第1話「存在してはならぬ者」
世は憎悪に包まれていた
巨大な国を支配するのは残虐なる皇帝、蛇黒
彼が行うは、非道なる政治
民が課せられた重税はもちろん
少しでも不平不満を持ち出せば
一族もろとも、見せしめに火あぶりの刑を執行され
皆殺しにされた
作り上げた強固な武力により
国に生ける者全てが、苦しい生活を強いられていたのである
無論、蛇黒に対する不満をかきあつめ
いくつもの義勇軍が誕生した
だが、何年もの間、蛇黒軍に勝てる軍はなく
次から次へと弾圧されていったのである
そして、唯一残された国民の希望が狼銀軍であり
蛇黒軍と狼銀軍がまた幾年にも渡って
戦を繰り広げていたのである
しかし、未だ狼銀軍は勝機が見出せないでいた
何故ならば、ただ一人の
“存在してはならぬ者”に勝てないでいるからだ
その者は“紅い鬼”と呼ばれ
狼銀軍の屈強な兵達を次から次へと倒していっているからである
第1話「存在してはならぬ者」
「蛇黒皇帝陛下!!この度の勝利、心からお喜び申し上げます!!」
宴の間にずらりと並んだ家臣達からの祝言に、蛇黒はにやりと笑みを浮かべた
「勝利・・・、貴様達はこれを勝利と呼ぶのか?」
蛇黒の問いかけに家臣たちはお互いに顔を見合わせる
「数々の義勇軍を破ってはきたが・・・
最後の義勇軍がこの2年間、未だ殲滅することが出来ていない
ましてや、寄ってきた野良犬を、追い払う程度の戦だ!!」
怒りにまかせ
蛇黒は杯を力いっぱい床に投げつけた
「この程度の戦を、勝利などと思った覚えなど無いわ!!」
響き渡る蛇黒の怒声に
家臣たちは怯え、より一層深く頭を下げる
家臣とはいえ、蛇黒に彼らの顔は見えていない
異様な光景ではあるが
家臣と呼ばれ、大広間に整列している彼らの顔には
蛇黒軍の紋章が描かれた真っ黒な布がつけられてある
まさに、誰が誰なのかはわからない状態なのだが
これは蛇黒が皇帝になった時に義務付けられたものであり
その真意は彼にしかわからないものでもある
新しい酒の杯をかたむけながら
蛇黒はつまらなそうな表情を浮かべた
家臣たちの間に不穏な空気が流れた
だが、そん中、一人の家臣がすっと前に現れ
左手で拳を握り、額に当て、礼を現した
「恐れながら、申し上げます」
「なんだ?」
「最後の義勇軍を率いる総大将、狼銀は蛇黒様の古くからの知人であるとお聞きいたしました」
「そうだ、あやつとは同門の出だ、それがどうした?」
名も告げず、その家臣はにやりと笑みを浮かべ、こう言った
「だからこそ、あなた様の攻略もご存知なのでは?」
一人の家臣の不躾な物言いに、場内は恐怖のざわめきがおこる
だが、相反して、蛇黒は口の端を吊り上げ、ふっと鼻で笑う
「これが攻略?私は勝ってもおらぬが、負けてもおらぬ
城の塀の中にも、一歩たりとも入れたことなど無い
これのどこを攻略というのだ?」
「あぁ、これは失礼いたしました。確かに攻略ではございません
ただ、あなた様に勝ちもしないが、負けもしない軍略を持っている
なるほど、つまりはあなた様と同様の才を持っている
というわけですかな?」
ひょうひょうとした物腰の家臣に
周りの家臣たちは布の下でひそかに青褪めた
だが、蛇黒は笑みを崩すこと無く、会話を続けた
「だが、あやつらが勝つことは無い
ここに入ってくることすらも、出来やしまい」
「そう・・・まさしくその通り
何故なら、ここには・・・・・・・・“鬼”がいる」
跪き、礼をとっていた家臣が無礼にも
すっと立ち上がり、ゆったりと蛇黒のほうへ歩いていく
「“鬼”とは古来より言い伝えられてきた、恐るべき存在
悪の象徴でもあり、現世に“存在してはならない者”とされる
伝説の忌むべき“恐れ”だ・・・・・・」
家臣の無礼を咎める事も無く
蛇黒は面白そうに、その者の様子を眺める
「それがここに存在し、挙句、悪名高い“蛇黒”を守っている・・・・・・」
そう呟いた家臣はすらりと一本の剣を取り出した
驚いた家臣たちは、広間から慌てて逃げ出す
「だが、それもここまで」
なおも、蛇黒は余裕の笑みを浮かべ、杯をかたむける
「その命、頂戴いたす」
一人の家臣は剣を構え、力強い一歩を踏み出した
がきんっ
乾いた音が響いた
振り上げたはずの剣は宙を舞い
背後の柱へ突き刺さる
家臣の目前には甲冑をまとった一人の存在
そして首元にはひんやりと刃の冷たさ
首を刈られるその瞬間
家臣の片手から、もう一本剣がすらりと姿を現す
再び、剣同士の音が響いたかと思うと
すぐに二人の間に距離が生まれた
家臣の顔にかかってあった布が床に落ちる
晒されたのは一人の青年の顔
そして彼の目に映ったのは“鬼”の存在
だが、彼は感じた
“鬼”とは呼ばれるものの“鬼”のようではないと
その姿は鬼とはかけ離れ
恐ろしいほどの真っ直ぐな瞳を持った
一人の“少女”の姿だった
続く