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第三話 小鬼(ごぶりん)の寒村と余計なる階級闘争

 けだし、直立二足歩行といふ行為は、畢竟ひっきょうするに人間の崇高なる精神を損なふ、極めて野蛮かつ不条理な肉体労働である。

 ことに、近代的なアスファルト舗装の恩恵など微塵みじんも及ばぬ、泥濘ぬかるみと獣の糞尿ふんにょうまみれた異界の街道を、自己の意志に著しく反して延々と歩かされる苦痛たるや、如何いかなる文豪の筆をもつてしても到底描写し尽くし得るものではない。

 前日、あの筋肉達磨(だるま)の如き組合長ぎるどますたあの強権によつてあてがはれた我が足元の革靴――アリアの狂信的な言を借りるならば、絶対非破壊にして疲労軽減の加護が付与された『神話級みすりっく』とやらの霊装は、成程なるほど、いかなる汚泥を跳ね返さうとも靴底一つ汚れることはなかつた。だが、それはあくまで物理現象の範疇はんちゅうに過ぎぬ。精神の摩耗、即ち「これ以上一歩も歩きたくない」といふ自我の激しい悲鳴までは、如何なる魔法の概念をもつてしても防遏ぼうあつしてはくれなかつたのである。


「先生、あと少しです! あの丘を越えれば、依頼のあつた開拓村が見えて参りますよ!」

「君の口にする『あと少し』といふ空間認識の概念は、私の有する脆弱ぜいじゃくな時間感覚と致命的なまでに乖離かいりしてゐる。街の城門を出てから、既に二里(約八キロ)は無駄に歩かされたぞ。私の貧相なる膝関節と大腿筋は、数刻前から悲鳴を通り越し、完全なる絶望的沈黙の底へ沈降してゐる」


 先を行く長耳の娘――アリアは、背に己の身の丈ほどもある大仰な弓を背負ひ、腰には矢筒と短剣を提げてゐるにもかかわらず、まるで春先の野山を駆ける小鳥のやうに足取りが軽い。

 一方の私はと云へば、真新しい濃紺の書生絣しょせいがすりに漆黒の二重廻いんばねすを羽織り、丸眼鏡の奥で死んだ魚のやうな、一切の希望を失つた濁つた目をしながら、ただ慣性の法則のみによつて両足を前へ運んでゐた。


 そもそも、事の発端は組合ぎるどで強制的に押し付けられた最初の依頼くえすとである。

 羊皮紙につたない文字で記されてゐたその内容は、「北の辺境にある開拓村の畑を荒らす、小鬼ごぶりんの群れの討伐」といふ、文字にするすらおぞましいものであつた。

 小鬼。聞くからに不潔で、知性の欠片かけらも持ち合はせてをらず、伝染病の媒介となりさうな響きである。農作物を盗む害獣の駆除など、本来ならば国家の警察機構か、さなくば地元の猟友会が税金によつて公的に担ふべき事業であらう。何故なぜ、ペンと原稿用紙の重さしか知らぬ一介の文士である私が、斯様かような血生臭い暴行の現場へ赴き、私兵の如く殺戮さつりくに加担せねばならぬのか。理不尽といふ他はない。

 だが、ここで拒否すれば再びあの喧噪けんそう極まる街の広場へ戻され、次から次へと勇者熱に浮かされた連中の好奇の視線にさらされることになる。それよりは、辺境の寒村で適当な時間を潰す方が、まだ私の神経にとつては幾分かマシな選択に思へたのである。その妥協が、斯くも過酷な行軍を強ひる結果となるとは、己の思慮の浅さを呪ふほかない。


 やがて、心臓が口から飛び出さうになるほどの動悸どうきを堪へながら小高い丘を越えると、眼下に貧相な畑の広がる寒村と、さらにその奥、鬱蒼うっそうと茂る森に口を開けた薄暗い岩山の洞窟が見えて来た。


