もう一人。
「わたし」というものは、一人。
でも、いるの。いるの。そこにいる。
もう一人の「わたし」。
彼は――そう、わたしは確かにただの娘であって、向こうが青年だから性別が違うけれども――そう、彼は、確かに「わたし」なのだと直感的に分かった。
彼は白かった。綺麗で、華やかで、たくさんの人に囲まれ、笑っていた。
わたしの影はわたしよりも人気者だった。
いつでも煤けた暗い色のローブに忌避されてきた闇色の髪。目も半開きだから余計に野暮ったく見えるらしい。
地味、とも違う。わたしの場合だと、ただ単にみすぼらしいだけだ。ボロ切れを被っているようなものだから。
なんでも手に入れられる彼と比べて、わたしは誰にも何も貰えないし、わたしだって欲しくない。
でも彼は時々自分が貰ったものをばらして、わたしにくれた。そのまま渡したら、他の人達がすぐに気付くからだ。
そうして彼は今日も町の人気者。いつでもにこにこ。わたしからすれば仮面のような笑顔だ。全く変わらなくて、ぞっとする。
わたしは町の外れで、縮こまる。
ある日わたしは歌をうたった。
白い闇と、黒い光
滑稽だと笑うのはどっちなのか
はたまたどちらも滑稽なのか
分かることは、ただ一つ
闇は、影は愛されたこと
光は、本当は愛されたかったこと
光はそのままサラサラ、サラサラ
消えたあとには残るものなし
「哀しい歌だね」
ふと見上げると、傍で彼が聞いていた。
今日も今日とて美しい。小綺麗な服を着て、髪の長い部分が三つ編みになっている。
白銀の髪。銀色の目。すうと切れ長だけど、冷たさを感じさせない。
「この間、作ったの」
「そう」
しばらくわたしも彼も話さなかった。内容が尽きたとも言えた。
けれども彼は少しして、再び口を開く。
「ぼくが憎い?」
それは自然と出てきた言葉。こちらが驚いて視線を彼に戻すと、もう一度「憎い?」と訊く。
「憎くはないよ。ただ……」
「ただ?」
言うか言うまいか。逡巡していると、彼に「教えて?」と催促された。
「なんで偽物ばかり並べるんだろうって。そう思ったの」
「偽物」
悩む間もなく、ああと彼は納得した。そうして珍しく「笑って」、わたしに言った。
「ぼくが彼らを騙したら、君は怒る?」
「ううん。どうでもいいもの」
「そう。なら、あと少し。あと少しだけ待ってて?」
「少し」
「そう、少し」
彼は口の端を吊り上げて、嗤っていた。
それからわたしは彼らを見ていない。
帰ってきた彼は前と変わって赤く染まっていたけれども、それでも綺麗だと思った。
わたしもあなたも結局は一人であり二人でもある。
肉体の分だけ数えるなら二つ。けれども魂は一つ。
だから彼を通じて見えた。
彼らの絶望と恐怖に引き攣った顔。町一番綺麗な娘は人一倍に醜かった。成金の貴族の男は蛙のように潰れた悲鳴しか出せなかった。
わたしを一度でも見捨て、罵り、こんなところに追いやった人は一人残らず彼に――……
「もう帰ってきていいよ? あの町は全て君のものだ」
彼は赤い手を差し延べてわたしに優しく微笑んだ。
ああ、そうか。
わたしはようやく気付く。
彼が白かった理由。影なのに、影に見えなかった色の理由。
「……白ってなんにでも染まるのね」
「あれ、今気付いたの。君がよくぼくを綺麗だと言うけれど、多分ぼくを初めて見る人はこう言うよ?」
――悪魔って。
悪魔はそう、笑って言っていた。