事を取らせるそうだ。

ただ、今日は戦の後の食事だったため、これほど大量に食べるとのこと。



「ずいぶん、面倒見がいいな。」


「俺は鬼子の監視も言い付けられてんでね。」



箸が止まる白龍に



「まぁ、一応、要注意人物なわけで。」



と、付け加えた。

もし、彼女が敵軍に寝返ろうものならば、それは恐ろしい話。

逃げ出す隙すら与えられない、とうわけか。



「そのわりには一人で泉に行かせたりするんだな。」


「あんたもわかるだろ?監視するだけ無駄だって。」



紅鬼が逃げ出したり、寝返ったりはしない。

彼女の頭には蛇黒を守ることしか無い。

わずかな間ではあるが、白龍もそれは確信している。



「何故、そこまで…。」


「それは俺にもわからん。


 ただ、言えるのはあいつの母親の代の時からそうだったってこと。」


「先代の紅鬼が?」


「まぁ、この鬼子ほど、野生ではなかったけどな。


 ちゃんと教養も礼儀もしっかりとした女人で、


 ………物凄く美人だった。」



思わず、黄猿と目を合わせる。

彼は本気の眼差しで、深く頷く。



「………それは、お会いしたかったものだ。」



ふと紅鬼に目をやる。

口の端についた飯を手の甲で拭う姿を見てしまい、ため息が出た。


彼女の日常は、黄猿に聞かせてもらった話そのままだ。


自分の部屋と庭園の往復。

雑草を抜いたり、新しい植物の繁殖に挑戦したり。

自分の衣服は自分で洗って、庭園に干す。

あと、部屋にあった刃物も時々日干しにして手入れをする。

いつも片時も話さず持ち歩いている赤みを帯びた愛刀は、

毎日のように切れ味を確認して手入れをしていた。


部屋の中では薬を煎じたり、効能を調べたり、

それを書物に次から次へと書き留めていく。

その書物は軍に役立ちそうな気がしたが、

書かれていることが難しいことばかりで、

解読するのが困難であるために、

誰も彼女の書物を扱うことが出来ずにいた。

いわば、一族に伝わる秘伝の書物だと称されている。


白龍もちらりと見たが、確かに解読するには骨が折れそうだ。


もはや、彼女を口説くと言う当初の目的はどこへやら。

今はどうすれば彼女を理解できるのかという問題へと変わっている。


大の大人二人が、観察するようにじっと見ているにも関わらず、

少女は庭園で黙々と自分の日常をこなす。


すると、彼女は突然立ち上がり、

桶に水を汲んだかと思うと、口笛を鳴らした。

やがて仲良しである白馬がやってきた。

どうやら放し飼いしているらしい。


黄猿の話では、あの馬は気性が荒いらしく、

紅鬼以外は絶対に乗せないとのこと。

お互いに気に入っているのだろうか。


しばらく見ていると、彼女は白馬の体を洗い始めた。

白龍が教えた通りの動きそのままに、優しく撫でる。

そこは覚えたかと少し安堵した彼の隣で、黄猿はあいた口が閉まらない。



「こりゃ…一体………。」


「どうした?」


「いや、あの鬼子が馬を洗うなんて…珍しいってか、


 初めて見たってか……。まさか、あんたか?」


「よほど、あの馬が大事らしいな………紅鬼!」



黄猿の問いに答えること無く、白龍は紅鬼に近づいた。



「暑い日はかまわんが、今日みたいな涼しい時は日向で洗うんだ。」



誰かを認識するためか、彼を一目見て固まったが、

馬の話にようやく気がついた。

そして、素直に日の当たりのよい場所まで移動する。

そして白龍に使っている布が衣服だと気づかれ、一喝された。


そんな光景を黄猿は不思議な想いで見つめた。



その晩のこと、晩食を蛇黒や黄猿、

蒼犬そして紅鬼と共にとっていた。

軽い食事と、酒を嗜む。



「興味はずいぶん削がれたようだな。」



離れた場所で食事をとる紅鬼を眺めている白龍に、

隣で酒を飲む蛇黒はそう言った。



「別の興味がわいた。何故、お前に執着する?」



知らぬ、と蛇黒は呟く。



「知能は高い、何故、教養や礼儀を教えない?」


「そんなものに興味は無い。鬼は刃を振っておけばよいのだからな。」



こんな男を好く気持ちが益々わからない。

だが、白龍はある決意をする。



「ならば、しばらく紅鬼を借りよう。」



だが、彼女は馬以外の事で白龍を相手にしない。

どうするつもりかと思えば、



「蛇黒、お前が紅鬼に命じろ。」


「貴様の相手をしろと?」


「なんだ、嫌なのか?」



紅鬼は蛇黒の命令には必ず従う。

それを利用するほか、方法は無い。

蛇黒はちらりと紅鬼を見、ふっと笑みを浮かべた。



「鬼、しばらく白龍の相手をしろ。」



蛇黒の言葉に、今まで無反応だった彼女は箸を置き、拳で返事をした。

ようやく白龍は楽しみを抱いた。


黄猿はこの後で紅鬼が「白龍とは誰だ?」と聞いてきたことは黙っておくことにした。



続く



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