 アリアがさつと身を屈め、鋭い猛禽もうきんのやうな視線を洞窟の入り口へ向ける。その横顔は、もはや明朗な案内人のそれではなく、血の匂ひに敏き狩人のものであつた。


「先生、御覧ください。あそこに……」

「……」


 私は喘息ぜんそくのやうな息の乱れを何とか整へつつ、丸眼鏡のつるを中指で押し上げ、目をすがめた。

 成程なるほど、ゐる。洞窟の前に群がり、農村の畑から掠奪りゃくだつしたと思しき泥まみれの芋のやうなものを、なまのまま一心不乱にかじつてゐる、緑色の肌をした奇怪な二足歩行の生き物たちが。


 私は草葉の陰から、彼らの生態を丹念に観察した。

 身長は人間の子供、七、八歳児ほどしかなく、腰には辛うじて布切れ――いや、織物と呼ぶのもはばかられる、ただの薄汚れた襤褸ぼろきれを巻きつけてゐるのみだ。そして何より目を引くのは、その異常なまでの瘦身そうしんである。肋骨が皮膚を突き破らんばかりに浮き出てをり、四肢は枯れ枝のやうに細い。彼らが手にしてゐるのは、どこかで拾ひ集めたのであらう錆び付いた鎌や、ただの粗末な木の棒に過ぎなかつた。


 その光景を直視した瞬間、私の内なる知識人の良心――近代文学の洗礼を受けた魂が、激しい警鐘を鳴らしたのである。


「……何といふことだ」

 私は、痛切な悲哀を込めてうめくやうに呟いた。

「先生?」

「アリア君、君のその澄み切つたまなこには、あれが討伐すべき忌まわしき『魔物』に見えるのか」

「えっ? は、はい。凶暴で、数に任せて畑を荒らし、放置すればいずれ人を襲ひ、家畜をさらふ厄介な小鬼ごぶりんですが……何かおかしな点でも?」


 私は深く、腹の底から長き溜息ためいきを吐いた。

 嗚呼、この世界の住人は、物事の表面的な現象――体制側から与へられたレッテルしか捉へられぬらしい。権力者が「魔物である」と断定すれば、一切の疑念も抱かず、絶対悪として盲信してゐるのだ。

 だが、近代的教養を有する私の眼には、全く別の真実の姿がありありと見て取れたのである。


「違ふ。断じて違ふ。彼らは悪魔の使徒でもなければ、魔物などでもない」

 私は義憤に駆られ、インバネスコートのすそを翻して立ち上がりかけた。

「先生、いけません! 見つかります!」

「見よ、あの矮小わいしょうなる体躯、浮き出た肋骨、そして寒さを凌ぐことも叶はぬ薄汚れた襤褸ぼろきれを! 彼らはただ、生活手段を奪はれた哀れなる無産農民だ! 王侯貴族といふ名の特権的地主と、組合ぎるどと結託した資本家たちに、その土地と生産手段を根こそぎ搾取さくしゅされ、生存の辺縁へと追ひ遣られた、最も純粋なる絶対的貧困層――即ち『無産階級』の姿そのものではないか!」


「むさん……え? 階級……?」

 アリアは完全に呆気あっけに取られ、理解の範疇はんちゅうを超えた言語を聞いたやうに目を白黒させてゐた。


 無理からぬことだ。この未開なる封建制社会において、西洋より舶来せし唯物的なる階級闘争史観や、近頃の文壇で勃興ぼっこうしつつある無産派文学の真髄など、逆立ちしても理解できようはずもない。

 彼ら――小鬼と呼ばれる哀れな者たちは、ただ腹を空かせ、極限の飢餓から生き延びるために、やむを得ず地主の農地から数個の芋を持ち去つたに過ぎぬ。異国の小説における徒刑囚が一つのパンを盗んだのと同じ、切実なる生存権の行使である。

