みんな幸せね!
※初手で人が死んでいます。
※中盤でも一人死んでいます。(ほぼナレ死)
「きゃあああ!」
侍女を従え、指定された部屋に従者の案内で行き、ひらかれた扉の向こうの光景にミシェリアは目を見開き、そして腹の奥底からの悲鳴をあげた。
慌てたようにミシェリアの前に飛び出して室内を確認した従者や侍女も悲鳴をあげた。
淑女として育てられてきたミシェリアにはとてもでは無いがあまりにも悲惨な光景が広がっていた。
己の婚約者と、己の血の繋がりのない義妹が、大変はしたなくも繋がった状態で背中から剣で貫かれて死んでる姿。
悪夢だわ、と意識を飛ばしたいけれど出来ないまま、ミシェリアは騎士が集まってきて、そして別室に移動して暫くは放心状態だった。
ミシェリアの婚約者は王子だけれど王位継承権は持っていない。国王にとっては第一子であり、最愛の女との子供だけれど、その女が側室にも成れない愛妾で、どうしても別れない、子供が欲しいならば王位継承権は最初から与えず、断種措置もすることを議会で決められていた。
生かしておきたくば王妃との間に最低でも二人の子を儲けるようにとも言われ、国王はそれらを全て了承した。
ミシェリアの家はしがない伯爵家ではあるが、あるお役目を受けていた。それが王家に残してはおけない王子王女の引取り場所。
今代は国王が己の恋慕を優先し、正当な王妃よりも先に愛妾に子を産ませたせいでミシェリアが彼を引き受けなければならなくなった。
コーネル伯爵家の後継者であるミシェリアの母は当主であり、父は入婿だったのだが、体の弱い人でミシェリアが五歳の時に亡くなった。その時の母は二人目を妊娠中で、大きくなる腹を抱えての仕事は難しいところもあり、再婚することを選んだ。
事務仕事が出来る、それだけで選ばれたのは子爵家出身の男性で、彼には連れ子がいた。それが義妹で、彼女を育てる為に継父は再婚を受け入れた。
継父は己の立ち位置をよく理解していた。二人の間にあるのは一種の雇用関係。仕事上の契約の関係で、代理人とする為には伯爵の夫という名目が必要なだけで、夫婦関係は不要というのはお互いに納得していた。
何せ、母は亡くなった伴侶を愛していたのだ。
継父はコーネル領の代官の息子で、長男が父の後を継ぎ、彼はその補佐をしていた。妻とは恋愛結婚で夫婦仲睦まじく暮らしていたのだが、その妻は事故で亡くなってしまった。
補佐をしていただけあり能力は十分にある。だからこそ母は継父を貰い受けた。
義妹はコーネル伯爵家とは何の関係もないと言うのは契約書にも記載している。あくまでも連れ子。養子縁組はしない。本邸で暮らすこともさせないが、整えられた離れで生活することは許したし、ある程度の予算も与えた。
継父は十分な程に配慮してもらっていると感謝していたのだが、義妹は違った。
それまでの彼らの立場は貴族の生まれでも、結婚して独立したことにより平民となっていた。それが伯爵家に来たことで、父が再婚したことで、自分も伯爵家の娘となった、と勘違いしたのだ。
義妹の立場は平民のまま、伯爵家に居候しているだけの身分である。しかし、本人はそれを理解していなかった。
ミシェリアと、六歳下の妹のアーネリアは正式な貴族令嬢である。母が伯爵なので、母から生まれた二人は当然そうで、貴族としての教育を受け、貴族らしい生活をしていた。
継父は伯爵の後夫となった事で貴族の家族の立場となった。しかし、彼自身はあくまでもミシェリアの母の補佐の意識が強く、パーティーでのパートナーとして参加する時も立場を弁えていた。
彼は義妹に「お前は養子縁組をしていないのだから平民なのだよ」と何度も説明したのだが、馬鹿な義妹は理解しようとしなかった。
だからだろう、平民にはすぎる学びの機会を与えても、学ぼうとしないのに、貴族らしさを求めていた。
義妹はミシェリアの一つ下なのだが、貴族だと主張する割には平民の所作しか出来ていなかった。ただ、彼女は可愛らしい顔立ちをしていた。
ミシェリアは母に似て美人と言われ、妹のアーネリアは亡き父に似た儚い見た目をしているがやはり美人の顔立ちなので、一人だけ全く異なる系統ではあるが、所詮は平民で、平民の成人年齢である十五歳になれば家から出るのは決まっていた事である。
