第30話「貴殿は馬鹿か!?絶対に断る!!」
あれから数年の月日が経った。
蛇黒の脅威から解放された国は豊かになった。
民達も狼銀に感謝をし、彼もずいぶんと善良な皇帝として慕われている。
そんな穏やかなある日。
山奥を歩く数名の姿がある。
「ちと道が悪くはありますが、もう少しで着きますんで。」
案内人の男は後ろを振り返り、そう言った。
「かまわねぇよ、案内させて悪いな。」
「いやいや、滅相もありません!!
まさか、こんな俺が高貴な方々の案内出来るなんて夢にも思ってなくって!」
「ははっ、高貴なんて柄じゃねぇよ。
ま…俺はともかくあっちはそうかもだけど。」
「なにおっしゃいます!
名高い“黄猿将軍”と“白雪将王”お二方と言えば、男も女も心躍る存在ですよ!!」
そこまで褒められると、返す言葉が無いと頭をかく黄猿。
彼が後ろをちらりと見る。
二人の少し離れた所を、白雪将王こと、
白龍はゆったりと景色を眺めながら歩いていた。
久しぶりに城の外に出られた為か、
どこか機嫌が良さそうで、静かな景色にささやかな笑みを浮かべていた。
あの悲惨な皇帝交代から、ずっと仕事に追われていた。
すんなり受け入れはされたものの、端から端まで変えて行くのは骨が折れた。
狼銀は常に人々の前に姿を現し、己の胸の内を話した。
その影で白龍は軍から政治のありとあらゆる決まり事をまとめた。
内政の得意な橙狐ですら、全く彼には手を出せず、敵わず。
足手まといになっているのではないかと思うくらい、彼の統率力は凄かった。
しばらく「弟子にしてくれ」と懇願する橙狐から、
いかに逃げ切るか必死で考えてる姿も見られたが。
それ以外の姿と言えば、仕事しか無かった。
放っておけば食事もとらず、眠りもせず、
ただ、ひたすらに政策ばかりを考えている風だった。
どうやら倒れる寸前で狼銀が叱り付けたらしく、
ようやく休息をとるようにはなった。
仕事のやり取り以外で黄猿と話す事は皆無だったが、彼の目から見ても、
余裕を持っているように見せかけていることは明白だった。
心身ともに限界が近かったはずだ。
仕事とは言え、ようやく城から引き離せたのは良い事だ。
せめて少しでも気分が変わればいいと、黄猿は秘そかに思った。
「で、いつになったら嫁さんを迎えるんです?」
「それは陛下に言え。」
「天下の弟君の将王が言っても効果無いのに、
俺が言って何の意味があるんでしょうか?」
「………将軍と呼べ。」
どうも、王と呼ばれるのが合わない。
民から呼ばれるのは仕方ないと思えたが、
身近になればなるほどどうしても嫌だった。
ただでさえ、柄じゃないと思っているのに。
「跡継ぎは皇帝陛下が将軍の御子でもいいって言ってるんだし。」
「相手がいる貴殿のほうこそ、迎えたらどうだ?」
「何度も振られてるのご存知でしょうに。」
「軍から離れても難しい方だな、蒼犬殿は…。」
政治が一通り落ち着いた頃、蒼犬は軍から離れた。
城下から少し離れた場所で静かに暮らしている。
退軍したのを機に、黄猿は結婚を申し込んだのだが、
「貴殿は馬鹿か!?絶対に断る!!」
と、一刀両断したらしい。
何となくは覚悟していた黄猿だったが、その日は酒で夜を明かした。
けれど、それで心が離れたわけでは無い。
仕事が空く度に訪れる彼を、なんだかんだ言って彼女は迎えてくれる。
だからこそ、黄猿は諦めずに何度も申し込んでいるのだ。
彼女が断る理由など簡単に検討がついた。
白龍が結婚しない理由と同じだ。
「見合いも全部断るしよぉ。
どうせなら“女たらしの白龍”にでも戻ってくれりゃあ…。」
「いつの間に私の話になっている。忙しくてそんな暇など無いのだ!」
「………なら、いつでも“探し”ますよ?」
「要らぬ世話だ!」
「欲しいのは“一輪の花”でしょうに。」
「………………要らん。」
すぐに探すものだと思った。
あの時こっそり見た、彼の涙を嘘だとは思えなかったから。
あの子が使っていた部屋をわざわざ自分の部屋にしたほどだ。
居場所ぐらい見つけ出すだろうと。
けれど、いくら月日が経てど、彼は仕事に没頭したのだ。
決して彼女のことを口に出そうともしなかった。
「意地ですか?みっともない。陛下だって、あの子ならお許しに、」
「見つからなかっただけだ。」
あぁ…、と返す言葉を失う。
それで仕事に没頭してたわけか。
ただ、見つかったとて、彼女がどう思うか。
白龍はそれが最も怖かった。
良く思われるはずなど無いのだ。
想像するだけで夜も眠れなかった。
皮肉にも、刃を持つ事を許されない互いが、
楽にすることもさせられることも出来ないのだ。
それでも思い出すのは、無邪気な笑顔ばかり。
自分がなんとも傲慢な大人になったと感じた。
「あそこです!」
案内人の男が声を上げる。
ようやく目的地にたどり着いた。
そこは山奥にひっそりと佇む、一軒の古びた山小屋だった。
続く