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鬼と龍  作者: 徒花 紅兎
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第51話「私と同じ………なのかもしれないね。」



藍猪が蛇黒への憎しみを初めて明かしてくれた時、紅輝は心の内で静かに怯えた。

信頼を得て、話してくれた事はわかった。

けれども、自分が彼の憎しみの対象である事。

そしてその事を話せずにいる事。

それは、彼を裏切ってしまっているようで辛かった。


心を許せば、打ち明けてしまいそうになる。

体は側にいれど、心は側にいないよう。

ずっとそうつとめてきた。


彼が自分を慕ってくれた事は、最も心が痛かった。

息子が生まれた事を喜んでくれた事は最も心苦しかった。

毎日優しく笑いかけてくれる事は最も心が死んでしまいそうだった。


本当を打ち明けられない自分を、

何の意味も持たないこの命を、

こんなにも卑怯で情けない私を、

どうしてこうも愛してくれるのか。


貴方に殺されるなら、それが本望だと。

そうすれば、罪をゆるしてもらえる気がした。

ずっとその時を待ち侘びていたのに。

結局、それも叶わなかった。



「君は本当に蛇黒と鬼の子なのか?」



哀しそう、けれど優しい笑み。

どうしてこれほどに優しい人を傷つけてしまうのだろう。

こんなにも、素晴らしい人に応えてあげられないのだろう。

彼の優しさがあまりにつらすぎて、涙が止まらない。



「そうやって泣かれると……益々、二人の子だと思えないな。」



藍猪は初めて紅輝の涙を見た。

出会ってから数年、一度たりとも見たことが無かった。

初めて触れるそれは、温かく、切ない。

こんなに泣く人だったのかと驚く。



「今でも蛇黒が憎いのは本当だ。


 鬼の存在も、今は無くとも憎い。


 だから、君を憎んだ想いも事実。


 それは偽りの無い真実だ。」



涙を拭って顔を上げさせる。








「けど、君を愛した事も、


 側に居てほしいと思った事も、


 本当の本当なんだよ。」







紅輝の目が丸くなる。



「私の言葉に笑ってくれなくても、


 迎えに行かないと帰ってくれなくても、


 何事も息子優先にさせたけれども、


 それでも、君はいつだって真っ直ぐで、


 人の倍以上の努力をしていて、


 真夜中に心配して私の様子を見に来てくれて、


 よく眠れるようにと薬を考えてくれて、


 ………そんな君が大好きで愛したんだ。」



今度は藍猪の瞳から涙が零れる。



「もし、今君が私を選んでくれるなら嬉しい。


 けど、私は君への憎しみを消せない。


 きっといずれ君の命を奪ってしまうから………。 」



たとえ、それが彼女の望みだとしても叶えられない。

今は命を奪うことを望まなくても、

時が過ぎていつ憎しみがまた爆発するかわからない。

今度は誰にも止められない。



「ただ、一晩だけここに居て欲しい。


 息子の為でも、自分の為でも無く、


 ただ私の為だけに居て欲しい。」



彼の言葉を聞き、彼女は近くの兵士を呼ぶ。

そして彼の手に文字を書くと、兵士は頷いて去って行った。

ここの牢獄は独房だった。

これでこの空間には紅輝と藍猪の二人だけ。


紅輝の手に触れると、そっと体を引き寄せる。

ゆっくりと腕をまわし、彼女の肩に額を当てる。

すると頭を撫でられるのだ。

毎夜、悪夢にうなされると、彼女はこうして藍猪をなだめる。



「君の前だとまるで自分が子供のように思えるよ。」


[狼銀帝にも言われました。]


「………何をしたんだい?」


[毒を調べる為に食事を口に運んだり、


 着る物のお世話をしていただけなのですが…。]


「あぁ、それは皇帝が正しいね。」



紅輝は困ったような表情をした。

本当に仕方ない人だと藍猪は笑みを浮かべた。

飾りっ気の無いありのままの彼女が好きだと改めて想う。

でも、いつもどこか思い詰めていて。

じっと何かに一人で耐えている。


ふと、藍猪は気づく。



「私と同じ………なのかもしれないね。」



紅輝が不思議そうな顔をする。



「“魂を分かつ人間”の話を聞いた事があるか?」



首を横に振る。



「前世であまりに過酷な人生を送った人間は、


 その過酷さを和らげるために魂を二つに分けて転生するんだ。


 二つに分かつ魂を持つ者は同じ道を味わうって、話だよ。


 もしかしたら、私は君と魂を分けたのかも知れないなと思ったんだ。」



彼の言葉になるほど、面白いと紅輝は笑みを浮かべた。

藍猪は驚いた、彼女が笑ってくれたのだ。

自分の話に初めて笑みを見せてくれた。


お互いに本心をさらした事で、気が楽になったのだろうか。

やっと、本当の自分として話せてる気分だ。



「紅輝、知ってるかい?


 私はいつも紅天に嫉妬していたんだよ。


 どうしても君を独占できなくて…。


 彼に取られた気分になるんだ。」



紅輝は一段と笑う。

本当に息子の事になると…と思ったのだが、



[紅天はいつも貴方に私を取られると嫉妬していたのです。]



と、教えてくれた。



「………魂を分けたのは彼のほうかな。」



彼の呟きにより一層笑顔を見せた。

再び、彼女の腕の中に戻る。

今夜は紅天に嫉妬しなくていいと胸に抱いた。


一晩中、彼女を独占したのだ。



続く


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