第42話「君は“鬼”なのか?」
少しふらつきながら、紫鳥は現れた。
部屋に入ると、体を起こした狼銀と、
その傍らで眠りにつく白龍の姿を目にし、驚いた。
「体はどうだ?」
「重く感じるだけよ・・・将王はどうなってるの?」
「野菜好きだからな、毒を含んだ野菜を大量に食べたのだ。
今は紅輝のおかげで、なんとか助かった。」
「毒を含んだ野菜?」
「お前が特別に仕入れてきたものだろう?」
狼銀の言葉に紫鳥は目を見開く。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。
確かに野菜は仕入れたけど、毒だなんて・・・。」
紅輝が差し出した物に、顔色を変えた。
それは、狼銀がいつも飲んでいた茶だ。
紫鳥が彼のために取り寄せたものだ。
「紅輝は症状から毒だと気づいた。
だが、日誌では毒見をしていると表記されている。
だからわからなかったのだと。
ただ、日誌にはお前から貰った茶の事は書いてなかった。
もちろん、毒見だってしないからな。」
信頼を置いている紫鳥からの贈り物を調べるなどと、
考えたことも無かったし、するつもりも一切無かった。
だが、今の彼の表情は明らかに意図的なものを感じる。
「何故だ?何故、お前が毒など・・・。」
狼銀の言葉に紫鳥は紅輝を睨みつけた。
「あんたが私との約束を破ったからよ!!」
「約束・・・。」
「鬼と決着をつけさせてくれると約束をした!!
だけど、あんたはこの女を生かした挙句、逃げさせた!!!
どうしてよ!!私は大事なものを奪われたままなのに!!
鬼をどうして野放しにさせたのよ!!
鬼は人には還れない!!どんなに取り繕うと、
この女は鬼なのよ!?過去は変えれないのよ!!!!!!!!!!」
「違う、約束を破ったのではない!!私は!!」
狼銀が言いかけた時、紫鳥の襟が掴まれ、壁際に追い込まれた。
それは紅輝の腕によってだった。
紅輝は紫鳥の手を無理やり開かせ、文字を綴る。
[このお茶はどの商人から買ったものですか?]
「何でそんなこと・・・。」
[この毒は特殊なものです。
扱う商人はただ一人だけしか知りません。]
「だから何よ。」
[お茶ついでに野菜を売られたのは罠です。
あなたは商人にはめられたのです。]
「どうして・・・?」
「紅輝、その商人は・・・、」
その時だった。
兵士が大声で情報をもたらす。
「陛下!!城外に武装した軍が現れました!!」
「なんだと!?どこの軍だ!?」
「それがわかりません!!」
困惑する彼らをよそに紅輝は立ち上がった。
「待て紅輝!何をするつもりだ!?」
「母上!!」
紅輝は紅天に手の平を見せ、静止をさせた。
すると紫鳥の手の平に再び文字を綴る。
[陛下と息子をあなたにお願いいたします。
今、二人を守れるのはあなただけです。]
書き終えるとすぐに紅輝は部屋を飛び出した。
彼女の行動に、紫鳥は手の平を見つめ、戸惑った。
「紫鳥。」
狼銀の呼びかけに、視線を向ける。
「お前との約束を破った事はすまなかった。
だが、これ以上誰の手も汚したくは無かった。
お前にもあの子にも、人を殺める以外の道を知って欲しかったんだ。」
「そんなこと・・・、」
涙が出そうになる。
彼の気持ちぐらいわかっていた。
理解できるからこそ、ついて来たのだ。
でも、己の心に嘘がつけなかった。
憎しみの行き所を見つけられなかった。
何年も憎しみ続けてきたのだ。
そう簡単に変えられないものがある。
「紅輝!!」
そう言って走ってきたのは黄猿だった。
彼は彼女の姿が無いことに驚いていた。
「どうした?」
「あ、いや、紅輝の知り合いが来てて・・・、」
「まさか、武装した軍のことか?」
「そうだけど、たぶん紅輝の迎えに来ただけだと思う。
紅輝に惚れ込んでて、彼女の世話をしている奴だから。
あ、名前は藍猪って言って、」
「藍猪ですって!?」
「藍猪だと!?」
「え、ご存知で?」
二人の驚きに黄猿のほうが驚く。
「わ、私に野菜とお茶を売ったのは、藍猪よ。」
その事実に黄猿は渋い顔を見せたが、
狼銀は珍しくも怒声を上げた。
「馬鹿者!!早く紅輝を呼び戻せ!!会わせるでない!!!!」
兵士が慌てて走り出す。
状況を飲み込めない黄猿と紫鳥に、
狼銀は初めて睨み顔を見せた。
「貴様らは愚か者か!!
藍猪は、黒が殺めた先々帝、猪碧皇帝の息子だ!!!」
蛇黒の前の皇帝の名前は猪碧。
彼は蛇黒によって殺され、この世を去った。
蛇黒軍の中でも紅鬼の名前は当時から有名だった。
つまり、蛇黒とその軍の紅鬼は、息子である藍猪にとって仇。
「狙いは・・・まさか、紅鬼?」
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大門前に立ち並ぶその軍の姿は、
かつて狼銀が率いていた義勇軍の姿を彷彿とさせた。
「僅かな間しか離れていないというのに、
何故だろう、久しぶりに会った気分だよ、紅輝。」
軍から離れた場所に、一人立ちはだかる紅輝。
そんな彼女に優しく話しかけるのは藍猪だった。
「君なら、毒を知ると思ってね。
まぁ、ちょうどよかった。
君にも聞きたいことがあったからね。」
ゆっくりと、藍猪は剣を握り締める。
「狼銀帝が“鬼”を生かしていると聞いた。
鬼は私にとって憎むべき存在なんだ。
蛇黒は私の父と母を殺し、一族も殺し、見せしめに晒した。
その第一線で動いていたのが“紅鬼”だ。
だから、蛇黒も紅鬼も私にとって仇。」
紅輝は黙って彼の話を聞く。
「君が、白雪将王や黄猿将軍と知り合いだと聞いて、思ったことがある。
間違いだったら、馬鹿だと笑って欲しい。」
今一度、彼は紅輝に目を合わせた。
「君は“鬼”なのか?」
笑って欲しいと思ってた。
出会った頃からずっと、そう思っていた。
中々無愛想な女性で、
ほとんど笑顔など見せてくれなかった。
息子が生まれ、ぐっと笑顔を見せてくれるようになって、
凄く嬉しかった。たまらなく心が躍った。
けれど、
――――私の言葉には笑ってはくれないのだね。
藍猪は右手をあげて合図をした。
兵士達は一斉に弓矢を構えた。
「放て。」
言葉と同時に、右腕が振り下ろされた。
数百本の矢が紅輝に降り注いだのだ。
続く