37話「お前には驚かされる」
しばらくして紅天は自ら母の腕を降りた。
二人の嫌な視線が無くなり落ち着いたのか、母の手に引かれ、
足早で彼女の歩く速度に追い付きながら、
初めて目にする豪華絢爛な装飾に、辺りをきょろきょと見回す。
「母上!あれは鳳凰様ですか!?」
そう問われ、紅輝は彼の指差す方を見る。
柱に一羽の大きな鳥が見事に彫刻されていた。
しかし、紅輝は首を傾げる。
彼女はとことんこういう事に疎い。
代わりに、溜息をついた白龍が答えた。
「あれは四方の守り神“南方神、朱雀”だ。」
「すざく?」
「こちらに来なさい。」
白龍はしばらく進んで立ち止まる。
そして開けた廊下の中心で、それぞれを指し示した。
「四方の神はそれぞれ、方角を守っている。
あちらは北にあたるから“北方神、玄武”。
こっちは“西方神、白虎”、反対は“東方神、青龍”だ。」
「神様はたくさんおられるのですね!」
「彼らは我々の先祖だとも言われておるのだよ。」
「ご先祖様!?」
「昔、この地に“天”が降ってきた。
その天と共に神達もここに降り、住み着いたと言われる。」
「だから、紅天達の名前には色がついているのですね!」
「あくまで言い伝えだがな……信じるのか?」
「もちろんでございます!
人が伝えて来た物事に無意味な事などありません!
………あれ、でも………。」
「どうした?」
「神様に“紅”はございません………。」
しょんぼりと落ち込む紅天に、白龍は笑みを浮かべて言った。
「神も知らなかったのだよ、
地上がこんなにも鮮やかだと言うことを。
私が考えるに、天には色が少なかった。
だが、地上には様々な色があった。」
「なるほど…。」
「神達もさぞかし驚いたであろうな、
地上にこれほどまでに鮮やかで力強い“紅”の色があろうとは。
だからこうして名前に残ったのだろう。」
「本当にそう思われますか?」
「“人が伝えてきた物事には意味がある”そうでは無いのか?」
紅天はその言葉にぱっと明るい笑顔を見せ、
元気よく「はい!」と返事をした。
子供の素直さに、思わず笑みがこぼれる。
白龍が顔を上げると、どこか浮かない顔の紅輝がいた。
視線が合ったがすぐに反らされた。
傷つけたいわけでは無い。
彼女の幸せを願う事も本心だ。
だが、どうしても気持ち良く受け入れてあげられない。
紅輝を愛している。
何年経っても変わらない。
それどころか年が重なれば重なるほど、
彼女への想いはより一層強くなるばかり。
抱きしめたくて仕方ない衝動を抑え、先を急ぐ事にした。
******************
ゆっくりと扉は開かれる。
白龍が礼をとったのに合わせ、紅輝がそれに続き、紅天は真似をした。
「………やれやれ、お前には驚かされる。」
以前より痩せたのだろうか、
ほとんど変わらないようにも見える彼は、
寝台で上半身だけを起こしたまま、
白龍達を見て、そう呟いた。
とても病に侵されている人間には見えない。
だが、苦しそうな呼吸だけは隠せていない。
「久しいな、紅輝。」
紅輝は返事代わりに、狼銀へ頭を下げた。
「陛下、まさか仕事などなさってはおられないでしょうね?」
「お前が出掛けたのだぞ?誰が代わりをするのだ。」
「橙狐や紫鳥には言い付けていたでしょう!?」
「寝てるばかりで退屈なのだ、大目に見よ。」
「まったく!あなたと言う方は!」
白龍はぐちぐちと文句を言いながら、
彼の周りに散らばった書類を集め、
手の中にあった文面も彼から奪いとった。
「で、腕利きの医者を連れてきたわけか。」
「腕は確かなようです。」
「そこの坊は?」
「紅輝の息子です。挨拶を。」
「紅天と申します!!」
「紅天………?」
彼の名を聞いた途端、一瞬、不思議そうな表情を見せた。
だが、すぐに笑みを浮かべ「元気がいいな。」と返した。
「よし、ならば白龍、紅天を連れ部屋を出よ。」
「・・・・・・・・は?」
「私の病が治るまで紅輝以外の人間は部屋に入れぬ。」
「は!?」
思わぬ狼銀の発言に白龍も紅輝も目を丸くする。
「紅輝、お前はこの部屋のつづきの間で寝泊まりをするのだ。」
「陛下!おっしゃる意味がわかり、」
「今すぐ紅天を連れ、部屋を出よ。
私がいいと言うまでここに立ち入る事を禁ず。
命令だ、今すぐ従え!!」
わけがわからない状態だったが、
仕方なく白龍は紅天を連れ、部屋を出た。
彼らの姿が扉の向こうに消え、
部屋には狼銀と紅輝の二人だけになり、緊迫感を感じた。
「わかっているな?」
狼銀のその言葉にびくりと肩をふるわせる。
「いわば、お前の息子は人質よ。病が治せねば、二度と会えまい。」
その言葉にぎろりと彼を睨みつける。
だが、狼銀はどこからともなく一枚の紙を取り出し、何かを書き込んでいく。
それを書き終えると、近くに飾ってあった剣に巻き付け、紅輝の目前に投げ付けた。
紙には
[狼銀の命により、息子と共に城から解放せよ。
今後、一切二人に関わる事を禁ず。
全権を白雪将王に委ねる。]
と書かれていた。
驚いて顔を上げると、狼銀は穏やかな笑みを浮かべこう言った。
「私を殺せ、紅輝。」
続く