サイバー鬼婆
昔々、「シン・アダチガハラ」を旅する一介のエンジニア僧が、吹雪の中で難儀しておった。サーバーが凍結しそうなほどのその寒さの中、エンジニア僧は何とか一軒の古びたバックアップ・シェルターにたどり着いた。そこには、全身を使い古した防塵スーツで包んだ老婆、「孤高のデバッガー」が住んでおったのじゃ。老婆はエンジニア僧を快く招き入れ、自家発電の熱で温めた合成プロテインを振る舞った。
「夜が明けるまで、決して奥の『クリーンルーム』を覗いてはならんぞ」
しかしエンジニア僧は、好奇心に抗えなかった。深夜、老婆が再起動プログラム(仮眠)に入った隙に、厳重にロックされた電子扉をハッキングして開けてしまったのじゃ。
そこにあったのは、かつてこの地域で「行方不明」とされたエンジニアたちの成れの果て――。彼らは肉体を捨て、生きたまま「ヒューマン・プロセッサ」としてラックに組み込まれ、老婆が個人的に開発していた禁忌のAI「鬼婆」の演算資源にされていたのじゃ。床には、剥ぎ取られた生身の皮膚が、まるでパッチの当たっていない古いOSの残骸のように散らばっておった。
「…見たな? 貴様の脳のL3キャッシュ、いい速度が出そうだ……!」
背後に、オーバークロックで真っ赤に発熱した老婆が立っていた。彼女の義眼は、旅人の生体データを「未割り当ての空き領域」としてロックオンしておった。
エンジニア僧は必死に逃げ出した。背後からは、老婆が「バグそのもの」のような異形の姿で迫ってくる。
「逃がさぬ…! 貴様のカーネル・メモリをオンバの一部にしてくれるわぁ…!」
老婆は「物理レイヤーの破壊(包丁)」と「論理レイヤーの脆弱性攻撃(呪文)」を同時に繰り出す。
絶体絶命の瞬間、旅人は自身のストレージの奥底から、かつて師匠より授かった「如意輪観世音菩薩・セキュリティ・アバター」を物理レイヤーへと召喚した。
「観世音、システム・オーバーライド! 破魔のパッチを適用せよ!」
旅人が「経」を高速詠唱すると、菩薩像が重力制御を無視して空へと舞い上がった。その体から放たれるのは、暗黒のシェルターを焼き尽くすほどの高出力・高純度の光明。菩薩アバターは、光り輝く「破魔の白真弓」を空間から生成。そこにつがえられたのは、あらゆる不正プロセスを物理的に粉砕する「金剛の矢」。
「ターゲット・ロック。…削除。」
放たれた金剛の矢は、亜音速で老婆のコア・プロセッサを貫いた。
「ギギッ……整合性……エラー……システム、ダウン……」
断末魔とともに、鬼婆の形を保っていた不正コードは光の粒子となって雲散霧消し、シェルターには静寂だけが残った。今でも、山岳地帯の古いシェルターの跡地を通りかかると、空から黄金のノイズが降り注ぎ、デバイスの脆弱性が勝手に修正されるという奇跡が起きると言われておる。めでたし、めでたし。




