夏の終わり、明日学校に行きたくない魔法使いは大体海に行く
「明日学校に行きたくない!」
夏休みの宿題が終わっていない。学校自体に行きたくない。人が嫌い。場所も嫌い。勉強も嫌い。全部嫌い。
細かい理由はさておき、明日から魔法学校の2学期が始まるのを前に、彼女リーシア・スウィンは考えていた。
どうしたら、学校に行かなくて済むのか?
仮病を使ってみる?
それとも行きたくない理由を相談してみる?
ちゃんと話せば、周囲も納得してくれるかもしれない。
でも、話をして心配をかけたくない。
詮索されたくもない。
リーシアは椅子に座りながら、天井を見上げた。
「何か、行けない口実があれば良いのだけど」
こんなことを考えている間に、宿題の一つでもすればいいのにという、心の声を無視し、リーシアは立ち上がった。
この夏着ることのなかった、青春の象徴のような浴衣を引っ張り出し、一人着てみる。
夏らしいことなど何もしないまま、あっという間に夏休みが終わったことに、リーシアはため息をつく。
白い浴衣に鮮やかな花柄がきれいなこの浴衣を着て、気持ち程度のまとめ髪をしたリーシアは、外に出ることにした。
まだ暑い日中、日傘を差して空を飛ぶ。
魔法学校での成績はまずまずで、比較的難度の高い飛行魔法も使いこなせるリーシアは、思い切って移動することにした。
目的地は海だ。
この、どうしようもないもやもやした気持ちを、海を見て晴らそう。
海を見ていたら、何かやる気的なものが湧いてくるかもしれない。
そう思ったのだ。
海岸に着き、砂浜に降り立ったリーシアは、早速砂浜の洗礼にあった。
履物に砂が入り、とてつもなく歩きづらい。座ろうにも砂浜では座る場所もない。波は寄せては返す単調な繰り返しで、別に何ということもない。じりじりと日差しばかりが暑い。
何でこんなところにいるんだろう? そんな心の声ばかりが大きくなったので、リーシアは立ち上がった。
ふと見つめた先に、崖が見えた。
崖のところには、じっと下を見つめる少女の姿があった。
もしかして。
リーシアは空を飛び、少女の近くへと向かった。
彼女がしようとしていることを察し、自分もそうしかねないという思いと、だからこそ止めなければという思いが、リーシアを動かしていた。
けれど近づいて思った。
知り合いだ。
それも、クラスメイトで、リーシアが一番苦手としている人だった。
彼女、ミファイラは、派手で気が強く、いつも人と自分を比べ、自分が勝たなければ気が済まないような、勝気な性格だ。リーシアはそんな彼女に嫌味を言われたことがあり、それ以来極力関わらないようにしていた。
今回も、スルーしようと思った。
だけど。
ミファイラはじっと崖の淵で下を眺めている。
紺の長いワンピースが風に揺れていた。
空を飛べる彼女が、思いつめた表情でずっとそうしているのを、リーシアはしばらくの間見ていた。
学校に行きたくないのは、自分だけではないのかもしれない。
リーシアはそう思って、ミファイラのところに近づいた。
「どうかした?」
じっと下を見つめるミファイラに、リーシアは話しかけた。
ミファイラはリーシアの方を向いた。
「別に、何も」
ミファイラは迷惑そうにそう言うと、リーシアをじっと見つめる。
「あなたこそ、こんなところでどうかしたの?」
ミファイラはいつものように強気に言う。
「私は、あなたがここにいるのが見えたから、来てみただけ」
リーシアも、いつものように答える。
「帰るよ。じゃあね」
リーシアが去ろうとした、その時。
「待って」
ミファイラはリーシアを止めた。彼女の長い茶髪が風に揺れる。
リーシアは不思議そうに彼女を見つめ、次の言葉が発せられるのを待った。
「あなたも嫌なんじゃない? 明日、学校に行くの」
普段のリーシアなら「別に」と言って、その場を離れたかもしれない。
けれどこの時は違った。
「あなたも?」
そう答えていた。
それを聞いて、ミファイラは言う。
「行きたくないの。久しぶりに会う時、どんな顔をしていいかわからないし、何を言ったらいいかわからないし。私、みんなに嫌われている気がするし、行くのが、つらい」
