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鬼と龍  作者: 徒花 紅兎
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第19話「あぁ見えて結構怖がりなの」

ぱしゃりと冷たい感触に目を覚ます。

すでに陽が昇り、朝を感じた。

ただ、顔が水で濡れており、紅鬼が覗き込んでいた。



「………水をかけずとも、」



異論を唱えようとして、身振り手振りで紅鬼に反論された。

どうやら揺すっても起きなかったようだ。

随分深く眠っていたらしい。


今まで女性より遅く起きたことなど無かったのに、

と白龍は思いの外、夢中だったのかも知れないと思い、

気恥ずかしい気分になる。


だが、紅鬼は何らいつもと変わりが無く。

けろっとしているもので、益々いたたまれない。


ただ、じっとその場に居るので、ふと思った。



「もしかして、私を待っていたのか?」



当然のように頷く姿に、思わず頭を撫でてやる。

不思議そうな顔をしたがすぐに嬉しそうな顔を見せた。



「先に戻っててくれ。少し水浴びをしてから帰る。」



一緒に帰っても良かったが、変に勘繰られて冷やかされるのが嫌だった。

まぁ、黄猿あたりはどのみちすでにわかっていそうだが。


紅鬼は素直に頷き、白桃に跨がり城へ戻った。

黙って置いて行かれた初日を思い出して、それを懐かしく思う。

一年も経っていないというのに、遠い記憶のように感じた。



*******************************



城に戻り、一番に見かけたのがあの男だ。



「よう!ずいぶん遅いお帰りで!!」



嫌な笑顔がまた眩しい。

黄猿は頭にくるほどの笑顔を浮かべ、何故か待ち構えていた。



「こんな所で油売っているとは、よほど暇らしいな黄猿将軍。」



返した嫌味ですら、彼にとっては餌にしかならないようで、



「いやぁ、仕事できるほど野暮じゃありませんって。」



言っていることが無茶苦茶である。

言葉がまったくかみ合っていないにも程がある。

そんな白龍の心境をよそに、黄猿はすっと隣りに近づく。



「で?」


「な、なにがだ。」


「いやぁ、俺って回りくどいのあんま好きじゃねぇんだけど・・・。」


「何の話かさっぱり・・・」


「え、抱いてねぇの?」


「お前なぁ!!」


「なんだ、やっぱり抱いたんじゃねぇか。」


「何故、そんな事を貴殿に話さねばならんのだ!!」


「いや、気になるっしょ?普通。」


「下世話な・・・。」


「まぁ、正直“親心”みたいなもんかね。」


「は?」


「別に俺が親ってわけじゃねぇけども。」



頭をかきながら、黄猿は遠くを見て話した。



鬼子(おにご)に初めて会ったのは軍に入ったばかりの頃でな。


 あいつもまだ俺の腰ぐらいの身長しかなかった。


 そんなちっせぇ小娘が自分の背丈と大差の無いでっけぇ刀を


 両手で抱えて、よたよたよたよた危なっかしく廊下を歩いてた。」



彼はその時の事を思い出していた。

それこそ何年も前の話だ。


城の奥の廊下を使う人間はほとんどおらず、人の気配は皆無に近い。

ただ、紅鬼親子だけが使用していたのだ。

たまたま通りかかった黄猿が見たものがまだ幼い彼女だった。


体に不釣合いな刀は、彼女の歩きを邪魔する。

右にふらり、左にふらり、足取りは危なっかしい。

だが、それでも小さな彼女は必死に両腕でしっかりと刀を抱きしめていた。


壁についた擦り傷に、黄猿は苦笑を浮かべた。



「おい、そこのお嬢!」



注意すべく、近づいて声をかけたのが過ちだった。

小さな紅鬼は勢いよく振り返った。

それにより刀の柄の部分も勢いよく方向を変えてぶつかる。


どこにぶつかったかというと、黄猿にとって、

いや男にとって証でもありとっても大切な体の一部だ。


あまりに勢いが良すぎたため、黄猿は悶絶する。

予期せぬ衝撃に、避ける事が出来なかったのだ。


紅鬼は首をかしげて固まる。



鬼子(きこ)、どうしたの?」



凛とした美しい声が聞こえた。

黄猿が顔を上げるとそこには眼帯をしていても、

はっと驚くほどの美女が立っていた。



「あら?ぶつかってしまったの?」



小さな紅鬼は女性と黄猿の二人に視線を行き来させる。



「ごめんなさいね。」


「い、いや、大丈夫ですよ・・・。」



なんとか立ち直り、体を起こして立つ。

黄猿はこの女性が何者かわかった。



鬼子(きこ)、母の手伝いをするのはわかるけれど、


 人様に迷惑をかけてしまっては駄目でしょう?」



一族の当主、この女性こそがかの“紅鬼”だ。

母親に叱られ、しゅんと項垂れる鬼子。



「いや、俺が急に声をかけちまったのがいけないんですわ。


 驚かせちまったな?悪い。」



だが、鬼子は落ち込んだまま走っていった。



「こら、鬼子(きこ)!!」


「ありゃりゃ、嫌われちまったかね。」


「ごめんなさいね、あぁ見えて結構怖がりなの。」


「子供らしくて可愛いもんですよ。」



ふと、先代紅鬼は壁についた傷を見つけた。

そして困ったような表情を浮かべる。

見かねて、黄猿は提案する。



「あの高さなら大人は気づきません。


 蛇黒陛下にも内緒にしておいてやりましょう?」


「有難う、優しい方ね。」


「いやぁ、美人に弱いだけです。」


「ふふふ。」



綺麗な笑顔を作る女性だった。

本当に一発で見惚れてしまう様な。

子供がいなかったら本気で狙いたかったぐらい。



「ずいぶん、嬢ちゃんを大事になさってますね。」


「・・・・・・怖がりなくせに、頑張り屋なの。


 いつも背伸びして手伝って、すぐ熱を出す。」


「子供なら通らなきゃいけない時期ですな。」



ふと彼女は目を細めた。



「私が死んだらと思うと、不安で仕方ないわね。」


「そんな寂しいことを・・・。」


「あなたのような人が見守ってくださると、


 安心できるのだけれど。」



にこりと笑って去って行く。

これで彼女に会ったのが最初で最後だった。


今思えば、心のどこかで彼女はわかっていたのかもしれない。


この数年後にこの世を去ってしまうことを。

未熟な愛娘を残し、旅立ってしまうことを。


いかに心配だっただろうか。


あの日、出会えたことは奇跡のようなものだった。



「・・・・・・・約束か?」


「そんな大層なもんじゃねぇよ。


 ただ、俺なりに鬼子のことは気に入ってるって話だ。」



そう呟く黄猿の横顔はどこか“父親”のような表情に見えた。



「それにしても、これから鬼子(おにご)のやつ、女らしくなるのかね。


 ・・・・・・そうだ、いっちょ綺麗な服でも着させてみるかな。」


「お、それはいいかもしれ、」



賛同しかけた時だった。



「鬼娘ー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



と、蒼犬の怒声が響き、何かが走って逃げる足音が聞こえた。



「着せたはいいが、裾を踏んでこける。」


「で、動きづらいと引きちぎる。」


「「・・・・・・・・・・・・無理だな。」」



と、二人合わせてため息をついた。

そしてこの後、蒼犬の味方をするか紅鬼の味方をするかで悩むのだ。



続く

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