後妻ですが長姉に報告の手紙を書きます
『後妻ですがドアマットヒロイン製造には不向きの模様』
https://ncode.syosetu.com/n7718lq/の半月後の出来事を
フロランスが長姉ベルティーユに手紙で報告する短い話です。
先に本編をお読みください。後にシリーズ化の予定。
感動なぞどこにもない、本編から半月後のおまけです。
誤字報告ありがとうございます。意外に修正大変でした……。
拝啓。
窓の外で儚いにわか雪が風に舞う姿に、お姉様の温もりが恋しくなる今日この頃。いかがお過ごしですか?
私は幸いな事にこの冬も風邪一つ引かずに乗り切れそうです。何しろ伯爵邸の料理人の腕が良くって、栄養ある美味しいものが毎食出てくるのですから。しかも彼はお菓子作りにおいても凄腕で、今度お会いした時に私が丸くなっていても笑わないでくださいね?
先日は、素敵なお祝いの品をありがとうございました。改装したばかりの部屋にさっそく飾って、毎日眺める度に幸せな気持ちになります。小品ながらも奥行きを感じさせられるオリオール領の自然画。お姉様が毎日見ておられるのと同じ風景を眺めているのだと思うと感無量です。大切にいたしますね。
誰かと結婚することも、ましてや母親になることも、ずっと自分には無縁だと思って生きてきた私です。そんな私がまさかの人妻、まさかの継母になってしまうなんて。人生って不思議。こうなって自分が一番驚いています。
最初はそれはそれは横暴なクズ親父を恨み呪ったものです。せっかくお姉様の伝で王宮女官試験に挑めたのに、さっくり取り消された挙げ句の後妻ですから。私に結婚願望がなかったのは確かですが、せめて初婚同士でありたいと思うくらいの乙女心はあったようです。
結果として、クロヴィス様との相性が悪くなかったのは、瓢箪から駒でした。あの方、私が質問しても答えてくださいますの。それも毎回律儀に。
あと、クロヴィス様も親のせいで苦労されたとかで、被害者同士の連帯感と親近感が湧いてきました。色気がないなんておっしゃらないで。恋愛なんてさっぱり分からない私ですもの。情が育ちそうなだけでも進歩したと褒めていただきたいくらいだわ。
ただ、以前にお知らせしたように、継娘のことは、夫との仲を深めるよりも先に何とかしないと、って。お姉様たちが私に気付いてくださったばかりの頃の私みたいなの。
お姉様が以前おっしゃったこと、覚えているわ。「あの日、疎遠だったフロランスを思い切って抱きしめてみたら、子供特有の高い体温でほかほかして。鼻先にあった頭の匂いを嗅いだらなんとも言えぬ香りがして。ちょっと幸せな気分になったから、毎日抱きしめているうちにフロランスを可愛く愛しく思えるようになったわ」って。
だから私もやってみましたの。あれは、癖になる匂いですね。ただまだ素直に抱きしめさせてはくれないし、そうなると匂いを嗅げないので、なんとかもっと仲良くならないと。
私があの子の母親になれるとかもまだ想像がつきません。だって私の中に母親像がないんですから。母性本能も芽生えるのかしら? お姉様の場合はどうやって乗り越えられました?
ですから、まだこちらを見知らぬ人と警戒しているあの子の部屋に毎日押しかけて、ただ同じ室内にいる、ということを半月続けてみましたら、少しは私への警戒度が下がったみたい。でも、抱きしめようとするとまだ逃げます。意外に早いです。三歳児って跳ねるんですね。言葉もまだつたなく会話らしい会話はありません。でも返事はしてくれるようになりました。私のことをどう呼ぶかは迷っているみたいで、「おかさま?」と必ず疑問形になります。頭を撫でようと手を伸ばすと、びくりとして怖がります。なんだか厩番に馬の扱いを教えられたことが思い出されてなりません。イヴェットが自分から近寄ってくることはありませんが、三歩程度の距離にいることは慣れてくれました。これは進歩だと思っても? 結婚したばかりだというのに、どうしても領地に行かねばならなかったクロヴィス様よりは、私の方が一歩先んじたと思いたいわ。
そのクロヴィス様ですけれど、五日前にようやく戻っていらして。でもほら、お互いに慣れる前にすぐ離れたでしょう? ですからまたやり直して。ちゃんと夫婦になりました、って言うのも変だけれど、まあそういうことです。
お話を聞くというか、質問への答えから、伯爵領には小さいけれど港があると知りました。活気のある土地だそうで、いつか行ってみたいものです。魚介も魅力。王都だとなかなか新鮮なお魚は口に入らないでしょう? お姉様もお魚は生臭いと苦手でいらしたけれど、新鮮なお魚は美味しいと、私の前世記憶が主張しております。魚介でなくとも、お姉様とお食事したいです。王都に出て来られる時は絶対連絡してくださいね! 実家でなくうちでお会いましょう! 料理人に美味しいものを用意させますから。
