第16話「大丈夫、次で終わらせる」
白龍は白桃をその場に残し、先に陣地へ戻って来ていた。
黄猿が迎えをよこしたのだ。
それにより、紅鬼は白桃と共に帰還出来た。
並べられる二つの首。
蛇黒は嫌な笑みを浮かべ言う。
「三つとはいかぬか。まだまだよの。」
この男の何がいいのか。
越えられない壁に、白龍は顔をしかめる。
もう一人、しかめっつらの人間がいる。
それは蒼犬だ。
蛇黒の信頼は、紅鬼に注がれているという事を思い知らされたのだ。
紅鬼は蛇黒の剣を返す。
だが血糊が酷いので、自らの服で拭き取る。
益々、白龍が眉間にしわを寄せたのだが、
彼女の衣服は返り血で汚れているため、中々思うように汚れがとれない。
その姿に少しだけ蛇黒が驚いた表情を見せたが、
すぐに真顔に戻り、手を差し出す。
紅鬼は少し戸惑いながらも、怖ず怖ずと剣を手渡した。
彼は受け取ると、用意していた新しい布にそれを巻いた。
その時だった、城下町から幾人かの悲鳴が聞こえた。
紅鬼はすぐに白桃を呼ぶと、蛇黒に挨拶をして向かった。
白龍も慌ててその後を追った。
蛇黒はゆったりと城へ戻る支度を始めた。
彼の姿に、蒼犬はより一層顔をしかめ、呟く。
「一体、どうされたのだ……。」
蛇黒が珍しくもあんな表情を見せた事が引っ掛かって仕方ない。
そこに黄猿が答えを出す。
「汚れなんざ気にしない紅鬼が、拭き取ろうとした事に驚いたんだよ。」
そう言われ、蒼犬もその事実に少なからず驚く。
「鬼子も変化するってことかね……。」
ここにも壁を感じはじめる男がいた。
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紅鬼が街へ着くと、そこには3人ほどの怪しい男たちが、略奪行為をしていた。
彼女は迷わず刀を振り上げた。
「紅鬼!待て!」
少し遅れて白龍が制止をしたが、遅い。
すでに振り下ろされ、二人分の頭と胴体が離された。
残りの一人が逃げ出す。
すぐに紅鬼が追おうとしたが、今度こそ白龍が止めた。
彼は自らの剣を鞘から抜くこと無く、男の足元をはらい、こけさせた。
すぐに、今度は首元へ一撃を入れ、気絶させる。
紅鬼の不思議そうな表情に、白龍は
「狼銀軍の者かも知れない。こういう場合は殺さず、生け捕れ。」
と、答えた。なるほどと紅鬼は頷く。
そして白龍が男の身柄を兵士に引き渡す頃、紅鬼はふと金魚の店を見た。
店主も娘も無事そうで、何となく近づいた。
「ひぃっ!」
だが、二人とも怯えた表情で小さな悲鳴をあげる。
がたがたと震えている、恐ろしいものを見ているように。
そして急いで店の奥へ消えてしまった。
紅鬼は自分の体を眺めた。
たくさんの返り血を浴びて、真っ赤に染まった、己の体がそこにあった。
その様子に白龍は声をかけようとしたのだが、
紅鬼は白桃の背に乗り、あっという間に走り去った。
「あんたに声かけず行っちまうたぁ、久しぶりに見たな。」
振り返ると黄猿が居た。どうやら、ここの処理を命じられたようだ。
「馬を借りるぞ。」
「そこの店の娘じゃなくていいのか?
今なら弱い心に付け込めるぞ?」
嫌味ったらしい笑顔で挑発する黄猿に、
にっと口の端を上げ、白龍ははっきりと答えた。
「弱い女は好かん。」
去って行く白龍を見送り、黄猿はやれやれと頭をかいた。
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その頃、狼銀軍の陣営では、大将である狼銀の天幕へ橙狐が報告にきた。
そして地面に寝そべっている主の姿に怒りを覚える。
「狼銀………休むならちゃんと寝台に入って休め!」
「ここのが落ち着くんだよ~」
寝そべったまま、狼銀は返事をする。
呆れ果てた橙狐は報告書を彼の頭にばしっと叩き付けた。
うぅ、と小さい唸りをあげたが、
体勢をいっこうに変えることなく、報告書に目を通す。
「ふぅん、一人捕まったんだ?」
「それはすでに処理はした。」
「お利口さんだね。」
「これで罪人は全て使い切ったぞ? 灰蛍も緑猫も失ってどうする気だ?」
ごろんと寝転がり、ようやく橙狐と目を合わせた。
するとそこへ紫鳥が入ってくる。
「狼銀!あんたの言う通り、二人を同じ場所に弔ったわよ!」
「ご苦労さん、紫鳥。」
にっこりと労うと、ようやく体を起こした。
「想い合うなら側に居ればいい。
本当なら二人で寄り添って静かに暮らして欲しかったけど
………そうもいかせないのは私怨のせい。
怒りや憎しみは命を奪う事しかしないからね。」
灰蛍と緑猫は結婚をせず、ただ復讐のために生きていた。
二人の同じ傷が二人を惹き合わせた。
悔しくも、先代紅鬼が二人を繋ぎ、次代紅鬼が二人を殺めたのだ。
「………だから、これからどうすんだって話なんだろ。」
そろそろ橙狐の我慢も限界そうだ。
だが、狼銀は柔らかく微笑みを浮かべる。
「俺には橙狐と紫鳥がいてくれればいい。」
狼銀の言葉に二人は固まる。が、彼の話はまだ続いた。
「彼女の強さの理由がようやくわかった。
理由さえわかれば崩すのはたやすい事。」
彼が真顔になる時は本気の時ということを理解している。
「大丈夫、次で終わらせる。」
今までにない強気な大将に、二人は心を踊らせたのだ。
続く