第3話 兆しここにあり
「だから、ここでの生霊は御息所であることがわかるな? 御息所は生霊になって葵の上を殺してしまったんだ」
みんな大好き古文の授業中。
大半のクラスメイトは集中しすぎて、机の上に置かれた教科書と顔がくっついてしまっているが、先生は気にも留めず授業を進行させている。
いつもの光景すぎるのもあるんだろうが……これがいつもの光景になっているのはダメだろ。
その一方で――――。
「そういえば、教科書を忘れるなんて珍しいな」
「……昨日、予習をしていたから家に忘れてきちゃったのよ」
どうやら和奏が家に古文の教科書とノートをまとめて忘れてきてしまったらしく、俺と机をくっつけて二人で授業を受けているのだ。
関わり始めてもう二年目になるが、和奏が何か忘れ物をしたという記憶は俺の中に無く、まるで限定公開の国宝を目の前にした時のような気分。
同時に、時折肩が擦れてしまうような位置に和奏がいることもあって、俺は多少の気まずさも覚えてしまっている。
というのも、俺が朝起きると、横に和奏がいたのだ。これがつい先日の話。
次の日から和奏はいつも通り家の前で出待ちをするいつもの形に戻ったのだが、会話の節々で俺の失言を狙っているような気がする。
そこまでして家に入ってきたいのなら、堂々とインターホンを鳴らして玄関から入ってこればいいのに、何故かそれだけは頑なに拒否してくる。
考えられる可能性としては、莉子と会うのが嫌だ、というものであるが、そうなってしまうような場面は一切なかったはずなので、おそらく違う。
謎は深まるばかりだ。
――――次の日。
「あれ? 俺の赤ボールペンは――」
「ごめんなさい、陽向くん。私が使っていたのよ、返すわ」
「いや待てよ。いつの間に俺の筆箱の中からボールペン取っていたんだ?」
「さっきよ」
「俺の筆箱はお前の机とは逆の端に置いてあるんだけど……」
筆箱、教科書、ノート&俺、和奏の机の並び。
これで和奏の手が筆箱の方に伸びてきて、俺が気づかないことがあるだろうか、いやない。
「ところで、なんでわざわざ俺のボールペンを使ったんだ?」
「私の赤ペンのインクが無くなっちゃったのよ」
そう答えて、これ見よがしに自らの筆箱から管が透明になっている赤ペンを取り出し、横にフリフリと振る和奏。
どうやら本当のことらしい。
それならそう言って普通に借りてくれれば良かったのに。
窃盗みたいな借り方をしていくもんだから、無駄に頭を使ってしまった。
「それじゃあ、そのペンを返して……何してんの?」
俺のペンをギュッと固く握りめて、身体に近づけていく和奏。
そのまましばらくの間、俺のペンは和奏の身体に包まれてから返ってきた。
和奏の手から渡された赤ペンはホカホカになっていて、それでも秀吉に草履を温められた信長の気持ちがわかることはなかった。
なんせ今は寒い季節でもなんでもないので、温められることによるメリットが限りなく薄い。
そして、やはり和奏がこの行動をとった理由は謎。
もうここ最近の和奏の行動に対して納得を示すことの方が少なくなってきているような気もする。
よく考えなくても、「うちに入ってくればいいのに」という俺の言葉を誤解して、窓から直接俺の部屋に入ってきたのはおかしい。
さらに、普通の人ならば、「そうですか」で済む教科書の忘れ物も、これまでの和奏を知っているならば、違和感を抱くはずだ。
そして、今日のサイレントスティール。
まさに奇行の欲張りセット。
今ならお得! ではないが。
「どうしたの陽向くん?」
「お前が俺のペンを温めていた理由について真面目に考察していたんだよ」
「そんなの簡単な問題じゃない? 私の匂いをあなたのペンに染み込ませるためよ」
「なんか変なブログでも読んだか? 今すぐそのブログを読むのをやめなさい」
この時はまだ甘く考えていた。
すべてが和奏の冗談で、俺も冗談としてすべての言葉を返していたのだ。
だから、当然これから起こることは一切予測できなかったし、その結果、俺の対応が後手後手になってしまった。
そう、全ては俺の責任だ。
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