第4話 変化を求める気持ちは本物
「陽向」
「え……?」
新しい一日が開幕して早々に脳がショートする。
俺の聞き間違いだろうか、それともおっちょこちょいの和奏さんが嚙んじゃっただけなのかしら?
……いや、そんなわけがない。
確かに和奏は俺のことを「陽向」と呼んだ。
いつもは丁寧に「くん」付けで呼んでいたにも関わらずだ。
どこかで怒らしてしまったのだろうかと数日分の記憶を遡ってみたものの、そんな出来事は一度たりともない。
「和奏? もう一回俺の名前を呼んでみてくれないか?」
「陽向」
やはり怒っているわけではなさそうだ。
そして、俺の聞き間違いでも、和奏が噛んだわけでもないらしい。
それに、仮に怒っていたのならば、いつもみたいに家の前で出待ちをすることは無いか。
「どうしてまた急に俺の名前を呼び捨てにしようと思ったんだ?」
「嫌……だったかしら?」
「そんなことは全くない。でも、いつもとは違う呼び方をいきなりするもんだから、少し戸惑ったというかなんというか……」
俺としては単純な疑問で質問しただけなのだが、和奏が予想外にも悲しそうな表情を見せてきたので、焦って早口になってしまった。
別に俺は和奏のことを拒絶しようだなんて思ってもいない。
ただ、心の底から、呼び方を変えた理由が純粋に気になるだけなんだ。
その思いが届いだのかどうかは知らないが、和奏が表情を戻す。
「簡単な話よ。貴方が私のことを『和奏』と呼び捨てしているからよ。それなのに、私が貴方のことをずっと『くん』付けで呼ぶのは少しミスマッチじゃないかしら?」
「確かに」
最初俺たちは「三室戸さん」「仙谷くん」と呼び合っていたが、おそらく一緒に登校し始めた頃から今の呼び方へと変化を遂げたのだ。
現在五月、そして、一緒に登校し始めたのが去年の九月あたりだったはずなので、半年以上一年未満は今の呼び方だったことになる。
何が言いたいかと言うと、和奏から「陽向」と呼ばれることに対して違和感が無限に湧いてくるのだ。
というか、今俺が伝えたいことはそれしかない。
「陽向……陽向……」
「いうだけでそんなに緊張するなら、まだ前までの呼び方でいいんじゃないか?」
「それだけはダメ!」
「お、おう……」
珍しく大声を出して反発を示した和奏に気圧される形で、反射的に肯定の返事をしてしまう。
いつもとは違う、また、のんびりとした明るい朝には似つかわしくないピリッとした空気が俺と和奏の間に流れる。
それに気が付いた和奏がハッとしてすぐに頭を下げてきた。
「ご、ごめんなさい。ただ私は貴方のことを『陽向』と、そう呼びたいだけなの」
「ああ、俺の方こそすまない。少しだけしつこすぎたかもしれない」
もしかしたら、和奏は和奏で俺との距離を縮めたいと考えて努力しているのかもしれない。
そう考えれば、教科書やボールペンのくだりも合点がいく。
俺の部屋及び布団に侵入してきたのは、やはりやりすぎだとは思うが。
「ところで、今日の放課後なんだけれど、一緒にカフェにでも行かないかしら?」
「ああ、すまん和奏。今日は莉子と近くにできたラーメン屋に行く予定があるんだ!」
「……………………そう」
信じられないくらいに間があった気がする。
俺との距離を縮めるために頑張って提案してくれたんだから、落ち込むのは当然か……。
俺だって本当なら一緒に行きたいんだが、莉子との約束は守らなければいけないからな。
「和奏、明日ならどうだ?」
「明日……まぁいいわ、それで勘弁してあげる」
思わずホッと胸をなでおろす。
俺が断った直後は、顔に影が差している、が比喩にならないほどに暗い表情をしていたが、無事影は取れたようだった。
でも、知っているだろう?
積み上げすぎたものはいつの日か一気に崩れ落ちるということを。
それも、積み上げた分だけ被害は大きくなるのだ。
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