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鬼と龍  作者: 徒花 紅兎
39/57

第39話「“誰か”から守ってるのか?」



狼銀はずっと思っていた。

愛した女性が人知れずこの世を去り、

親友を交わした約束通り、手にかけ、

民のために皇帝の座についた。


だが、心はどこか穴があいたまま。

何をしても満たされない。

いつも想うのは、彼らと過ごした懐かしき日々ばかり。


置いて行かれたのだ。

門下を出た時も、今この時も。

二人は自分だけを残し、二人だけで旅立った。


きっと、自分はさびしくてたまらない。

彼らと共にこの命、有りたかった。

ただ一緒に居られればそれでよかったのだ。


紅輝が剣に手をかけるのを見て、彼はそっと目を閉じる。




『銀。』




そう呼ばれるのが好きだった。

これで、もう一度呼んでもらえる。

嬉しさが込み上げた、だが。



―――――ぱん!



頬が痛む。

はっとして目を開けると、

紅輝は彼が書いた書状を目の前でびりびりに破りさいた。


叩かれた頬がじんと痛いが、悔しそうな顔で涙を堪え、

力強く拳を握る彼女の姿に、心が痛くなった。


紅輝は近くの紙を手にとり、勝手に何やら文字を書く。

それを終えると狼銀に無理矢理手渡した。







[私は医者です。


 貴方を治療するためにここに居ます。


 医者は命を奪うのでは無く、命を救うためにいるのです!]






彼が読んでいる間に、もう一枚書き上げ、今度はそれを無理矢理手渡した。





[死んで楽になろうとは思わないで。


 生きるのが辛ければ、生きて苦しみなさい!


 絶対に楽になどさせたりしない!!]




驚いて彼女を見つめてしまう。

その瞳から涙が落ちるのを見つけた。



苦しんでいる。



医者としての誇りを傷つけられた。

それでも、叶えられるはずの敵討ちを捨てた。

悔しくて堪らないだろう。

歯を食いしばり、必死で目元を拭って、流れる涙を止めようとする。














「すまない、紅輝。」












彼女の姿に、自分の愚かさを知った。

一番辛い想いをした紅輝を差し置いて、

みすみす、自分だけが楽になろうとしたのだ。




「すまない。」




もう一度謝った時、紅輝は狼銀を睨みつけ、その腕を捩上げた。




「痛たたたたたたた!!」




引っ張って無理矢理、寝台に寝かせた。

そして手の平に文字を書く。



[医者である私の言うことを聞かねば、


 容赦無く痛め付けます。


 大人しく寝てください、よいですね?]



見下ろす彼女の表情は、まるで子を叱る母親のようで、

思わず本能的に「はい」と返事をした。

ちなみに、彼が返事をするまで腕は捩上げられたままだった。


彼女はすぐに彼の脈をはかる。

次に体の至る所を確認し、本人から直接症状を聞いた。

そして、持ってきた荷物から薬草を取り出し、煎じはじめる。


大人しくその様子を見つめていた狼銀だが、ふと口を開いた。



「何故、息子に“隠し名”を使わせる?」



一瞬だけ、彼女の動きが止まる。



「“紅天”は本名では無かろう?


 白龍が白雪と名乗っているのと同じように、


 あれは隠し名だ。何故だ?」



目を合わせようとしない紅輝に、さらなる追求をする。



「…………“誰か”から守ってるのか?」



ようやく立ち上がった紅輝は、薬湯を持って寝台の端に腰掛け、文字を書く。



[黙って大人しく治療を受けるのと、


 痛い想いをしながら治療を受けるのと、


 どちらがよろしいですか?]



渋々、狼銀は口を閉ざした。

紅輝は背中に手を回し、ゆっくりと彼の体を起こさせる。

そして口元に薬を匙ですくって近づける。



「自分で、」



飲める、と言いかけた時、彼女の視線鋭くなったので、

大人しく口を開き、薬を招いた。

苦味が広がり、顔をしかめる。


ゆっくりと時間をかけ、薬を飲み干した後、

すぐに横になった狼銀に紅輝は伝えた。










[母は最期まで結婚をなさろうとしませんでした。


 私には誰かを待っていたように思います。]










彼女の言葉に、狼銀は目を見開いた。

そんな彼に紅輝はうっすらと微笑みを返す。



「…そうか………。」



紅は黒を“選んだ”わけでは無かった。

ただ彼を独りに出来なかっただけで、





















彼女は二人の男を愛していたのだ。




















「何故だろう。お前から憎しみを感じられない。」



笑みを浮かべる紅輝が不思議だった。

すると、彼女はこう答えた。



[私以上に父と母を知り、


 二人を想い、民を想う人を何故憎みましょう?


 外に出て、私は知ったのです。


 父がしてきた酷い仕打ちを。


 貴方に生かされたが為に、私は父をより知る事が出来たのです。


 その事に感謝こそすれど、憎しみなどございません。]




話を聞いた紅輝とはまるで違う。

あの日、ぼろぼろになりながら、

睨みつけていた少女はどこに行ったのか。


あぁ、そうか。



「子の存在がお前を強くしたのだな。」



その言葉に彼女はにこりと笑う。

本当に息子を愛している。

ふと、紅輝の頬に触れた。



「お前が生まれる前の紅と黒の話をしてやろうか?」



紅輝はぱっと笑みを浮かべ、力強く頷く。



「そのあとは、お前が知っている二人の話を私に教えるのだぞ?」



再び、彼女は嬉しそうに頷いた。

紅輝を残してくれた二人に、狼銀は心から感謝した。


その晩、夜更けまで二人の話は続いたのである。



続く


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