第29話「俺に真っ白は似合わん。」
それはどこか懐かしい鈴の音だった。
紅輝の愛刀の柄には布がつけられてある。
それは手から刀が離れた時に、鎌のようにして扱う為のものだった。
その布に触れると、どうやら中身が空洞になっているようだ。
鈴の音をたよりに、まさぐっていく。
そしてそれはようやく姿を現した。
『いいか?絶対に無くすなよ!大事にするんだぞ!』
あれから一度も見かけなかった。
『ちゃんと持っていたら、そのうちまた別の贈り物をしてやろう。』
どこにあるのかと思っていた。
魔よけのお守りが鈴の音を鳴らす。
『これは私からお前への贈り物だ。』
そこには白龍が紅輝に贈った、“流星”がつけられていた。
布の中にあったせいか、血に全く汚れておらず、あの日のままの姿形で存在した。
彼女にとって、この刀は命のように大切なものだったはず。
母の形見であり、父を守るための武器である。
どんな時も肌身離さず持ち歩いていた物だ。
そんな大切な刀に、汚れぬよう付けらていた。
ずいぶん、成長をしていた。
少し前の彼女なら、汚れなど気にも止めなかっただろうに。
怒られるのが嫌だったろうか?
彼女を叱り付けると、決まってその後はしばらく近づかない。
少し離れた場所からちらちらとこちらの様子を伺う。
怒りが静まるのを待っているのかと思っていたが、違った。
どう謝れば許してもらえるのかわからなかったそうだ。
その理由を聞いて呆れそうになったが、
彼女がどれだけ必死で真面目に悩んでいたのか感じとれたので、
頭を撫でて許してあげるようにした。
その行為で安心出来るようになったのか、
撫でてやると殊更に嬉しそうな表情を見せた。
「何か欲しい物でもあったかな…。」
持っていたら別の物を贈ろう。
その約束に「本当か?」と聞いてきた。
少なからず、何かを貰おうとしたのだろう。
服…否、無い。
どうせ刀や剣や武器の類いだろう。
あぁ、新しい植物の種かも知れない。
今となっては、もうわからないけれど。
ふと、気づいた。布の中にもう一つ、何かがある。
手にとって確かめた。
真っ白な紐で、編み合わされた物。
少し歪んではいるし、鈴もついてはいないが、何かわかった。
紅輝が作った“流星”だ。
それは本当に綺麗な白い紐が使われていた。
一点の曇りも無い白。
たぶん、似合う鈴を探していたのだろう。
こういう所は何故か異常なこだわりを見せるのが紅輝だった。
「………紅輝。」
何故、彼女がこれを作ったのか。
そんなこと、白龍にはすぐにわかった。
真っ白な流星を持つ手が震える。
きっと、試行錯誤して悩みながら作ったのだろう。
驚かせようとしたのかもしれない。
もしくは単なる“お返し”のつもりなのかもしれない。
けれど、彼女が白龍のために作った事は確かだった。
以前、紅輝は白い薬草に“白龍”と名前をつけた。
思わず「白桃じゃないのか?」とたずねた。
すると、
[白桃はもう少し桃色が入ってるのが似合う。
これは本当に真っ白だから白龍だ。]
と、答えた。
ちょっとだけ胸が痛んだので
「俺に真っ白は似合わん。」
と反論すると、紅輝は彼の顔を両手でわしづかみ、
ひたすらにじっと見つめたかと思えば、
[絶対真っ白だ!真っ白がいい!!]
と、何故か駄々をこねはじめたので、
最終的に白龍が圧倒されて折れた。
折れた所でようやく、無邪気な笑顔を見せてくれてほっとした。
いつからだろう。
彼女の笑顔を見るとほっと出来るようになったのは。
用があるとわかっていても、彼女が服の裾を引っ張ってくれるまで、
知らない振りをして楽しみに待つようになったのは。
悪戯をして、彼女の仕返しを見守るようになったのは。
鬼から女性へと変わっていく事を望んだのは。
親心なら、兄のように「行け」と言ってやれば良かったのだ。
でも、違ってしまった。
彼女に憎まれ続けるなら、命を奪ってしまえば楽だと思ってしまった。
もしくは、
「お前に俺を殺して欲しかった………。」
涙が流れる。横暴な願いだとわかった。
今更、こんな想いに気がついた所でどうにもならないというのに。
声も出せず、泣く紅輝を思い出した。
あれほどまでに傷つけて、結局、楽にしてやることも出来ず、ただ奪うことしか出来なかった。
今、どれほど苦しんで泣いているだろうか。
彼女を想えば想うほど涙が溢れる。
鬼に成り切れ無い自分を恨む。
「紅輝、お前が………」
愛しい。
泣くも笑うも全部まとめて。
親心ではいられない。
ただ一人の女性として。
白龍は声をあげて、泣いた。
この想いが消える事は無いと知ったから。
どんなに紅鬼を愛してるか思い知ったから。
続く