 それを「討伐」と称して、重武装の冒険者たちを差し向け、武力で徹底的に弾圧するとは、何たる帝国主義的暴挙か。かの蟹工船の地獄を描き非業の死を遂げた北方の作家や、海に生きる労働者の悲哀を綴つた文士たちが存命であれば、たちまち激しい憤りをもつてこの惨状を先鋭なる思想的機関誌に書き立て、血塗られた体制の告発を行つたであらう。


「先生、どうかお待ちください! これ以上近付いては危険です!」


 アリアの必死の制止を振り切り、私は決然として草むらからその身を現した。

 暴力による弾圧は、更なる凄惨せいさんな報復を呼ぶのみである。彼らには知性がないと為政者はうそぶくが、それは単に義務教育の機会を剥奪はくだつされてゐるに過ぎない。世の被抑圧者たちは、強固なる連帯によつて、必ずや言語の壁すら越へて心を通はせ得る筈だ。


 私は小鬼の群れに向かつて、大股で歩み寄り、そして両手を高く天に掲げた。


「見よ、君たち! 彼らもまた資本家と暴力装置に搾取される哀れな無産階級なのだ。よろしい、ならば知識人たる私が、まづ率先して彼らに魂の連帯を示さうではないか。もはや、抑圧者たる王国やギルドの帝国主義の言葉(公用語)は、彼らの固く閉ざされた心には通じまい」


 私は深く息を吸ひ込み、腹の底から、かつて権力を唾棄した無政府主義の闘士や、北の理想郷を夢見た農本主義の童話作家たちが熱狂的に支持した、あの『万国共通の人工言語』の単語を叫んだのである。


「――サルートン!(Saluton!)」


 私のその高く鋭い呼びかけに、洞窟の前で芋をむさぼつてゐた十数匹の小鬼たちが、ピタリと動きを止めた。

「……ギィ?」

 突如として現れた、黒衣の奇妙な男。彼らは泥にまみれた芋を食ふ手を止め、猜疑心さいぎしんに満ちた薄気味の悪い黄色の濁つた眼を、一斉にこちらへ向けた。


 私は彼らの冷酷な眼差しに、「言葉の通じぬ他者への恐怖」をわずかに覚え、胃袋がヒキガエルのやうに縮み上がるのを感じた。しかし、最早もはや後へは引けなかつた。肥大しきつた知識人の自意識と矜持きょうじが、此の場に及んでの無様な退却を許さうはずもない。


「コラード!(Kamarado!) 立て、飢えたる者よ! 今こそ血塗られた体制の鎖を断ち切り、万国の労働者と連帯せよ! 我々は同志こらーどである! これ以上の無益な流血を避け、平和的なる団体交渉だんこうを――」


 私の崇高なる演説アジテーションは、飛来した一本のびたくわの切先によつて、無惨にも、そして極めて暴力的に中断された。

 最も近くにゐた一際痩せこけた小鬼が、おぞましい奇声を発しながら、その汚らしい得物を振りかざし、私の顔面めがけて猿の如き跳躍を見せたのである。


「ひ、ひいっ!?」

 私は、さきほどまでの高邁こうまいな理想など綺麗さつぱり投げ捨て、極めて無様ぶざまな悲鳴を上げて、泥の上へ勢ひよく尻餅をついた。


 連帯の呼びかけなど、欠片かけらほども通じてゐなかつた。

 人工言語の普遍性など、彼らの前ではただの異音に過ぎない。彼らの濁つた黄色の瞳に宿つてゐたのは、階級闘争への決起の火種などではなく、ただ純粋なる「見知らぬ獲物への殺意」と、原始的でき出しの食欲だけであつた。

 私の鼻先僅か数寸のところで、風を切つて飛来したアリアの矢が小鬼の額を正確に射抜かなければ、私は今ごろ異界の土塊つちくれとなり、彼らの胃袋の中で消化液に溶かされてゐただらう。


「先生、お下がりください!」

 アリアが軽やかな身のこなしで私の前へ躍り出て、次々と矢をつがへては放つ。しかし、仲間を殺されたことで完全に逆上した小鬼どもは、甲高い叫び声を上げ、洞窟の暗がりからもわらわらと黒蟻の如く湧き出し始めた。その数は優に数十へ、いや、五十匹近くへと膨れ上がつてゆく。


