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BloodBox  作者: 平河尚斗
3/7

魔族の力

すみませんでした! 一週間以内に更新するとか言っておいて、二か月近くもかかってしまいました。 まことに申し訳ございません! 楽しんで読んでいただけたら幸いです、本当にすみませんでした。

 ボスと呼ばれる男の部屋は赤い絨毯に黒いソファーと、なかなかセンスのいい部屋だった。俺もこの色合いは好きだ。

 そして、部屋の中央に仁王立ちしている男。おそらくこいつがボスなのだろう。肩にかかる程度の赤い髪、百八十はあろうかという身長。その体はすらっとしているが決して華奢な訳ではない、力強さを感じられる引き締まった体。その体を覆う漆黒のスーツが身長と合わさり威圧するような雰囲気を醸し出している。そして、左目にかけられた眼帯。

 一言でいえば威圧的な男だ。しかし、顔はまだ若々しく、押しつぶすというよりもじわじわと絡み付いてくるようなプレッシャーがある。

「遅かったな……。俺は炎魔一樹、ここのボスをやっている。ここの事はもう楓から聞いたか?」

 炎魔の声がテノールで空気を震わせる。

「あぁ、だいたい聞いたよ。俺は羽佐間総一、あんたに協力するよ」

 俺は協力すると答えたが、炎魔のこめかみはピクリと引きつき、不機嫌さを露にする。

「俺の事はボスと呼べ、あんたじゃない」

「は?」

――子供か!

 すごくどうでもいいことで不機嫌になるえん――ボス。いちいち反抗するのも面倒なのでここは素直に従っておこう。

「分かった……。それで、ここにはほかにも何人かいるんだろ? そいつらは?」

「あいにく今は出払っている。そのうち顔を合わせることになるだろう……」

「そうか……」

「今、お前はそんなことを気にしている場合じゃないだろ。お前には戦う力を身に着けてもらう」

 そう言うとボスは俺の視界から消えた――いや、正しくは見えなかった。ボスは一瞬で俺の真横にまで移動して俺の肩に手をかけていた。

 左肩に軽い衝撃を感じるまで横に来たことすら分からなかった。背中にゾクリと冷たい感覚が流れて、俺はボスの手を振り払った。

「な、何だよ……? 今の……」

 ボスの目を見ただけで恐怖が襲ってきた。この感覚は、黒服の奴らに向けられたものと酷似している。奴らが俺に向けていた感情……殺気。

「ここには使えないくずはいらない。死にたくなければ死に物狂いで力を手に入れろ」

 お前が引きずり込まれた世界はそういうもんだ……。そう言い残してボスは部屋を出て行った。

 部屋の中には、動悸が激しく洗い呼吸をしている俺とこっちを見ておろおろしている楓が残された。

 心臓がどんどん加速していく。ボスの殺気から解放されたのにもかかわらず。

 俺の中の恐怖は小さくなっていく。それと比例するように大きくなっていくのは怒りだった。

 殺気だけであそこまで気をされてしまった自分が情けない。力を手入れて戦えばいくらでも殺気と向き合うことになるだろう。こんなことでは自分の身一つ満足に守れない。

 力だ。力がいる。身を守る力が……中央所の奴らを、殺す力が。

――手に入れてやる! 魔族の力を!

 あの参上を生み出した力。人ならざる者の力。

「楓……」

「なに?」

「力の……魔族の力の使い方を教えてくれ」

「最初から、そのつもりだよ」

 楓は小さな笑みを浮かべると部屋の外に踏み出した。俺も楓について行く。

 無機質な岩肌の廊下に戻ると楓はどこかに向かって歩き出した。

「どこに行くんだ?」

「ん? トレーニングルームだよ」

 ト、トレーニングルームって……いったいなんなんだここは……。

 ただの洞窟の様で。しかし、扉や部屋の中は普通の家となんら変わらない。いったい誰がここを作ったのだろうか。

 あまりに不可解な事に頭を悩ませつつ楓について行った。


                ◆


――本当に何なんだ、ここは……?

 しばらく楓と歩み続けると、鉄製の大きな両開きの扉が見えた。楓は重そうな鉄の扉を片手で軽く押しあけると、中に入ってしまったので俺も扉が閉まる前に体を滑り込ませた。

 ズシン、と重くしまった扉。楓の華奢な体のどこにあれほどの力が隠れているのか……いや、血だろうけど。

 そして、目の前に広がる光景に本日何度目かの驚愕をさせられた。

 トレーニングルーム。その全容はアニメさながらの空間だった。

 五メートルはあるだろう天井。奥行きは……へたしたら一キロメートルあるんじゃないだろうか……。

 あまりの光景に自身の目を疑う。そんな俺を放置して楓は入口の近くにある更衣室と書かれた扉の向こうに消えていった。

 トレーニングルームなんて言っていたが、どう見てもこれはシェルターだろ。壁なんか全部、鋼鉄でできているし。

――本当に何なんだ、ここは……?