クロヴィス様は根が真面目な方で、私の発言を真剣に受け止めてくださったみたいで。少し上に書いたお姉様が私を抱きしめてくださったことに習って、名前を呼んで抱きしめる、あれを実行しようとされています。
私は同じ部屋でそれを眺めているのだけれど、それが何ともおかしいのです。
イヴェットは三歳でまだ小さいから、その彼女を抱きしめるために腰を落として。彼女を抱きしめるための両手を掲げて、そのポーズのまま、じりじりと近づこうと妙な動きをされているわ。イヴェットの方は少し怖がっているのかしら。クロヴィス様が近づこうとされると後ずさって。……三歳児でも結構動けるのだと感心します。で、後ずさって逃げるだけでは駄目だと思ったらしいイヴェットが。ほぼクロヴィス様と同じポーズを取って、一生懸命に威嚇しはじめましたの。
お姉様は私が、前世で見聞きした言葉を発することがあるのをご存じよね? ほとんど無意識に出てしまうから、自分でも止められないのよ、あれ。
それがこの時、口に出てしまったの。
「カバディ」
意味なんて私にも分からないから、耳にしたクロヴィス様も、そのポーズのまま振り返って聞いてこられたわ。
「なんだそれは?」
「さあ? お二人を見ていたら言いたくなったんです。ああ、連続するともっと良いみたい?」
そして私は思った通りに口にしてみました。
「カバディ、カバディ、カバディ……」
「いや、変だろう、それは。なんだカバディ、カバディ?」
クロヴィス様が繰り返されたあと、予想外のことが起こりました。
「かばでぃ、がかばでぃ、かばでぃ?」
それまでクロヴィス様の前でほとんど口をきかなかったイヴェットが、真似をしはじめたのです。
そうすると真面目で律儀なクロヴィス様が発音を修正されました。
「カバディ、だろう。」
「カばでぃ?」
「カバディ」
「カバでぃ?」
「カバディ」
「カバディ!」
ついに上手に発音できたのが嬉しかったのか、イヴェットが笑顔になったのです! そして楽しくなったのか、
「カバディ、カバディ、カバディ」
と続けるではありませんか。
そうすると娘を笑顔にさせる魔法の呪文だとでも思ったのか、クロヴィス様もまた。
「カバディ、カバディ、カバディ」
それに呼応するように甲高い声が響きます。
「カバディ、カバディ、カバディ!」
ところで二人は。腰を落として両手を上げていたままです。そのままステップを踏むように相手に近づこうと動きながらのことでした。
「カバディ、カバディ、カバディ」
「カバディ、バカディ、カバディ!」
途中からおかしすぎて、我慢できなくなって、二人の間に割り込みました。もちろん、ポーズと発声もつけてです。
「カバディ! カバディ! カバディ!」
「カバディ、カバディ、カバディ?」
「カバディ、カバディ、カバディ!」
そのポーズで相手を捕まえようとゆっくり動きながら、子供部屋からしばらくは声が途切れることがありませんでした。
子供って気に入ったら何度も同じことをせがむのですね。
イヴェットは何が楽しかったのか、それから「カバディ」を繰り返すよう強請るのです。そしていつのまにやら、相手を避けて、自分から相手にタッチできれば勝ち、というルールまでできてしまい。あやしい呪文と子供の笑い声が毎日聞こえるようになりました。
お姉様。「カバディ」って何でしょう。言ったの私ですけれど。
そうして私たちは家族へと一歩踏み出せたのでしょうか? それとも遊び相手として認識されただけなのでしょうか?
それではお姉様とご家族様の日々の御健勝をお祈りいたします。
敬具
〇月×日
フロランス・ブライヤール
ベルティーヌ・オリオール様
追伸。子供の体力って侮れない。夫婦して筋肉痛になりました。
*注記 カバディ:インド発祥のスポーツ。通常は7:7で攻守が入れ替わっていく。攻撃手は一人で相手陣地に飛び込んで相手選手にタッチをして陣地に戻れれば得点となる。その際、攻撃手は「カバディ、カバディ、カバディ……」と息継ぎなしに発声し続けないとペナルティを食う。守備側は手を繋いで攻撃手が陣地に戻るのを阻止する格闘技。
カバディがゲシュタルト崩壊する……。
フロランスは姉ベルティーユに全幅の信頼を置いています。シスコン。
女性と会話しているといきなり話が飛んでついていけない、というのを聞いたことがありますが。フロランスを書いていると、頭の中で連想するキーワードで繋がっているんだなと感じます。




