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鬼と龍  作者: 徒花 紅兎
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第25話「今の世はさびしいものだ」

話は何年も前に遡る。

はじまりは二人の男の約束。



「ん~…、駄目だね。負けた!」


銀狼(ぎんろう)、…まだ、勝負は決まって無かろう?」


「勝つ方法が見えないよ、黒蛇(こくだ)。私の負けだね。」


「逃げるのか。」



その日は天気が良く、外で遊戯を楽しんでいた。

遊戯と言っても、

木板の上で己の戦略を用いて駒を動かして陣取りをする、頭の使う遊びではある。



「せめて門下にいる間に、一度だけでも


 お前さんに勝っておきたかったんだけどねぇ。」


「勝敗が決まる前にいつもやめるでは無いか。」


「だって…どうしたって、勝機が見えないんだよ?」


「駄々子か、貴様は。」



彼らの手元には一枚の木版がある。

それには同じ印が入っており、裏面に名前が書かれている。


今日、この日、黒蛇と銀狼は同じ学屋で修練を修めた。

木版はそれを証明する証だ。



「どうしてもお前さんの“一手”が強い。


 この一手をどうにも出来ない事には勝てる気がしないね。」


「俺には貴様が勝とうとしているようには見えんがな。」


「それは流石に失礼だぞ。」


「何事も面倒臭がる貴様が悪い。」



くるくると木版を回して、銀狼は手遊ぶ。



「あぁ、面倒臭いさ。


 本当に世の中も荒放題で実に生きにくい。


 今の皇帝の考えてる事もよくわからない。


 世を想えど、ちっとも良くならない。


 弟にも小言ばかり言われてうんざりさ。」



けど、とつけたし、銀狼は黒蛇に視線を合わす。



「城仕えも決まり、次期皇帝陛下として名高い親友のお前さんがその座に着けば、


 きっと世の中は素晴らしくなるだろうからね。先が楽しみで仕方ないよ。」



現皇帝の政治は粗末なものだった。

それは民衆からも呆れられるほどだ。


決して王族の血筋では無い黒蛇だが、学屋でもその才の片鱗を見せていた。

若い身でありながら、すでに次期皇帝に望まれる存在だった。



「………俺は貴様こそが相応しいと思うがな。」


「私が皇帝に?それこそ馬鹿な話だよ。」



笑い飛ばす銀狼だったが、どうも親友の表情が晴れない。

どこか気難しい所がある人だけれど、彼のそういう性格が気に入っていた。


簡単に胸の内をひけらかしてはくれなくて、

人に対して厳しい面が多々あり、

よくよく厳格な人柄だと言われているが。


本当は人を一番に想い、自らを戒める人間だった。

他の為に、悪役を買って出ることもしばしば見せるほど。


銀狼は黒蛇のそういう一面を含め、人として親友として彼が大好きなのだ。

だからなのか、ついつい放って置けずに構ってしまう。

いや、向こうからしてみれば、自分が構ってもらってるのかもしれないが。



「今の世はさびしいものだ。」



いつも強気な彼が珍しくもそんな事を言った。

銀狼は黙って、彼の話に耳を傾ける。



「ずいぶんと、投げやりな世の中になった。


 他の者の心も理解せず、反旗ばかりが翻る。


 また、自分の保身がのさばっておるわ。」


「………確かに、私のように世の中に無関心な人間は増えたと思うよ。


 ならば、どうすればいい?


 人の心を動かすのは容易では無い。


 ましてや、優しさや思いやりを説いて、どうこう出来る国でも無いぞ?」



銀狼の言葉に黒蛇はにやりと笑みを浮かべた。



「民の心を一つにする……………ならば、悪虐非道の限りを尽くせばいい。」



その発言に目を丸くした。

だが、なおも話は続く。



「“悪”の存在が“正”の存在を生む。


 光と影の関係のように、人は不幸があれば幸福を望む。


 ならば、残忍で凶悪な皇帝がいれば、全ての人間が望むだろう。


 “皇帝を倒せ”と、な。


 あとは皇帝を倒した英雄に感謝をする。


 そうすれば平和な世の中が少しばかり続くであろうな。」


「理想論だな。全てがそうなるとは限らない。


 だいたい、そんな正義だの、凶悪だの、そういう区別事態が要らないよ。


 そうやって人間を分別するから、世界が別れるんだ。


 飲み食いして話して寝てさえ出来ればそれで充分だろうに。」



黒蛇は銀狼のこういう性格が殊更好みだった。

細かい自分とは違っておおざっぱでわかりやすくて、真っ直ぐだ。

彼がこんな風に遠慮無く物を言うのは、心を開いている証拠であることも理解していた。



「黒………まさか、お前。」


「貴様は馬鹿か。俺が悪政をすると?」


「い、いや、ほら話の流れ的にさぁ…。」


「………まぁ、俺も人の子よ。先に何があるかもわからんがな。」


「黒!!」


「だが、死にたいとは思っておらぬ。悪役も真っ平御免被る。」



ほっと安心の溜息を銀狼はついた。

その様子に黒蛇は口の端を上げて話す。



「だが、………もし俺が道を違えようものなら。













 貴様が俺を殺しに来い。銀。」












一時、銀狼は目を見開いたが、溜息をついて、しかめ面を見せた。



「断る。私にそんな趣味は無い。」


「安心しろ。俺は貴様に負けるつもりは無い。」


「おい、言ってる事が無茶苦茶な……」



黒蛇は立ち上がり、手荷物を持った。



「この俺に勝てる可能性は貴様だけだ。いい加減にその才を認めろ。」


「知らないよ、そんな事。」


「貴様が国や民に興味が無い事など重々承知しておるわ。


 だが、俺自身の事ならどうであろうな?」


「………………。」


「俺の醜態を晒したままでかまわんなら結構だがな。」



背を向け歩き出す黒蛇に、銀狼は声を出した。



「わかった。約束しよう。


 もし、お前さんが人の道を外れれば、私が倒しに行くよ。」


「まぁ、弱い貴様がそんな約束を果たせる日がくるとは思わんがな。」


「えぇい、ごちゃごちゃと!」



嫌味な笑みで立ち去る黒蛇。呆れ笑顔で彼を見送る銀狼。



そして数年の時を越え、彼らは約束を果たすのだ。




続く


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