 気のせいだろうか、さっきも同じ事考えた気がする。よし。いったん落着け俺。いちいちこんなことで動揺してどうする。平常心、平常心……。

 腕を組んで、何度か頷く。心なしか、先ほどよりも現実を受け止められた気がした。

「……何してるの?」

 後ろから聞こえてきた声に振り返ると、身軽そうな格好に着替えた楓がいた。半袖のシャツと短パンという、いかにも運動に向きそうな格好だ。

ついでに俺の服装だが。学校の制服で倒れていたが、今の服装は、柔らかい生地の長ズボンに、ノースリーブのシャツと動きやすい。元からこうなると踏んで、ボスが着替えさせてくれたのだろうか。

「い、いや、何でもない」

 彼女の瞳が訝しげに細められているので慌てて言い繕う。小首をかしげていたが、

そう……と一言零すと目の色を変えた。

 目が合っているだけなのに背中をゾクゾクと嫌な感覚が通り過ぎていく。先ほどのボス程とはいかないまでも、彼女の殺気も凄まじい物だ。

「今から力のコントロールの修業を行うよ。死ぬ気でやってね」

「あ、ああ……」

 はたして、今のセリフは笑顔で言うものなのだろうか……?

 とにかく、俺は力を手に入れる。手に入らなければ俺に残されているのは中央所に殺されるという、無残な未来のみ。元から俺は死ぬ気も何も、命がけだ。

「まずは、力を解放して」

 楓は目を閉じると、静かに空気を吸い込んだ。まるで、体の中に力を貯めるように。

 ただ、目を閉じて、深呼吸をした。それだけで空気が変わった。体に纏わりつくように空気が重くなる。

 楓の体に変化が起こった。爪が目に見える速度で伸びていく。長さが十センチほどまで伸び、その先端は鋭利に尖っている。

――これが、魔族の力を使っている状態?

 正直、拍子抜けだ。

 確かに人間ではできない芸当だが、ただ爪が伸びた、それだけじゃないか。本当にこんな力を手に入れるだけで中央所と戦うことができるのだろうか。

 楓がゆっくりと目を開く。直線上にいる俺と必然的に目が合った。

俺の顔に浮かんでいる落胆の色を見て楓は、くすりと笑うと爪の伸びた手を振るった。

「っ!?」

 その瞬間、俺の頬を凄まじい風が撫でた。手を当てると、どろりとした赤い血が流れている。

 切られた。俺の頬は五メートルも離れている彼女に、切り裂かれたのだ。

 心臓が激しく高鳴る。何が飛んできたのか全く見えなかった。

――いや、違う。何も飛んできてないんだ。空気ごと、切り裂かれた……。

 背中を冷たい感覚が流れる。だが、この感覚は恐怖だけじゃないこの力を俺も使えるようになると思うと、高揚感にも似たゾクゾクとした感覚が背中を流れていく。

 頬の血をぐっと拭って、艶やかに笑っている楓を見つめる。

「私の中に流れる魔族の血は、吸血鬼の血……。気を抜いていると、おいしくいただいちゃうよ?」

 女の子の言うセリフとは思えないセリフを女の子から聞かされた事も驚きだが、その前に彼女が口にした言葉が俺に衝撃を与えた。

「吸血鬼の血……って、魔族の血には種類があるのか?」

「そうだよ。いろんな種類があって、それぞれが違う力を持っている。」

「俺の中には……何の血が流れているんだ?」

「解放してみないことには、分からないよ」

 力の開放。俺の中に眠る魔族の血の力。何が眠っているのか分からない。

――おもしれぇ。鬼が出るか、蛇が出るか。

 俺は自分の力を解放させようとするが、全くできない……というより。

「どうやって、解放するんだ……?」

「え? え~と……何て言ったらいいのかな……?」

 楓は小首をかしげてうんうんと唸る。あーでもないこーでもないと独り言をぶつぶつと言いながら。

 まさかの講師が分からないという状況に俺も困惑してしまう。楓に分からないことが俺に分かる訳がない。

 女の子に頼りっぱなしなのは悪い気がするが、これは俺にはどうしようもない。

 しばらく手持無沙汰で楓を見ていると、楓は何か思いついたように顔を上げた。

「感情! そうだよ、感情だよ!」

「は?」

 嬉々とした顔で感情と繰り返す楓。俺には何のことかさっぱりな状況だった。いきなり感情と言われても意味が分かる訳がない。

 そんな俺の呆けた表情が気に入らないのか、楓は頬を膨らませながらもう一度強く言ってくる。

「だから、感情! 総ちゃんが初めて力を使った時の感情を再現すればいいんだよ」

「俺の感情に、魔族の血は反応するのか?」

「慣れてくれば完璧に支配下に置けるけどね。私も最初は感情の高ぶりで無理矢理引き出したんだよ」

――何で忘れてたんだよ!