外で少しでもいいところで働けるようにと教育の機会をあたえたのに学ぼうとしない義妹。
ミシェリアとアーネリアは血の繋がらない継父の娘、一応名目としては義妹を気にすることもなかった。
平民である領民は大切に思うけれど、何の生産性もなく面倒な義妹は伯爵家のお荷物なのだが、人が良くて真面目な継父の為に見ないことにしたのだ。
離れに住まわせているのに本邸に入り込もうとする義妹の所為で扉のある所には常に騎士や使用人が警備するようになった。
中に入り込まれ、先祖代々大切にしてきた貴重品を壊されたら、彼女一人の首では済まない。連座で継父まで及ぶ為、それを阻止していたのに、義妹は嫌がらせだ、虐待されている、というのだ。
さて、そんな思考を持つ義妹がミシェリアの婚約者にあったらどうなる。
答えは、虐待されている可哀想な私。というのを刷り込む。
王子には説明をしたのだが、王子は自分が種無しだと言うのを理解しているのかいないのか、態々王家から婿入りしてやるのが伯爵家なのが気に食わない、という態度であった。
種無しを押し付けられるこちらの方が困るのだが、と思いながら適当に流していたのだが、適当に扱っている間に二人は接近したらしい。
結果として離れで愛を育んだ二人。当然だが、国王と愛妾以外からは不用品扱いされている種無し王子と平民の娘がくっついたのだが、ミシェリアには全く痛手でもなんでもなかった。
そもそも、ミシェリアには内縁の夫になるもう一人の婚約者がいる。コーネル伯爵家のお役目では後継者が作れないので、正しく貴族の血を繋ぐ為に内縁の夫との間に子を作り、王子とはあくまでも名目だけだった。
それは貴族であれば誰もが知るコーネル伯爵家のあり方で、正式なお披露目は出来ないが、公式の夜会以外、私的なパーティーなどでエスコートするのは内縁の夫というのがまかり通っていた。まあ、あくまでも、子が出来ないように処置された王族が嫁いできた時だけだが。
もちろん王女が降嫁してきた時も同じで、名目の妻は王女で子は内縁の妻に産んでもらうのだ。
ミシェリアと未来の内縁の夫である婚約者のハワードとの仲は良好だ。彼は割と早くからコーネル家に来て客室を与えられ、母の元で学びをしている。その為、邸内で交流を深めているから、応接間か庭園でしか会わない王子や邸内に入れない義妹には悟られることはなかった。
そして事件が起きた。
王宮に呼び出されたミシェリアは指定された部屋に赴いた。前情報で義妹が前日から王子と共に過ごしているのは知っていた。
物語のように婚約破棄を告げられて、義妹を、なんて言い出すのかしら。出来るならば、と思いながら従者に案内された王子の私室で二人の殺害された姿を見たのだ。それもとんでもない格好での、だ。
「コーネル嬢は何故こちらに」
「殿下に呼び出されましたの……こちらがその旨が記載された手紙にございます」
騎士から事情聴取を受けているミシェリアは、顔色を悪くしながらも侍女が素早く差し出してきた手紙を騎士に手渡した。
別室なのであの遺体を見ることは無いが、思い出すだけで気分が悪くなった。
あまりにもあまりな事件により、両親とハワードも登城して今はハワードがミシェリアを支えていた。
コーネル家のお役目の事は周知の事実なので、婚約者の王子がいるのに不貞だ、なんて非難はない。寧ろ、彼の方が実質の婚約者なのだな、と誰もが納得していた。口には出さないけれど。
「確かに……殿下の印章と思えますが、確認を取ります」
「うっ……」
「どうされましたか、ご令嬢」
「い、いえ……その……わ、わたくしは、その……よ、夜のことを知りません、ので……刺激、的過ぎて……気分が……」
口元に手を当て真っ青な顔のミシェリア。騎士は配慮が足りなかったと反省する。
刺殺現場だけでも相当な衝撃を受けるだろうに、明らさまでどうしようもないほど見るからに最中に殺されているとしか思えない状況。
淑女たれと育てられた令嬢にとっては信じ難い光景だったはずだ。
「君、ご令嬢に……いや、お茶ではなく果実水を用意出来るか?」
