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鬼と龍  作者: 徒花 紅兎
32/57

第32話「とても嬉しくて!」


白龍はただその姿に見とれた。

数十年過ぎたかと錯覚してしまいそうになる。

身長はさほど変わっていないだろう。

あの時すでに成長期は過ぎていたはずだ。


だが、こんなに柔らかい笑みを浮かべる子だっただろうか。

しっとりとした空気を纏い、さらりと爽やかな風を感じる。


あどけなかったあの少女は、女性へと変わっていた。

それでも、彼女が紅輝であるのは間違いなかった。



「紅先生!!」



案内人が彼女に近いて二人を紹介する。

ふと、ようやく白龍達を目にした途端、彼女は目を見開いて固まった。


そして、すぐに彼らを睨みつけ視線をそらした。


覚悟していたことだったが、それでも白龍は心苦しさを感じた。

言い訳もなにもかも通用しないと確信出来た。



「ありゃ…もしかしてお知り合いで?」


「あ、あぁ、そういうこった。案内ご苦労さん。」



ぎこちなく黄猿は賃金を手渡した。

不穏な空気を気にした案内人だったが、大人しくその場を後にした。



「ま、まさかお前さんだとはなぁ~!


 まぁ、でもそうだな!国一、薬剤に長けたお前なら、


 医者になっても全然おかしくない話だな!!


 あはははは!…ははっ…は、ははっ……。」



なんとか場を盛り上げようと明るく振る舞う黄猿だったが、

彼の努力も虚しく、白龍は黙ったままで、紅輝は視線すら合わせない。

一番いたたまれないのは黄猿である。


だが、そこにある人物がやってきた。



「紅輝!仕事は終わったのかい?」



一人の青年が現れた。

彼は紅輝に親しげに近づいた。



「おや、客人がいらしていたのか。」



爽やかな笑みを浮かべる彼は、本当にずいぶんと親しいようだ。



紅天こうてんが見送りに出たみたいだったから終わったのかと思って、


 迎えに来たのだが、すまないことをしたね。」



紅輝は首を横に振る。青年は白龍達の方へ向き、礼をとる。



「お客人、失礼いたしました。私は“藍猪(らんい)”と申す者です。


 こちらは紅輝、私が代わりにご用件をお伺いいたします。


 彼女はわけがあって言葉を話せないので、」


「知っている。幼少の頃に毒を飲んだせいだ。」



藍猪の言葉を遮ったのは白龍だった。

やはり、機嫌が悪いと黄猿はつきそうになった溜息を飲み込んだが、

紅輝の視線が益々厳しくなったのを見てこっそりついた。



「………紅輝、もしかして知人の方かい?」



藍猪の質問に、彼女は頷いて彼の手の平に「だから大丈夫。」と文字を綴った。

すると彼は思いの外嬉しそうな表情を見せた。



「そうか!久しぶりの再会ということだね!」



何故か、藍猪が喜んだ。

怪訝な表情を見せる白龍と黄猿に彼は慌てて弁明をする。



「あ、すみません!


 紅輝はあまり自分の事を話してくれなくて、


 ご友人の存在も知らなかったものですから!とても嬉しくて!」



頼むから黙っててくれと黄猿は心底願った。

白龍のほうからどんどん不穏な空気が流れてくるのだ。



「ここでは何ですから、どうぞ我が家で…。」


「悪いんだが藍猪とやら、ちょっと席を外してもらえるか?


 実はここに来たのは腕の立つ医者の噂を聞いたからで、


 たまたま、紅輝に再会したってだけなんだ。


 込み入った用件があるもんで、お前さんには遠慮して欲しい。」



ようやく黄猿が事のあらましを説明し、藍猪のほうも理解したようで。



「気が利かず、申し訳ない!それでは先に家に戻るとしよう。


 紅輝、またしばらくして迎えに来るよ。


 あ、お客人方も是非ともご夕食は我が家でおとりください!」



黄猿が「考えとくよ」と返答し、ようやく藍猪は去って行った。

まるで嵐のような人間に思えた。


だが、彼が去っても空気は重いままだ。

やっぱり、白龍は口を開こうともしないし、

紅輝は紅輝で一向に目を合わせようとしない。


黄猿は身を切る想いで口を開いた。



「あ、あー、ずいぶん忙しいようだな。それに元気そうで何よりだ!」


「体の傷も癒えたようだな。」



ずばりと、傷つけた本人が言い放つ。

再び紅輝が白龍を睨みつける。

頼むから黙っててくれと、黄猿はもう一度願った。


だが、ここで決定的な衝撃が落とされた。












「母上ー!!ただいま戻りましたぁー!!!」











天坊が大声で走り、そして紅輝に勢いよく飛びついた。

彼女は屈み込んで嬉しそうに彼の体を抱き留める。


それは紛う事無く、“母親の顔”だった。



「は、母上ぇ!?」



あまりの驚きに黄猿はおかしな声をあげた。

天坊はゆっくりと両手をそろえ、お辞儀をした。



「申し遅れました!


 母、紅輝の息子であります、“紅天(こうてん)”と申します!!」



この時ほど、黄猿が城に帰りたいと思ったことは無かった。




続く


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