第7話「お詫びにご協力いたしましょう」
鍛練場が賑やかだ。
剣と剣がぶつかり合い、音を奏でる。
一人の男が、舞っているかのように、軽やかに動く。
彼に対し、数名の兵士たちが同時に切り掛かっていくが、
いとも簡単に受け流される。
彼は音を楽しんでいた。
時に単調に、時に激しく。
一曲に合わせて、体を動かすように。
かかっていく兵士達は見た目、とても軽く向かっているように見える。
だが、不思議なことに、すぐに息があがっていた。
彼らは数人がかりで攻撃をしかけていたのだが、
いつの間にやら、男の剣を止め、避けることに必死になっていた。
切り掛かっていく側であるはずの人間が、
気がつけば剣を受け止める側に変化していたのだ。
そして、ふと彼らの手から重みが消えた。
持っていたはずの剣が無い。
視線をずらすと、近くの地面にそれは突き刺さっており、
ふと首筋にひんやりとしたものを感じた。
男の嫌な笑みに兵士達は青ざめた。
その様子に黄猿は拍手を送る。
「いやぁ、流石、不敗の白龍と呼ばれるだけありますなぁ。」
褒められた白龍は愛剣を鞘におさめた。
が、その表情は彼の姿を目に入れた瞬間に歪む。
「ずいふんと不服そうなお顔で。」
黄猿に似合わぬ丁寧な喋り方に、白龍は益々顔をしかめる。
憂さ晴らしにと、鍛練場に来た事がどうもばれているらしく、
黄猿はにやにやと憎らしい笑顔を見せる。
観念して白龍は素直に愚痴をこぼす。
「不服な顔にもなる。」
「だから言ったでしょう?
礼儀も何もなっちゃいないから苦労するって!」
あの後、一人で城に戻ってきた紅鬼の姿に、黄猿は大方の察しがついた。
彼女に白龍の所在を聞けば、首を傾げたのだ。
紅鬼ほど、人の存在に疎い人間は見たことが無い。
自分の存在を認識してもらうにも骨が折れる。
哀れと思えど、笑いは堪えなかった。
「あそこまで酷いと誰が予想出来る!?」
「あんたは綺麗な花ばかり見すぎてんだよ。」
「花という問題では無い!何故誰も躾をしてないんだ!」
「あー、そりゃ皇帝陛下に聞いてくれ。」
丁寧な言葉遣いにも疲れ、黄猿は地で話す。
白龍の案内係に任命されたことを恨めしく思った。
じと目で彼に睨まれる。
怒りの矛先は全て黄猿に向けられるのだ。
「わかった、わかった。お詫びにご協力いたしましょう。」
大きなため息をついた黄猿は、懐から小刀を取り出し、
失礼、と呟くと白龍の左手の甲を切り付け、一本の傷をつけた。
「……………おい。」
「まぁまぁ、ここは黙ってついてきな。」
酷く痛んだわけでは無いが、
何故突然切り付けられねばならないのか。
益々不満が募るが、黄猿は楽しそうに廊下を歩いて行く。
彼の後についていくと、ある扉の前で立ち止まる。
「鬼子!入るぞ!」
遠慮無く扉をあけ、中に入る。
そこは、部屋中に独特な匂いが立ち込めていた。
部屋の至る所に何かの材料であろうか、
枯れた植物や、謎の粉が積み上げられていたり、
壁には多種類の刃物が所狭しとかけられている。
「あれ?居ねぇ…庭園だったかな……。」
「ここは倉庫か?」
「いや、鬼子の部屋だ。」
「は!?」
しれっと答えられ、白龍は驚愕する。
よくよく見てみると、わずかな隅に寝床と思われる布を見つけた。
だが、そのほかにはよく分けのわからない物体が溢れている。
足の踏み場も、掻き分けなければ出てこないほどだ。
人の住む部屋とはとてもじゃないが思えない。
「………不快さが増す部屋だ。」
「あんた、けっこういいとこの出だろ。」
ついでに綺麗好きでもある。
女好きで有名な彼だが、その他に関する礼儀礼節はかなり重んじている。
あと、自室に無駄なものは絶対に置かない主義だ。
だから、
城の廊下を走るということも、絶対にしない。
そんな彼の耳にこちらへ走って近づいてくる、足音が聞こえてしまった。
誰かなんて、もうすでにわかりきっている。
堪忍袋の緒が切れかけたのか、白龍はすぐに廊下へ向かい、
大声で足音の主に怒鳴る。
「走るんじゃない!!紅鬼!!!!!!!!!!!」
突如現れた彼の出現に、紅鬼は心底驚いて固まる。
彼女の腕には何やらたくさんの植物が抱えられており、
それをしっかりと抱きしめる形でそこに居た。
「緊急以外で城内を走るな!!はしたない!!!」
ゆっくりと彼女は頷く。
その様子に黄猿は「まるで保護者だな」と心の中で呟いた。
彼女が部屋をのぞき、黄猿の姿を見て何事か?という表情を見せた。
「いや、白龍殿が怪我をしてしまってな。」
白龍の手首を掴み、傷口を見せる。
もうすでに血が固まり、塞がっていた。
「ちょっと錆びた刃物で切ったんだ、
まぁ、大したことは無いが、なにせ陛下のご友人だ。
万が一のことがあっては困る。看てくれ。」
紅鬼は抱えていた荷物を近場に放り投げ、白龍の手をとる。
そして、ほとんど固まった傷口を、舌でゆっくりと舐めた。
突然の事に、今度は白龍のほうが固まる。
驚きのあまり、黄猿に視線を送る。
「あぁ、毒素が無いか味で確認してんだよ。」
「は?」
「鬼子は味覚や嗅覚で毒を探知できる。
そして、解毒の方法も知っている。」
ふと、部屋中を見て確認する。
ここにあるものは毒植物もあるようだが、
どうやら漢方や薬になる素材が並んでいるらしい。
紅鬼はなにやら粘着質を取り出し、彼の傷に塗る。
「兵士達は怖がって立ち寄らねぇが、
そいつは国一薬剤に長けた鬼子よ。」
庭園で育てているのはどうやら毒植物だけでは無く、
薬草やらも育てているらしい。
「鬼子、また新しい植物育てたのか?
ちゃんと蒼犬には報告したんだろうな?あいつ煩いからな。」
彼女は力強く頷いた。
蒼犬はわざと毒の話しかしなかったのか。
どいつもこいつも性格が悪い。
そんなことを心の中で思っていた白龍だが、
包帯が無いので、褒美に貰った衣服を裂き始めた紅鬼に、
再び怒りが湧き、数刻の説教をすることになった。
続く