「すぐにご用意いたします」
王城勤務の侍女に声をかけた騎士。侍女は一礼すると静かに部屋を出ていった。
「ご令嬢は少しお休みいただいて問題ありません。伯爵、ご夫君……その、被害者の確認をしていただいても?」
「はい」
遺体は既に寝台から下ろし、見苦しくない程度に姿は整えられている。母と継父が王子の私室に向かい、残された騎士はぐったりとしているミシェリアに同情の目を向けた。
「出来るだけ早くお屋敷に帰れるように致しますので」
「ええ……」
結局、状況があまりにも異常にも関わらず犯人の目処が立たなかった。それどころか、なんと同日に王の愛妾も殺され、王妃の実子である王子も狙われたりなどしていたことで、王家そのものが狙われていたと判断されたのだ。
国王は愛妾を喪い気落ちしすぎて政務に滞りが出た。
狙われながらも気丈に振舞っている第二王子や、元々政務を放り出して愛妾のいる離宮に通っていた王の代わりを務めていた王妃により、国王の退位と譲位の話が出るのはすぐだった。
まだ若すぎる第二王子であるが、王妃が摂政となり彼が成人すると共に実権を返すほうが良いと貴族議会も判断した。
国王は政務をまともにしないくせにその地位にしがみつこうとしたが、だれも、それこそ王の側近ですら退位に賛同していた事で、権限は全て剥奪され、元国王となった彼は一人寂しく、王城から遠く離れた北東の離宮にて残りの人生を送ることになった。
王家を狙った何者かによる凶行。その中で唯一王族ではなかった被害者。それがミシェリアの義妹。身分としては平民の彼女だったが、王子と共にいた事で死ぬ事になった。
確かに王子の正式な婚約者はミシェリアであるので同情の余地はないのだが、それでも既に死しているのだ。これ以上の責め苦を与える必要はない。
と、王妃――今は王太后となった彼女の召喚に応じて登城したミシェリアと母は、王太后の言葉に深く頭を下げた。
ここは王太后の為の完全なる私的空間である王城内の離宮で、かつて前王が愛妾の為に用意した離宮とは異なっている。
愛妾の為の離宮は現在解体作業が始まっている。趣味の悪い建物を潰し、もっとまともな施設を作るのだと王太后は晴れやかに笑った。
「苦労をかけました。貴方達の忠義、しかと受け止めましたわ」
「王太后様のお心を少しでも晴れやかにする為ですもの」
王太后と母の会話を聞きながらミシェリアは優雅に紅茶を飲む。家では可愛い可愛い実の妹アーネリアが「お姉様の帰りを待っております」と見送ってくれたのだ。
継父は娘を喪った悲しみはあるのだろうが、それよりも前に世話になり取り立ててくれたコーネル伯爵家に対して、恩を返すどころか仇ばかりを与えた娘に対して絶望している……ことになっている。
全ては予定調和。
王子と彼の母である愛妾はあの日死ぬことが決まっていて、義妹もそのついでに死ぬのが決まっていた。
継父はそれを了承していた。
義妹は継父の娘ではない。恋愛結婚した妻が浮気をして作った不義の娘だ。平民の妻の浮気相手は幼馴染で、多忙で家に帰らない日もあった継父の目を盗み、不貞を働いた。
妻は己の夫が貴族生まれで平民になったが、領主の補佐をしているという立場を理解していなかった。継父の兄にはまだ子供がいなかったこともあり、万が一の時には継父の子が兄の養子になる為、監視されていたのだ。
不貞の報告は上げられており、継父は愛する妻の裏切りを許さなかった。
事故で死んだのは間違いない。但し、確実に死ぬように細工をした。可哀想に、不貞相手のいる傍を通りかかった時、馬車は事故を起こし両者とも死んでしまったのだ。
二人は継父が貴族生まれというのに舐めていたのだろう。継父を貶めることはその後ろにいる子爵家を貶めることだ。
この時点で継父から妻への愛は失われていた。
さて残されたのは娘である。己の血をもたぬ娘など捨ててしまいたいが、下手をすると子爵家の評判が落ちる。育てる気にはならず、どうしたものかと思っている時に、コーネル伯爵家から話が持ちかけられた。
この国に住まうものであればコーネル伯爵家のお役目は知っている。要らぬ王族の引取り場所。第一王子の婿入り先。
