第2話「紅鬼」
蛇黒を守るように少女は青年の前に立ちはだかる
一方、青年はその姿に、ふっと笑みをこぼした
「なるほど、鬼が守るのはこの軍ではなく
蛇黒という存在、ただ一人か」
小柄な体格に似合わない、長身の剣を少女は構える
青年のほうは逆に剣を降ろしたが
少女はそれにかまうことなく、一歩を踏み出す
だが、突如、背後から衝撃を受け
少女の体は床に跪いた
「悪ふざけが過ぎるぞ、白龍」
「ははっ、悪い悪い。ついつい面白くってな、蛇黒」
青年―――白龍はにこやかな笑みを浮かべた
少女が受けた衝撃は、蛇黒からのもので
彼女は抵抗することなく、跪いたままだ
だが、その手にはしっかりと獲物が握られたままで
白龍が一歩近づいた途端、力強く拳を握り締めた
「控えろ、鬼。そやつは私の馴染みだ
手を出すことは一切許さぬ」
蛇黒の一言に、拳の力をゆるめた
その様子に白龍は彼女の目の前に屈みこみ
指先で、彼女のあごを上げさせた
「ずいぶん、うまいこと躾けてあるんだな」
まるで犬を見ているかのような白龍の発言にも
彼女は一切の抵抗を見せず
変わらない真っ直ぐな瞳で彼を見る
「おいおい、そんなの有りかぁ・・・?」
「蛇黒様!!お怪我は!?」
誰もいなくなった広間の入り口から二人の姿が現れた
そのうちの女のほうは慌てて蛇黒の近くに
もう一人の男はゆったりと背伸びをしながら入ってきた
「しっかし・・・“不敗の白龍”が知り合いとは・・・
あんたには驚かされますなぁ、蛇黒陛下」
ゆったりとやってきた男のほうを白龍は振り向いた
「蛇黒の精鋭隊の黄猿将軍か」
「お、知っていただけているとは、光栄な」
「と、いうことは・・・・・・」
再び、白龍は蛇黒のほうを向き、もう一人の女性に視線を向けた
「精鋭隊の華、蒼犬将軍ってことか♪」
何故か万遍の笑みを浮かべる白龍に蒼犬は鋭い視線を向けた
「あー・・・あいつはやめといたほうがいいですぜ?人一倍気が強い女だ。」
「それもまた一興♪」
「“女好き”も有名なままか。」
白龍の軽いノリに黄猿も面白そうに笑った。
「ところで、白龍。ここに何をしにきた?
まさか貴様までも狼銀についたなどとはほざくなよ?」
「まさか?私はただ・・・」
蛇黒の問いに、白龍は跪いたままの少女に目を向ける
「強い花に興味があるだけだよ」
蛇黒の深いため息にもひるまず、白龍は少女に手を差し出した
「さぁさぁ、立ってごらん。
手荒な真似をしてしまったね。許しておくれ。
蛇黒は昔から変わったことが好きでな、驚かせたかったのだよ。」
笑顔で話す彼の手を借りず、彼女は無言で自ら立ち上がる。
「ところで、君の名前を教えてくれるかい?
あぁ、私の名前は白龍だ。好きに呼んでくれてかまわない。」
すると、彼女は蛇黒に向かって左手で拳を作り挨拶をする。
それに対して蛇黒は右手の掌を見せ、挨拶を返した。
返答を貰うと、少女は黙ってその場を立ち去り、さっさと大広間から出て行ったのだ。
「ずいぶん嫌わてしまったものだな。」
「白龍、まさか鬼に会いに来たのか。」
「その通り!噂通りに強い花のようだな!」
蛇黒に向き直り、白龍は万遍の笑みをむける。
その様子に蒼犬は顔を益々しかめさせ、黄猿は声を上げて笑う。
「はっはっは!!大した御人だな!!
女見たさのためだけにこんな危険な場所に入り込んでくるたぁ!!」
「昔からそういう男だ。
蒼犬、宴の準備をしろ。白龍を手厚く持成せ。」
「はっ、かしこまりました!!」
蒼犬も左手で拳をつくり挨拶をし、そのまま立ち去った。
「ところで、蛇黒。彼女の名前はなんという?」
「紅鬼、ここではそう呼ばれている。」
「ずいぶんと物騒な名前だな。」
「だから鬼って呼ばれてんでしょう?」
「とても鬼には見えぬ、愛らしいと思ったがな。」
そう聞いて、黄猿はそっと蛇黒に耳打ちする。
「本当にあの不敗の白龍なんですか?」
黄猿の言葉を聞き、口の端を少しあげ、蛇黒は答えた。
「昔からそういう男だと言っただろ。」
どう見ても、ただの女好きにしか見えないが。
どんな監視も見抜けず、ここまで忍び込んできたのだから、
只者ではないと黄猿は思った。
続く