第22話「本当の鬼の姿を」
体を横たえ、弱々しい息を繰り返す。
そんな白桃の顔を、優しくそっと何度も紅鬼は撫でた。
出来る限りの手は尽くした。
あとは白桃の体力と気力と運が未来を決める。
「紅鬼………少し、休むんだ。」
白龍の言葉にも、彼女は頑なに首を横に振る。
兵士達に様子を見させようと、
何かあればすぐに連絡をよこさせると、
幾度説得しても聞いてはもらえない。
どうしても白桃の側に居たがる。
それだけ不安で心配で仕方ない。
だが、戦後にも関わらず、
彼女は食べ物の飲み物も一切口にしておらず。
ましてや疲労が無いはずがない。
休ませねばならないというのに、
こういう時ばかりは、白龍は彼女に甘くなる。
中々、強く言い出せないのだ。
白龍が何度目かの溜息をついた頃、あの男が現れた。
「俺が直々に見といてやるから、自分の部屋でちゃんと休め、鬼子。」
ゆったりとした足どりでやって来た黄猿の言葉にも首を振る紅鬼だったが、
「いい加減、お前が休まねぇとそいつはお前が心配で休めねぇだろうが。」
その言葉に、はっと白桃を見る。
確かに白桃は心配そうに紅鬼の手に擦り寄る。
そこでようやく、自分が心配しているのと同じように、
白桃も自分の事を心配してくれているのだと気づいた。
「何かありゃ、急いで呼ぶからよ。
休んで次に備えろ。でねぇと、そいつを守ってやれねぇだろ?」
なおも不安そうな紅鬼だったが、黄猿は白龍に合図をした。
「紅鬼、行こう。」
彼の誘いで、ようやく彼女は腰を上げ、
名残惜しそうに部屋へ帰って行った。
その姿を見送り、黄猿は白桃の隣にどかっと腰を降ろす。
そっと白桃の頭を撫でながら呟く。
「悪ぃな。お前さんに罪は無ぇんだけどな。
………どうしてもお前はあいつを守っちまうからな。」
ようやく白桃も落ち着いたのか、少し荒かった鼻息が細くなった。
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あれから随分と過ごしやすい部屋に変わった。
薬草はきちんと整理され、
布だけだった寝床には、ちゃんとした寝台が設置されていた。
最近は毎夜の如く、紅鬼と共に白龍もそれを使用していた。
彼女の部屋で過ごし、朝に与えられた自室に戻る。
恋人と言えば、響きこそ美しいが決してそんな関係では無かった。
男女を学ぶ関係と言ったほうが正しい。
体ばかりを求めても心が手に入るはずが無い。
わかっているはずの白龍ではあったが、
どうしても彼女を求めずにはいられなくなった。
心を手に入れられぬ憤りのせいか、それとも………。
ふと悩んでは、思考を止め、目前の彼女に触れる。
いくらかの食事をとらせ、寝台で休ませる。
今日は求めるをせず、彼女に添い寝をし、寝かしつけようとした。
だが、不安を抱えたままの大きな子供は一向に眠りに入る気配が無く。
じっと彼の顔を見つめる。
白龍のほうは紅鬼の頭や頬を優しく撫でる。
まるで子をあやす親の図だ。
「眠れないか?」
こくりと頷く彼女に、白龍は体を起こし、
持って来ておいた酒瓶を手に取った。
彼に合わせ、紅鬼も体を起こした。
杯に酒を注ぐと彼女に「寝酒だ。」と手渡す。
少しは眠れるだろうと思ってのことだ。
紅鬼は杯を口に近づける。
一時、その動きが止まる。
視線を白龍に向ける。
しばらくして、彼女はにこりと微笑んで、一気に飲み干した。
白龍は慌てた。少し強めの酒だ。
まさか彼女が一気に飲むとは思わなかった。
案の定、初めてむせる彼女の姿を見た。
少し可愛いと思いつつ、背中をさすってやる。
ようやく落ち着いた頃、ふと彼女の手が伸びてきた。
白龍の顔に両手が触れる。形を確かめるかのように、優しく撫でる。
そして、これまた初めて彼女から口づけられた。
彼の首に腕を回し、逃がしまいと深く深く口づける。
口だけでは無く、額に頬に首筋に、他の場所まで、じっくりと。
それは毎夜、白龍が彼女にするのと同じように。
紅鬼から求められることは皆無だった。
それゆえ、この行動は白龍の心を焦がす。
たまらず、白龍は彼女の体を抱き寄せた。
普段はされるがままの彼女が恐ろしいほどに積極的になる。
初めて興奮しているのが手にとるように感じる。
そんな彼女に白龍自身も怖いくらいに高まるのを感じる。
「―――――――紅鬼。」
名を呼ぶ度に視線があう。
彼女の目尻から涙が零れる度に口づける。
恐怖も不安も心細さも全てを飲み込むように、よりいっそう激しさを増す。
お互いが貪り合うようにお互いを求める。
思考も言葉も掻き消されて行く。
なにもかもが真っ白へと、世界が変わった。
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眠りについた紅鬼の頬を一撫でする。
外は未だ夜の真っ只中。
白龍は寝台から抜け出し、衣服を身にまとう。
準備を終えると、紅鬼を起こさないようにそっと額に口づけを落とす。
そして静かに、部屋を出、闇の中に姿を消す。
ゆったりと闇の中を歩く彼はそっとその名を呟く。
「―――――――――紅鬼。」
お前は“鬼”を知らない。
鬼とは忌み恐れられ、人から憎しみを一身に受ける存在だ。
愛しさや慈しみを持つお前は決して鬼では無いのだよ。
この世界生ける全ての存在の憎悪や恐怖を背負うべき存在。
「だから、お前に見せてやろう。本当の鬼の姿を。」
白龍の姿が完全に闇の中に消える頃。
城下街の大門は静かに開いた。
彼らは次々と寝静まる街中を進む。
やがて、城を守るはずの城門までもが静かに開いたのだ。
続く