継父はコーネル伯爵である母に宜しければ駒にしてください、と娘を差し出した。死んでも構わない、と。
義妹がもしも慎ましく生きていればこんな結末にはならなかった。
王太后より王子と愛妾の始末、国王の排除の計画を告げられた時に継父は迷わず義妹を差し出した。
暗に始末して欲しい。多少は傷を負うかもしれないが、加害者でも死者となれば被害者となれる。王子に騙された平民の女は哀れにも巻き込まれた、とでも話を流せば良い。
国の害虫三人を駆除するための尊い犠牲。
「おとうさまはこれで心穏やかに暮らせますわね」
妹は実父ではない継父を父として慕っているし、母も男としての愛はなくとも夫として大切にしている。ミシェリアも継父を尊敬している。
一度たりとも憎悪を義妹に見せなかったところなど。
この殺人事件の犯人は見つからない。調査をした騎士には申し訳ないが。
致している最中に薬で眠らされ、剣で貫かれた彼ら。第二王子への襲撃は見せかけだ。第二王子の護衛も襲撃者も手の者で、犯人は他国の犯罪者を水面下で引取り始末して現場に。
相手の国では始末出来ない厄介者をこちらが引き受ける代わりに、交易品の一つの税を一定期間内下げてもらった。
死者の身元は判明しないが、国内の人間では無さそうだ、として正確なことは分からないままに終わった。
「ミシェリアはハワード殿と婚姻の日取りは決まったのかしら?」
「はい。今、急ぎでドレスを仕立ててもらっておりますの」
「メリンダも楽しみでしょう?」
「ええ。きっと素晴らしい式になりますわ」
王子との結婚は間もなくだった。十六歳を迎える日の予定で、それは義妹が家を追い出される予定日だった。その前に王子は義妹の純潔を奪い愛人にしようとしたのかもしれない。実にクズなことだ。子を孕ませる事も出来ない種無しなのに。
なので、そうなるように全ての調整を行い、義妹が屋敷を抜け出せる隙を作ったりしたのだ。
「夫君も早く元気になるといいわね」
「ええ。アーネリアのお陰で笑顔が増えてきましたわ」
対外的には、娘を失ったが、再婚先の生さぬ仲の娘達に慰められて立ち直る、という筋書きになっている。実際は、憎んでいる女が産んだ不義の子が始末出来て幸せいっぱい、元気に未来の婿であるハワードとボードゲームでもしているだろう。
「レンドレール陛下も心穏やかになられたのではありませんか?」
「ええ。毎日元気に王宮を駆け回っているわ」
政務は王太后たる彼女が行い、第二王子殿下、否、今はもう年若き国王陛下は必死に学んでいるし、兄である第一王子や我が物顔でのさばる愛妾のせいで大人しくしていたのが嘘のように動き回っている。
母に似た聡明さも見える陛下は王宮の使用人は元より、王城で働く文官女官や、登城する貴族達からも微笑ましく見守られている。
国王はとっくに見放されていたのだ。愛妾に溺れ、子を産ませた時点で。本人は気付いていなかった。
高位貴族の当主達は基本的に敵対などするが、国王の横暴さ等から一致団結した。愛妾の存在は国に何の利益も齎さなかったからだ。
そうして、知る者だけが把握する中で不用品は徹底的に取り除かれた。
ミシェリアは幸せだ。好きでも何でもないお荷物な王子と結婚せずに済んだことが。愛するハワードを公の場で夫と呼べることが。
王太后様も幸せだ。邪魔な夫とその愛人と子供がいなくなったことが。
継父も幸せだ。裏切りの証がいなくなったことが。己の手を汚さなくて済んだことが。
国も幸せだ。愚かな王とその原因が居なくなり、優秀な王妃が王太后となり、可愛らしい王子が王になったから支えなければと一致団結したことが。
王子も幸せだ。国王にはなってしまったけれど、己の名を覚えていない父がいなくなり、邪魔な異母兄とその母がいなくなって王宮を走り回れるようになったことが。
「邪魔だと思っていたけれど、役に立って死ねたのだからあの娘もきっと幸せよね」
大好きな王子様の腕の中で眠るのよ、なんて夢見た通り、永遠の眠りについた義妹はきっと幸せだろう。
(生きている)みんな幸せね!
まあ、一人不幸せな男がいますが、諸悪の根源ですし。
6/7
活動報告に裏話追記しました。




