第10話「せめて名前ぐらいはつけてやれ」
「これは?」
[腹痛]
「こっちは?」
[風邪によく効く]
「じゃあ、それは?」
紅鬼が手に持ってる葉っぱを指差す。
しばらく悩んだ後、彼女は突如白龍の口にそれを突っ込んだ。
驚きのあまり固まってしまう彼に対して紅鬼は同じ葉っぱを自ら食べ、
彼の手の平に葉っぱの正体を綴る。
[おやつ]
恐る恐る噛んでみると、少し甘味を感じた。
どうやら、甘いものが好みらしい。
現在、白龍は紅鬼の部屋の片付けをしている。
片付けついでに、薬草や毒植物を教えてもらっている。
彼は元来勤勉な男なのだ。
ちなみに、彼女の書く書物が何故解読出来ないのかようやくわかった。
彼女自身、植物の名前を知らない。
わからないので、植物に名前を勝手につけて呼んでいる。
ただし、植物に対し人の名前をつけている。
中には「黄猿」「蒼犬」の名前もあった。
ちなみに「黄猿」は「笑い茸」で、「蒼犬」は「解熱の薬草」だった。
「そういえば、あの白馬の名前は何て言うんだ?」
彼の言葉に彼女は首をかしげた。
嫌な予感がした。
「名前を呼ばないのか?」
そう言われ、紅鬼は短く口笛を吹いた。
名前を呼ぶ必要が無いのだ。
「せめて名前ぐらいはつけてやれ」
[何故?]
「“生ける者、命ある者、名がそれを表す”」
白龍の言葉に益々首をかしげる。
深いため息をついて彼は話す。
「昔の人間が言った言葉だ。
“名前があるからこそ生きた証が残る”って意味。
せっかくお前を大切にしているのに、
あの白馬も誰にも褒められたりしないのだなぁ。」
わざとらしく残念そうに言う。
その言葉に紅鬼はむむむと悩ませて、考え込んだ。
そしてしばらくして彼の手の平にこう書いた。
[白桃]
こうして白馬の名前が決まった。
「・・・・・・・・・お前、甘いもの好きだろ。」
彼の言葉に首を傾げる彼女は、またおやつを食べていた。
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「だから、何なんだ。」
ここは蒼犬の執務室。
そして、部屋の主の彼女は今まで見たことが無いほどしかめ面をしている。
[研石が欲しい!!]
その彼女に対し、これまた険しい顔で文字を書く紅鬼。
「そんなもの倉庫番に言えばよかろう?」
[無いって!]
「切らしている報告は聞いていない。」
[私のが無いの!]
「だから、倉庫番に・・・。」
「わかった、わかった、私が説明する。」
延々と埒の明かない話を繰り返すので、
ようやく白龍が間に入り、話を進ませる。
「紅鬼の使っている研石ってのは、特殊な石らしく、
いつも、特別に仕入れているらしいんだけど、
今回担当が変わっちゃってて、仕入れてなかったようなんだ。」
彼の話に、一応は話が通ったものの、蒼犬の顔には皺が残っている。
「ならば、仕入れるように指示しておく。」
[今すぐ欲しい!!]
「我儘を言うな、仕入れは月に一度と決まっておる。次の日まで待つのだ。」
「・・・倉庫番に仕入れは昨日で、丸一月待たねばならんというわけを聞いたんだよ。」
だから、どうしろというのだ。
あからさまにそんな表情をする蒼犬に、白龍は同情を抱いた。
蒼犬といえど、どうすることも出来ないのだが、
紅鬼には彼女しか言うあてが居ないのだ。
彼女が一番の責任者。という認識だから。
そんなどうしようもない状態に、助け舟を出したのは突如現れたあの男だった。
「城下の市場にならあるんじゃねぇか?」
「黄え、ん………?」
彼の出てきた場所を見て、白龍は固まる。
それは蒼犬の執務室の奥部屋。
要は彼女が休むために使っている部屋だ。
そんな部屋から彼は、いつもよりずっと軽装で、揚句、身なりを整えながら現れた。
「よう、おはようさん。」
その言葉に紅鬼が反応し、左手を開いて黄猿に向けた。
黄猿はわけがわからず、右手を彼女に向ける。
そして紅鬼は軽く手を当てて挨拶をした。
その姿に黄猿も蒼犬も不思議な顔をした。
白龍が「挨拶だ」と軽く説明をしたのだが、
蒼犬はいかにも不信げな表情のままだった。
だが、それよりも、黄猿だ。
相変わらず、憎たらしい笑みを浮かべたままだ。
揚句 「どうかしたか?」 とまで、宣った。
白龍は奥することなく笑みを返し、
「いや、貴殿と蒼犬殿がそのような仲とは…。」
と返してやったのだが、白龍の顔の横を小刀が通り過ぎた。
「下種の物言いは気に入らぬ。汚らわしい!」
違うのか!?という視線を黄猿に向けたが、
「さあ?」という返事しか無い。
本当に嫌なやつらだと心底思った。
「で、研石が欲しいんだろ?」
黄猿の言葉に紅鬼は激しく頷く。
「なら、部下の奴らに城下まで行かせてみるか。」
「いや、いらない。」
黄猿が部下を呼ぼうとした時、それを止めたのは白龍だった。
「それより紅鬼に外出許可をもらおう。」
蒼犬の顔が益々歪んでいく。
打って変わって、黄猿は面白そうな顔を見せた。
不思議そうな視線を向ける紅鬼に白龍は笑顔で言った。
「紅鬼、城下へ買い物に行こう。」
続く