 私は、冷たい泥水にまみれながら、激しい絶望と死への恐怖、そして何よりも、自己の依拠してゐた社会学的な理論が、目前の絶対的暴力の前に完全否定されたことへの深い、深すぎる落胆にさいなまれた。


「……何たる野蛮。何たる無知蒙昧むちもうまい。言葉による理性的啓蒙けいもうすらも拒絶し、ただ本能と暴力にのみ訴へるといふか」


 私は小刻みに震へる手で泥に塗れた丸眼鏡を掛け直し、地べたに這ひつくばつたまま、彼らの愚かさを深くあわれんだ。

 そして、己の尽く裏目に出る不幸な境遇と、此の野蛮なる世界そのものに対する底知れぬ徒労感を込めて、深く、重く、魂の最奥から絞り出すやうな溜息を吐いたのである。


「嗚呼、哀しきかな、くも無残なる階級の闘争よ……ええい、言葉が通じぬのならば最早もはや詮無せんなきこと。斯様かような暴力と果てしなき搾取の温床たる構造どうくつなど、いっそ跡形もなく平地にかえつてしまへばよいのだ」


 私がその無責任な愚痴を、ひどく投げ遣りに口にした――正に其の瞬間であつた。


 大気が、この世の物とは思へぬ、耳の奥を直接圧迫するやうな重低音を鳴らして「割れた」。


「え……?」

 流れるやうな手つきで弓を構へてゐたアリアが、突如として動きを止め、空を見上げて呆然ぼうぜんと呟いた。


 私も思はず空を仰ぎ見た。

 青すぎる異界の天空に、突如として黒々とした巨大な亀裂――まるで空間そのもののガラスが砕けたやうなひびが走り、不可視の巨大な質量をもつて、周囲の景色が異様にゆがみ始めたのである。

 それは、決してただの自然現象などではなかつた。死後の窓口で強制的に付与された、私のあの不気味な権能。私の口から放たれた『森羅万象を従へる言霊』――其れが、私の「構造など平地に還ってしまへ」といふ、単なる神経質な後ろ向きの愚痴を、此の世界の物理的法則に対する『絶対命令(るーと権限の行使)』として、極めて冷酷かつ忠実に受理した結果であつた。


 見えざる、神の持つ巨大な鉄槌てっついが、天空の亀裂より無慈悲に振り下ろされたのである。


 爆音。否、それは音といふ生易しい概念を完全に絶してゐた。

 大地そのものが断末魔の悲鳴を上げて圧潰あっかいする、絶対的な暴力の振動であつた。

 殺意を剥き出しにして突撃を仕掛けてきてゐた五十匹近い小鬼の群れが、悲鳴を上げる間すら与へられず、一瞬にして「紙屑かみくずのやうに」薄くひしゃげ、地面の泥と同化した。

 さらに恐るべきことに、その背後にそびえ立つてゐた強固な岩山の洞窟すらも、見えざる超重力のプレス機によつて、天から地へと一直線に圧縮され、文字通り「跡形もなく完璧な平地に」ならされてしまつたのである。


 猛烈な土埃つちぼこりと岩石の粉塵ふんじんが嵐のやうに舞ひ上がり、やがて異界の風に流されてゆく。


 後に残されたのは、定規で引いたやうに不自然なほど真っ平らに固められた、異様に滑らかな巨大なる更地さらちだけであつた。

 小鬼の群れも、彼らの住処すみかたる岩山も、そして背後に広がつてゐた鬱蒼たる森の一部すらも、物理法則を完全に無視して平地へと還元され、ただ身の毛のよだつやうな静寂のみが辺りを支配してゐる。


