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風と虹  作者: ゆかこ
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 体が冷たい。まるで真冬に両手を冷水に浸しているような、腕の関節に痛みを感じるほどの冷たさ。目を開けると、目の前にあるのは白い天井だった。シミも汚れもない。試しに右手を少し動かしてみると、どうやら自分はベッドに寝かされているらしいという事実がわかった。関節が痛む。身を起こすことさえできず首を傾けると、カメラのようなものが隣に置かれていた。目線が同じだったので、思わず覗き込む。


 ふと違和感を感じた。まるでパズルのピースが、真ん中の一つだけ抜き取られ別のパズルから抜いた別物を填められたような。おかしな感覚だった。


「っあ」


 レンズに映った顔。それは私のものではなかった。たまご型の顔、高い鼻、薄いくちびる、大きな目、白い頬。おかしい。レンズの反射に映った私は、あれほど忌み嫌った人間の顔をしていた。ふるりと輪郭を撫でてみると、産毛しかないやたらすべすべした感触だった。ああ! 思わずぶるりと身を震わせた。あの感覚のよい耳、鼻そして自慢だった私の愛くるしい姿! どうしてこれほどまでに醜い、こんな人間になど! 手足を動かしてみれば、それは慣れた美しい形をしていなかった。歪な五本の指が、蠢くように揺れた。


「あ、あい、あう」


 声もまともに出ない。汚らしい濁音。ああ、ああ! もう、どうして。人間なんて嫌い、大嫌いだった。胡散臭い笑顔を浮かべて私に差し出すのは、ろくに洗っていない手で触れた安価な食事。外に出るときも、鬱陶しい紐をつけられ。抵抗しようとするとまるでそれが正当な行為であるかのような顔で私をきつく叱った。そのくせ少し媚びればすぐに抱きつく。あんな生物、バカだと思った。単純で、一人では何もできない、ひどく醜い生き物。なにが地球の支配者だろう。すべて、私たち動物や植物があってのことだったのに! 誇り高かった私の体。それはすべて、奪われていた。


 冷静に考えてみれば、まずどうしてこのようなことになったのだろうかとふと思う。銀色の壁と、白いシーツと、そしてカメラに似た何かと真っ白な天井。シーツは思いのほか柔らかく、匂いもない。外からの物音もなかった。ただ白く無機質で、冷たい部屋に、どうして私はいるのだろう。あの温かく狭苦しい部屋にいるはずではなかったか? 体を起こして、ひとつ犬らしいあくびをすると、らしくもない人間くさい声が出た。


 すると、がっしゃん。顔を顰めたその瞬間、鉄らしい色をしたドアが開いた。


「…あいぼ」


 あれれれぇ。あの女に、そっくりなこれまた女。汚らしい表情。下卑た声が耳に響く。(だがしかし人間はこういう者を綺麗と思うようだが。)まさしくこの女は、私の首をぎりりと締めた女だった。かわいらしい人間を装い私をかわいがるふりをしながら、私を殺そうとした人間だった。そしてその顔をまじまじと眺めて気がついた。そうだ。私の今の、この顔は。この女の顔と同じものをしているのだ!



「あいぼ、あいぼ、あいぼ、あいぼ、あいぼ!」


 うるせぇ。思わず顔をしかめる。今の私には、表情を変えるということができた。しかし、人間の言葉を理解することはできるものの、まともに話すことはできない。絶えられず口を開いてみても、あう、という間抜けな音が漏れただけだった。


「ふぁう。あ、はう、みひゃ…」


 美里、と言おうとしても、当然何も出てこない。


「あいぼ、ずっと待ってたんだよ、ねぇ、アイボ。私の、私の美しいすがた」


 ぽろりと涙がこぼれた。

 私はもう、きっと元には戻れないと。そう響いた。


「ここを押せば、あなたは変わるよ」


 そして。はじまる。


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