第34話「私はまだ紅輝を理解出来ていないのかも知れないですね」
結局、夕食は藍猪に招かれた形になった。
あの後しばらくして彼は紅輝を迎えに来たのだが、
「食事の用意は出来てありますので。」
と、有無を言わさず、白龍達を連れてきたのだ。
考えておくと言った黄猿の言葉は何処へ行ったのか。
完全に一緒に食べる事にされていた。
あと、宿もまだでしょうと、きっちり寝床も準備されているのだから、
流石に断る術が見つからない。
そんなわけで、全員で食事をとっているわけだが、
紅輝を動かすのが一番大変だった。
日誌にかじりついて微動だにしない。
最終的に紅天が再び彼女を叱り付け、しょぼんと落ち込んだ所を連れてきた。
そして今は食事を少しずつ口に運ぶものの、
一時、動きが止まったり、首を傾げたり、
とにかく、食事や他の事に上の空だ。
「すみません、考え事を始めると、解決するまでずっとあんな調子なんです。」
藍猪が彼女に代わり、笑顔で詫びた。
叱ってやりたい気持ちの白龍だったが、流石に堪えていた。
「そういえば、まだお名前を伺っておりませんでしたね?」
「おう、俺は黄猿だ。」
がたりと近くに控えていた家人達が音をたてた。
藍猪も目を丸くして固まる。
「お、黄猿将軍…?」
「あぁ、そうだ。 んで、こっちは白雪将王だ。」
再び、家人達が音をたてる。
益々、藍猪の目が丸くなり、
「皇帝陛下の弟君の………?」
「そうだ。」
彼は慌てて、座り方を正し、家人共々頭を下げた。
「大変失礼いたしました!!
礼もせず、このような場所にお招きを!!
どうかお許しくださいませ!!」
「あー…、そう固いのはよしてくれ。
あんまりそういう柄じゃねぇんだ。
普通にしてくれたほうが気楽で嬉しいんだが。」
「しかし…、」
藍猪はちらりと白龍を見る。
白雪将王の名は、驚くほど広まっている。
白龍と名乗っていた頃の比では無い。
皇帝と殆ど扱いが変わらないのでは無いかというほどだ。
だが、そんな事を気にする白龍では無い。
どちらかと言えば、礼儀は必要とすれど、
このような場所までかたっくるしいのは御免だった。
「公務で来ているわけでは無い。
そのように畏まられては、食事も固い気がして頂けぬ。」
すると、藍猪は涙目になった。
白龍と黄猿の頭に嫌な予感が過ぎったが、彼は予想通りに熱い男を見せる。
「そんな、名高いお二方が、我らのような身分の者に、
お優しい言葉をかけてくださるとは!!
感激で、今宵は眠れそうもございませぬ!!」
『『頼むから黙って寝てくれ。』』
彼に合わせて家人も涙を流す様を見て、
黄猿も白龍も食事が味気無いように感じた。
「…しかし、何故そのような方々と、紅輝はお知り合いで?」
油断した隙を突かれた気分だった。
ちらりと紅輝を見ても、ずっと思案中で、話など一切聞いていなかった。
「あの子からは何も?」
「あ、はい。あまり自分のことを話してはくれませんので・・・・・・。」
確かに説明などしにくい。
あの悪帝の娘で、たくさんの兵を斬っていたなど。
「ならば、私から話すことは出来ぬ。」
白龍の言葉に藍猪はきょとんとした。
「貴殿に話していないのは何かしら理由あっての事だろう。
それを勝手に私が教えては、彼女を侮辱するも同じ事だ。」
散々酷い目にあわせた自分が言うのもなんだと思ったが、
彼女の生活まで壊したいなどとは思わない。
せめてもの、白龍なりの償いだった。
「しかし、藍猪殿は何故、紅輝と?」
だが、白龍も気になるものは仕方ない。
黄猿が呆れるのはわかったが、聞いてみた。
「いやぁ、数年前に崖から落ちまして。
怪我で動けなかった私を助けてくれたのです。
薬草で簡単に止血されたのも驚きましたが、
小柄なのに、私を支えて運んだ時は度肝を抜かれました。」
容易に想像が出来た。見捨てて置けなかったのだろう。
「村まで運ばれて、彼女のほうが深い傷を負っている事に気がつきまして。
それに行く宛てもなさそうだったので、我が家で養生してもらったのです。」
恐らく、あの後から間もない頃だ。
見た目からして、死んでもおかしくない傷だったのだから。
「それから、あの山小屋を見つけて、
あそこに住みたいと言い出されてしまい…。
流石に危険だからと、夜にはこちらに連れて帰るようにしてるのです。
本当にどうしてあそこに住みたがるのか・・・。」
「薬草のよく育つ場所だからだ。」
「え?薬草?」
「周りで薬草を育てていたようだった。
あの場所は人気が無く、荒らされる心配も無い。
それに土壌もいい案配なのだろう。
だから、あそこに住み着きたがるんだ。」
「あぁ、なるほど。それは思ってもみませんでした。」
いつの間にそこまで観察していたのか。
黄猿は恐ろしい彼の観察力に、驚きを通り越し、半ば呆れていた。
「………だから、結婚してもらえないのかな。」
ぽつりと藍猪が呟いた。
白龍が驚いて彼を見つめていると、苦笑するように話した。
「彼女に惚れているのです。」
真っ直ぐな言葉に白龍は息が止まった。
「子供も産まれた事だし、
きちんとした形で彼女を守りたいのです。
でも、何度想いを告げても、受け入れてもらえなくて………。
私はまだ紅輝を理解出来ていないのかも知れないですね、あなたのように。」
さびしそうな瞳で彼は紅輝を見つめた。
その事実に白龍も黄猿も、心が苦しくなった。
せめて幸せであって欲しかったものを、
彼女も蒼犬と同じように拒絶するのだ。
それほど、心の傷は深い。
藍猪を慰めるわけでは無かったが、
「貴殿より、昔を知っているだけだ。」
と白龍は言葉を返したのだった。
続く