一度目の死
「さてと、気分転換の散歩。あんな話聞いたらそら胸糞悪くもなるわけだがな」
町の皆が死んだ。生き残ったのは、か弱い少女一人。
よくよく考えてみると、なんでこの状態で精神が崩壊していないんだ……。
不思議なやつだ、ティミストは。
……さっきから、そこらをぶらぶらしてるが物珍しいものは見つからない。
中世もので定番の、木材と石と土を使った三角屋根の家。さっきから、こればっかり視界にうつる。
「はぁ……」とため息をつき、ティミストのところに戻ろうとする。
180°ターンしたところで──、
「そんなに何も無いって言いたいの?図々しいわね。ナギサは」
心を開かれたと思われる口調だが、今だその声は冷たさと鋭さを持ち合わせる。だが、すこし幼く甲高く、可愛らしくもある。
腕を組み、仁王立ちしたその姿はどこか強さを感じる。
ベージュ色の髪、その色と同じ毛の耳、ルビーのような赤い瞳。
灰色のローブに青いジーパンのようなものを身につけた少女。
──ティミストがいた。
「……いつの間に居たんだよ」
ビビりつつティミストに聞こえないような小さな声で呟く。と、
「……何か言った?」
方眉を上げながら聞いてくる。
「いや、なんでも」
「ただ……」
「ただ?」
ただ、お前が怖いよ。いろんな意味で。
こう言おうとしたが、喉から口に出るすんでで踏みとどまった。ティミストを傷つけるかもしれないから。
さすがに異世界に来てまで人生に疲れたくはないし。
「なんでもない。散歩も終わったし、腹も減った。食料無いか?飯作るよ」
「はぁ……。モヤモヤするわ……」
顔をうつむかせ、「やれやれ」とでも言いたい口調だ。その言葉に続けるように、呆れた表情でこちらを見る。
「あるわよ。美味しい食事になることを期待しているわ」
そう期待の目と微笑みを向けられ、ティミストから目をそらす。
「どうしたの?」
「なんでも!行くぞ!」
「照れ隠し?」
「うるさい……」
「さーてと!作りますか昼食!」
制服の袖を捲り、包丁を持つ。料理の準備は満タンだ。
んで、今日のご飯はスープにそこらの家から貰ってきたパンを食べる。
スープはじゃがいも、ニンジン、キャベツをぶちこみ塩と胡椒(高級品らしいのでしょっぱい木の実で代用)で味を整えたものを作る。
パンは普通に食パン。
まずは、かっさらったまな板の上で、じゃがいもを小さめのサイコロ状に切り、ニンジンはイチョウ、キャベツは一口大にちぎる。
あらかじめ燃料の敷かれた石の上に鍋を乗せ、水を入れる。で、全部入れる。
「んで、火はどうする?ティミスト」
「魔法でいいじゃないの」
ティミストは魔法が使えるのか。いやまぁ異世界だから当たり前だけれども。
「じゃ、見せ場どうぞ」
「ファイアー」
燃料を人差し指で指差し、そう唱える。と、指先から火が飛び出し、燃料に火がついた。ちょうど、俺が想像してた中火くらいだ。
「おぉ、すごい」
「すごいも何も、これは基本の基本よ?」
「いやぁ……俺魔法使えないし」
「……ナギサって相当おバカさんなのね」
おバカさんって可愛いな。
そんなことはどうでもよくて、水が沸騰するまで待つ。
「水が沸騰したら火、弱くして」
「はーい」
出来上がるまで待ち遠しい!自分で料理するのはあんまりないが、することは好きなんだよなぁ。実際、中学生くらいにはお菓子作りにハマっていたいのだ。
沸騰って結構かかるよな。話題を提示して時間を潰そう。
「ティミストってさ」
「?」
「種族的にはなんて言うの?」
そう問うと、ティミストは顔をうつむけ黙ってしまった。
「……えっと、ごめん。聞いちゃいけないやつ?」