 と言う突っ込みは根性で飲み込んだ。これ以上話が停滞するのは俺としても避けたい。

――感情の再現……あの時の俺の感情……。

 家族が、妹が死んだ悲しみ。菜々美を守りきれなかった悔しさ。黒服の奴らへの怒り。

 どれも、俺があの時に強く抱いていた感情だ。これらの感情を再現すれば良い。

「……」

 目を閉じて脳裏に思い浮かべる。家に帰って菜々美と泣いた時の悲しみ。目の前で菜々美を殺された悔しさ。俺から家族を奪った黒服たちへの怒り。

 思い出すだけで気分が悪くなる。吐き気が込み上げ、涙が滲みそうになる。それでも、あの時の光景を無理矢理脳内で再生する。


                  ◆


 どれだけ思い返しても俺の体に変化は起きなかった。

「何でだ!? 何で、何も起きない!?」

 頭の中は色々な感情が混ざって最悪だ。もう、泣きたいのか怒りたいのかすら分からない。

 その時、今まで傍観者だった楓が口を開いた。

「本当に、今のあなたの感情が、あの時の物なの?」

 俺には楓が何を言いたいのか分からなかった。あの時の感情を再現しろと言われたから最悪の記憶を思い出しているというのに。

 その疑問は、俺の中ですぐに怒りへと変換された。こんなに苦しんでいるのに、それを否定されて。

「お前があの時の感情を思い出せっていたんだろ!? だから思い出してるんじゃねぇか!」

――分からない。いらつく。なんで何も起きない。いらつく。

 俺の中は、もうただの怒りの塊だ。

「総ちゃん……力を解放した時に強く思ったことは、本当に今の感情……?」

「だから! そう言って……」

――本当にそうだったか?

 あの時の感情……最も強く思ったことは、本当にこんな感情だったか?

――違う……思い出した……あの時、俺の中にあったのは……。

 怒りでも、悲しみでも、悔しさでもない。あのとき俺の中にあったのは……。

――殺意だ……真っ直ぐで、真っ黒で、純粋な殺意だ……。

「っ!?」

 いきなり心臓を鷲掴みにされたような嫌な感覚が走る。鼓動が加速する。体中の血液が全て熱湯に変わったのではと思えるほど熱い。鼓動で全身が震える。

両手を胸の前で握りしめた。拳が白くなるほどに強く強く。

 自分の体に何が起こっているのか分からない。ただ体中に何かが広がるような感覚。

「ああっ! ぅあ、ああああ!」

――ツブセ! クダケ! コワセ! コロセ!

 体の中から広がり続ける破壊衝動。万物に対する敵意。真っ黒で重たい殺意。

 自分が悪意の塊になったかのような感覚。その感覚と共に広がる絶対的な力。

 俺の肩から血が流れる、外傷など負っていないのにも拘らず。流れる血は量を増し、腕を覆っていった。

 液体だったはずの血液は腕を覆いきると硬質化していく。まるで血のコーティングだ。爪まで覆われ、爪だけは黒くなっていく。

 体の中の衝動がゆっくりと治まっていく。冷静になっていく。

 俺の肩から指先にかけては完璧にコーティングされていて、光を赤黒く反射している。

「これが……俺の力……」

 さっきまでとは世界が違った。体の中から力が無限に溢れてくるようだ。頭の中もクリアになっていて、思考がとてつもなく早く回る。すべての感覚が強化されているようだった。

「ははっ、はははは!」

――笑わずにはいられない。手に入れた、力を、中央所の奴らを殺すための力を!

 でも、まだだ。この力を完璧にコントロールできるようにならないと意味がない。

「楓」

 彼女の名を呼ぶ。彼女も唇の端を持ち上げ微笑を浮かべて答える。

「力の使い方、教えてあげるよ」

 俺も楓に微笑み返して強く頷いた。

「ああ、頼むよ」

――俺の力のコントロールの修業がやっと、始まった。


読んでいただき、ありがとうございました。 感想をいただけたら嬉しく思います。 これからも頑張りますので、どうか見捨てないでやってください。

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