表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼と龍  作者: 徒花 紅兎
6/57

第6話「大事に扱ってやらなくてどうする」

本拠地からそう遠くない場所に森はあった。

ずいぶんと奥まったところでようやく泉が見えてきた。


ぱしゃりと水の動く音がする。

その音をたよりに近づくと、

見覚えのある白馬が水を飲んでいた。

見事な白馬だが、その体もまた赤に染まっていた。


紅鬼の姿を探す。

だが、見当たらない。


水面が激しく揺れる。

するりと白い物体が泉から上がってくる。



「――――――紅鬼ど、」



呼びかけようとして、止まる。

確かに彼女だ。間違いなく紅鬼だ。


だが、何も着ていない。


裸の彼女を目にし、固まる白龍。

一方の紅鬼は彼の姿を確認したが、全く動じない。

何だ?という視線ばかり送っている。


ようやく白龍が我にかえり、慌てて目を背け彼女の姿を掌で隠し、大声を出す。



「早く体を隠せ!!!!!!」



そう言われ、自分の姿を確認したが、

納得できないのか首をかしげる紅鬼。


だが、白龍は目を背けたままで埒があかないと、

渋々近くの木に吊るしてあった自分の衣服を身に纏った。


ようやく着てくれたと、安心して姿を確認するが、

それはほとんど下着のような状態で、

きちんとした上着も甲冑も身に着けていない。


見は出来るが、なんという様かと呆れが出てきた。

そういえば、黄猿が「礼儀も何もなっちゃいない」と言っていたのを思い出した。


その言葉の意味を理解した。


紅鬼は常識を携えていない。

無関心、無頓着、不精でがさつ。

まるで野生の獣と何らかわらない性格の持ち主だ。


血を全身に浴びても気にも留めないのは、

泥が体についても気にしないのと同じ。


全てを悟って、白龍はため息をつく。

“花”とはよく言ったものだ。

彼女は“獣”だったということだ。


彼の中の色欲は極端に減少した。

こういう人間は白龍の美学に反するのだ。

つまり、“苦手”な部類である。


落ち着いた紅鬼は、布を水に濡らし、白馬の体を拭き始めた。

血が固まってしまったのか中々落ちないらしく、

力任せに馬の体をごしごしとこする。


それを見た白龍は慌てて止めに入る。



「こら!そんな風にしては体を痛める!!」



紅鬼から布を取り上げる。

そして、撫でるように丁寧に血のりを拭っていく。



「こうして、少しずつ丁寧にふき取ってやらねば、傷になるであろう!?」



手本を見せ、彼女に教えるが、不満そうに眉間に皺を寄せる顔が見えた。

白馬が見事な馬であることはわかるのだが、

どうも毛並みが荒れていて、まるで手入れのされていない様だった。

がさつな彼女が面倒を見ているのだと知れば、理解できた。



「馬の毛並みは彼らの健康状態の印だということを知らないのか?」



紅鬼は視線を横にずらし、う~んと考え込む。

その様子にがくりと肩を落とす。



「馬の健康は毛並みで確認できる、荒れていればどこかが悪い。


 だからこそ、普段から美しい毛並みにしておく必要がある。


 それと、傷がついてそのままにしておけば皮膚病にもなる。


 人間の病気とは違うのだから、治すのも一苦労なんだ。


 言葉を持たない彼らだからこそ、


 乗り手の貴殿が一番理解し、大事に扱ってやらなくてどうする!?」



白龍に叱られ、心なしかしゅんと落ち込んだ表情になった気がした。

少しだけ気が引けたが、それにいち早く反応したのは馬のほうだった。


馬は、彼女の顔に鼻先を摺り寄せる。

何度も何度も、まるで彼女を心配しているように。

紅鬼も、馬を可愛がるように鼻先を撫でて、ぎゅうと抱きしめる。


ずいぶんと懐いている。

不思議な気分だった。

戦場ではあれほどの残酷な姿を見せていたのに、

今、目の前では馬と楽しそうに戯れる一人の少女しか見えない。


あどけない笑顔に心底驚いた。


すると彼女は突然白龍に向き直り、左の手の平をぱっと広げて見せる。

その行動に戸惑っていると、何度も彼女は手を広げる動きを見せた。


何となく、白龍は自分の右手を彼女に向けて広げてみた。

すると紅鬼は人差し指で、彼の手の平をなぞる。

文字を書き始めた。



[どうすればいい?]



そうはっきり書いた。

何をだと疑問に思ったが、馬をしきりに触るので、ようやく察した。



「とにかく、優しく撫でるように血のりを拭いてやれ。」



布を返して、そう言った。

すると彼女はゆっくりとぎこちなく馬の体を拭く。


その様子にふと笑みがこぼれたが、必死な表情が見えた。

白龍は自らの手で、「こういう風に」と動きをつけて教える。



「体の流れに沿ってやると、馬も気持ちが良いのだ。」



白龍の動きを真似して、紅鬼が動く。

しばらくすると、馬がまた彼女に鼻先を摺り寄せた。

どうやら気持ちが良いらしい。

紅鬼も嬉しそうに鼻先を撫でてやる。


その光景に、白龍はもう一つ理解した。

紅鬼は礼儀や常識を“知らない”

教えられていないのだ。


少しだけ苦手意識が消える。


だが、やることやり終え満足した彼女が、

白龍の存在をほっぽって颯爽と城に帰る姿を見て


また、彼の自信が削られたのである。



続く


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