「そんなことないわよ。私は半獣人族。だから耳が頭についてるの」
「へぇ。獣人と半獣人ってやっぱ血の濃さで違う?」
「そうね。元々、どうやってできたかは未だにわかってないの。でも、最初は獣の特徴を持った獣人。ってことがわかってるわ。そこから更に人と交配した結果、人の形をした獣人、獣としての毛が薄くなって人の血が強くなった半獣人、更に濃くなって私たちのような耳と尻尾だけついて、獣のような爪を持つ、半獣人」
「獣人の中でも三つに分類できるのか!すげーな!」
「あっ、そろそろじゃない?」
感心していたら、ティミストが鍋を指差した。たしかに、沸騰している。そろそろだ。
「じゃ、おねしゃす」
「ちょっと鍋どけて」
そう言われ、すこし疑問に思ったが素直にどける。
「ウォーター」
ティミストの手からすこし水が生成される。それが火へと向かい、「シュー」と音を立て消える。
「思ったよりも力業じゃねぇか……」
「火を作ったらあとは勝手に燃えるんだから、しょうがないじゃない」
「ファイアー」
さっきと同じ唱えをし、次は弱い火ができた。
これでちょっと待てば完成だ。
「ねえ、ナギサ」
「ん?」
「体、悪いところ無い?」
「特になし。だ」
「……そう」
一連の会話のなかで、ティミストがなぜかすこし顔をうつむけた。
「なんでもないわ」
「──?」
「まぁいいや。食おうぜ」
「そうね」
笑顔を取り戻したティミストが、また鍋をどけるように指示をする。その通りに行動し、先程と同じように水をかけ、火を消す。
鍋を平たいところに置き、木の食器の中にぶちこむ。そしてパンをそこら辺に置く。
「じゃ、いただきまー……ごほっごほっ!」
手で口を抑える。咳に乗って唾液っぽいのも出てきた気がする。
自分は普段、マスクをしている。唾液がマスクに出たようだから、マスクを外し、改めて飯を食おうとすると──、
「……は?」
右手で外したマスクの内側には赤い液体が付着していた。
考えられるは一つ。
「──血?!ごほっ!」
また咳が出る。口を左手で拭く。
左手に目をやる。そこにも血がついている。
「ヒュー……ヒュー……」
息をするたび、喉から笛のような音がなる。
……命の危機を感じる。
「ティミスト、助けて……」
「ナギサ……」
「──ごめんなさい……ごめんなさい!」
そう言い、ティミストは走ってどこかへ行ってしまう。
「ティミス……かはっ!」
手を伸ばすがティミストにはもう届かない。
「ごほっごほ!」
咳で腹に力が入り、吐き気も込み上げてくる。
「ごほ……おぇ!」
血に混じり胃酸が出てくる。
胃から食道、そこから喉に口に。
その感覚が気持ち悪くてまた吐いてしまう。
痛みも出てきた。
苦しい。痛い、つらい。殺してほしいくらいに。
頭がガンガンと、鈍器で殴られたように痛む。
「ごほっおぇ……」
血の味、胃酸の味がして、気持ち悪い。
全身の感覚を遮断したい。咳が出て、血が出て、胃酸が出て、涙が出ている。
ドクドクドクドクドク。と、自身の鼓動が激しくなっていくのを感じる。気持ち悪い。なんでこんなことに。なんでこんな目に。
視界が狭まり、ぼやけてくる。
──死ぬ。そう感じる。
「ヒュー……ヒュー……ヒュー……」
地面に膝を付き、そのままダイブする。
今まで出したものが体にまとわりつく。その感覚が気持ち悪くて、また吐いてしまう。
地味に温かく、粘り付き、血の臭い、胃酸の臭いが更に気分の悪さを加速させる。
──体に力が入らない。目が完全に閉じそうだ。
死ぬ。死ぬ。死ぬ。
視界が真っ黒になったとき、俺は、『三条渚』は死んだ。
そう確信した瞬間、意識をどこかに持ってかれた。