「……」

 私は、自分が今しがた何をしてしまつたのか到底理解が及ばず、あごを外れんばかりに半開きにしたまま、文字通り完全に硬直してゐた。

 私が、これをやつたといふのか。私のあの、膝の痛みに耐えかねた神経質な溜息交じりの愚痴一つが、自然の岩山を丸ごと一つ、一瞬にして物理空間から消し去つたといふのか。


「せ、先生……」

 耳鳴りのする静寂を破つたのは、がちゃがちゃと装備を震はせる音を立てて、私の傍らへ両膝を突いたアリアであつた。

 彼女は、まるで天地創造の奇跡を目の当たりにした信徒のやうな、現人神あらひとがみを見る極限の畏怖いふと、正気を失ひかけた熱狂の入り混じつた瞳で、這ひつくばる私を仰ぎ見てゐた。


「あの神々しき異言……『サルートン』、そして『コラード』……。私、故郷の長老から、精霊の最古の伝承で聞いたことがございます。世界が創世された神代かみよの時代、森羅万象を絶対遵守させる原初の言語が存在したと……まさか、現存していたなんて……」

「違ふ」

 私は即座に、乾ききつた喉から否定の言葉を絞り出したが、声が情けなくかすれて裏返つてゐた。

「あれは……異国の眼科医が、世界平和のために考案した人工的なる共通語の挨拶で……」

「何とお優しいお方なのでしょう、先生は」

 アリアは私の必死の学術的説明を完全に黙殺し、両目からぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら、両手を胸の前で固く組んだ。

「圧倒的かつ絶対的な滅びの鉄槌を下す前に、あのような下等にして貪欲な魔物にすら、慈悲深き降伏の勧告をなさったのですね……! ですが、彼らはその神聖なる言葉の重みを理解できず、愚かにも神の御遣みつかいに牙を剥いた。ゆえに、正当なる神罰が下されたのですね……!」


 嗚呼、またしてもである。

 私が新興文学の理想の残滓ざんしに酔ひれて放つた、万国の持たざる者への連帯の辞が、「神話級の滅びの呪文の詠唱開始」へと、余りに完璧なすれ違いをもつて誤訳されてしまつてゐるではないか。

 さらには、私が彼らを搾取される哀れな階級として同情した行為すらも、「圧倒的強者による無慈悲なる裁きの前の、温情溢れる最後通牒つうちょう」といふ、身の毛のよだつやうな傲慢ごうまんたる神の振舞ひへと変換されてしまつてゐる。


「……すばらしいです。先生のその力、その御言葉一つがあれば、魔王軍の堅牢けんろうなる拠点など、すべて一息に更地にできましょう。人類の勝利は、約束されたも同然です!」

 アリアが、恍惚こうこつとして平らになつた岩山の跡地を見つめながら、熱に浮かされたやうに叫ぶ。


 私は最早、自らの弁明や近代思想の啓蒙が、此の暴力と魔法に支配された野蛮なる世界の法則ろまんの前に、微塵みじんの力も持たぬことを完全に悟り、泥だらけの手で静かに丸眼鏡を外した。

 胃のが、昨日酒場で経験したものよりもさらに鋭く、鉛を飲まされたやうな重い痛みを以てねじれ上がるのを感じる。懐にあの不気味な現象によつて現れた「胃腸散」の残りがあつたことを思ひ出し、私は震へる指でそれを探り当てた。


「……ええい、持たざる者を救はんとする新興文学の崇高なる理念など、この野蛮極まる異界においては、紙屑かみくずほどの役にも立たぬ」


 私は独りごちて、苦い粉薬を水筒の生温なまぬるい水で無理矢理に流し込んだ。

 彼らとの連帯を夢見た私の初陣は、巨大な岩山をも消滅させる過剰にして絶対的な暴力行使によつて、私の最も忌み嫌ふ「無差別なる虐殺」といふ最悪の形で幕を閉ぢたのであつた。

 泥だらけの私の足元では、神話級の革靴だけが、世界から完全に乖離かいりしたやうに、汚れ一つなく不気味な黒光りを放つてゐた。

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