哀曖遭
夫はロボット工学者だった。
幼い頃に家族を失くし、それらを再び創り上げようと彼は必死で勉強を重ねた。そして、世界で初めて模造人間ロボットを完成させたのだ。生体のDNAを基体とし、人工樹脂で作られた模造人間は「イミテイタント」と名づけられた。そしてイミテイタントは、大切な人を失くした者に希望を与えた。なんせ、失くした人のデータをそのまま再現できるかもしれないと銘打って本格的な研究が開始されたのだ。しかし、夫はその目標を達成することはできなかった。生きた人間を模造することはいくらでもできたのだが、死んだ人間のデータを採取することは、不可能であったのだ。
絶望した夫はこの世を去った。世界に92457体の未完全なイミテイタントを残したまま、彼は死んでしまったのだ。そしてそれは世界中に打撃を与えた。夫は最後まで人工脳細胞の培養方法と、イミテイタントの心臓にあたるメインコンピューターにかけられた制御暗証番号を公開することはなかったのだ。それらを彼から聞かされていたのは、彼の直属の部下としてイミテイタントの研究に従事していた10名の科学者だけだった。さらに、夫はこの世に存在していたすべてのイミテイタントの保安システムを単独で管理し、この技術に関しては部下にさえその方法を伝えていなかったのである。いくら元は生物といっても、やはりイミテイタントの心や頭脳、感情はすべて特殊計算プログラムでできている。微妙なずれや計算の狂いを安定させる保安システムが作動しなければ、イミテイタントはもはや使い物にはならないのだ。イミテイタントには、人間を数十人一度に殺すことができる程度の能力を元から持っている。保安システムが無意味となってしまった現在、イミテイタントは恐ろしい暴走を起こしかねない。
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イミテイタントは、元はラットやマウスのDNAを元として作られていた。理由は簡単だ。楽に殺すことができ、実験用の動物として業界に浸透していたからである。おまけに大きさも小さく扱いやすい。しかし、ラットやマウスで作ったイミテイタントが完成することはなかった。あのような小さな生物の規模では、いくら遺伝子を組み替えたところで人間ほどの大きな肢体や、それらが作り出す大きく絶妙な動作、さらに負担が大きく複雑な人工脳を支えることができなかったのである。ラットの次に使われたのは、モルモットやウサギだった。ラットよりは多少大きいが、まだまだ生物としての規模は小さい。扱いやすさもそうは変わらぬ。そんな理由でまた同じような実験が行われたのであるが、この二種もやはり却下となった。まだ小さすぎたのだ。その次は、犬や猫だった。この例は成功し、夫の望んでいたものに比較的近づいたと思われ、マスコミに新化学兵器などと持て囃されたものだ。しかし、その喜ばしい騒ぎもつかの間だった。夫がおかしくなりはじめてしまったのも、この辺ではなかったかと思う。彼はある日、久々に家に帰ってくるなり不気味な笑顔を浮かべ語った。
「次は、もっと完全なイミテイタントを作る。人間を使うんだ」
とうとう夫は適当な理由をでっち上げ、一人の人間を殺した。そしてその人間のこれまでの記憶や性格、感情のあり方、嗜好や容姿を彼はデータ化し、一度破壊し再生した体にそれらを植えつけたのだ。彼の技術は本格的な成功を得たと思われた。しかし、また、欠点が見つかってしまったのだ。人間を使うと、今度は生前の意志や気持が強すぎるばかりにひどい暴走や誤動作を起こし続けたのだ。結局、予め組まれた基礎プログラムと人工肢体を使用することによって犬や猫から作られたイミテイタントの実用が可能になった。最初からある程度の動作は制限され、ミスを防ぐ保安システムもつけられていたので誤って人間を傷つけたり殺すこともなく、緊急時には背中にある全機能停止ボタンを押せば動作は止まる。あとは使用者が好きな機能や動作をプログラミングすれば、好きなように利用することができ、容姿も自由に変えられるのだった。きわめて安全なロボットとして、イミテイタントは広がっていった。
しかし、夫が亡くなってしまった今。イミテイタントたちの保安システムはまったく意味をなしていないのである。何かの拍子でどこかが少しでも狂えば、人を殺してしまうことだってあるかもしれない。とうとう私は、全面責任者として、最終判断を政府から要請されたのだった。それは、二択。すべてのイミテイタントを処分するか、それとも。全体の保安システムを一新するか。その2つの選択肢は、私にとっての夫の存在そのものだった。そして、私は決断を下すしかなかった。そうするしかなかったのである。
今日、92456体のイミテイタントはすべて処分される。
そのことを公表したとき、世界のイミテイタント保持者たちは混乱に陥った。今まで十数年間、家族のように共に生活してきたイミテイタントだ。たとえ本質は機械であっても、感情だって思考だってある。処分反対を訴えるデモはあちこちで起こり、何度も国際会議にかけられたりもした。しかし、やはり最終決定権は私にあるのだ。私はこの機械が今きわめて危険であるということを誰よりもよくわかっている。したがって、やはり処分という選択肢しかないのだ。夫に申し訳ない気持ちはない。そもそも、彼はこのような形でのイミテイタントを望んでいたわけではないのだから。
研究所の横に急設されたイミテイタント処分場の入り口に、どんどんトラックが入っていく。たまに翻るカバーの中からちらりと見えるイミテイタントたちは、みなそれぞれ涙を流したり大きな声で嘆いたり、共に抱きしめ合ったり放心したような表情で座り込んだりしている。痛みはプログラミングされていないので彼らに恐怖はないはずなのだが、やはりその姿は人間相応、いや、人間以上のものを私に見せた。まるでナチスの収容所に向かう人間のようだ。目を閉じようと顔を背けると、背後から来ていたトラックの最後尾に座る少女の姿をしたイミテイタントと、目が合った。
一筋の涙をはらりと流し、俯いて佇むその姿。お母さん、お兄ちゃん、とかすかに発声しているようだ。恐らく、自分が人間ではないのだということを最近知ったのだろう。胸が痛んだ。しかし、私にはどうすることもできない。この世には92457体のイミテイタントが存在していて、それらをすべて処分せねばならないのだ。そう、すべて。ただ一体を除いて、すべて。その一体は、決して消してはならぬ。
すべてを、制御しているのだ、その一体は。
私は夫に殺された。
風とRAINBOW的な。