今にも泣きそうな顔で言うミファイラを見て、リーシアは思った。
彼女もそうなのか、と。
教室の中心で、人を見下したように座っている彼女でも、行くことがつらい時もある。
自分と同じように。
理由は違うかもしれない。
だけど、生きづらさのようなものを、心のどこかに抱えている。
表向きには、そんなことを出さないだけで。
「私も、行きたくない」
ミファイラのように、うまく言葉にできないリーシアは、ぽつりとそう言った。
「ミファイラは、私と違って、みんなと仲良くやっているように見えるけど」
教室の中心で、ミファイラが楽しそうに仲間たちと談笑するのを、リーシアは何度も見てきた。それを少し羨ましくも思ったのだ。
「そうすることに必死なだけ。何を言ったらいいか、どうしたらいいか、いつも考えてる。あなたのように、マイウェイで、気の合う人とだけ話せたらと、いつも思うよ」
ミファイラには、教室の隅で時々近くの友人と話すリーシアが、そういう風に映っていたようだ。
「「あなたはいいよね」」
二人の声が重なった。
お互いに、相手に皮肉を言おうとしていた。
その時。
「助けて!」
浜辺の方で、声がした。
見ると、海に流され、溺れる子どもの姿が。
リーシアは迷いなく空を飛んでいた。それを見て、ミファイラもその後に続く。
必死に海面に顔を出す少女を、リーシアは引っ張り上げようとした。リーシアの飛行力では、自重以上を持ち上げるには、かなりの魔力を消費する。
ミファイラも加勢し、二人は必死で飛行魔法を唱えた。
溺れまいと必死の子どもにしがみつかれ、海に引きずり込まれそうになりながら、二人は何とか子どもを陸まで引き上げることができた。
子どもの親が駆けつけ、二人に何度もお礼を言った。その子は意識がはっきりしており、元気そうだった。
親子が去るのを見届けて、リーシアとミファイラはお互いを見た。
海で濡れ、砂まみれで服も髪もぐちゃぐちゃだった。
それを見て、思わずリーシアは笑ってしまった。ミファイラも笑っていた。
「ひどい格好」
「あなたこそ」
そう言って相手を見て、自分の格好を見て、二人は笑った。
「助けを呼ぶ声がしたとき、あなたが迷わず動いたこと、尊敬する」
ミファイラはリーシアにはっきりとそう言った。
それを聞いてリーシアは、
「正直、私は自分が飛ぶのに精一杯で、ほとんどあなたが引っ張り上げてくれたの、わかってるよ」
ミファイラの目を見て、そう答えた。
二人は同時に微笑んだ。
「早く家に帰って、このぐちゃぐちゃな状態を、どうにかしないとね」
「そうだね」
さっきまで帰りたくもなかった二人は、家に帰るべく空を飛び始めた。
夕日が赤々と二人を照らし始めていた。
「明日、やっぱり行きたくないね。学校」
「ええ、行きたくない」
そんなことを言いながらも。
リーシアは、先ほどのようにつらくはなかった。
ミファイラも自分と同じように、生きづらさを抱えている。
それでもどうにか前に進もうとしている。
自分もそうだ。
きっと他の人もそう。
簡単そうに、楽そうに見える人も、どこかで重さ、生きづらさを抱えている。
自分の重さが、世界で一番重いように思えていた。
「みんなつらい」と言われるほど、苦しかった。
だけど。
苦しいことも、つらいことも、生きづらいことすらも、生きることの醍醐味なのかもしれない。
逃げ出したい気持ちも、嫌だと思う心も、葛藤も、悲しみも、全部が今の自分を作っている。
その弱さが、相手の弱さを認められる優しさを、救える強さを、作っている。
今のどうしようもなく、だけど素晴らしい自分に繋がっていく。
だから。
全部を「いいよ」と抱きしめて、受け止めていきたい。
苦しみのその先に。
新しい明日、新たな自分が、待っているから。
<終わり>
最後までご覧いただきありがとうございました。
つらい時は、逃げ出してもいい。
だけどそんな自分も、愛してあげて欲しい。
あなたの明日が、素晴らしい日になりますように!
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