最終話 死んだ聖女と天使たちの行方
王都の女神寺院の墓地で、私はひとり祈りを捧げていた。
『聖女を護った勇敢な乙女 フローティア=アイシィここに眠る』
昨日まで、この石碑には私の名が刻まれていた。それは削り取られ、正しき名が刻まれる。
彼女の体はフローティアとして還る。心残りの一つが解消されて安堵のため息を吐いた。供えた花の花弁が風で舞い、ぽっかりと晴れた空へと吸い込まれていく。
(あれから一週間か……)
残された証拠や資料から、ベルメールとシアンが共犯だったと証明された。
シアン大臣はベルメールを使っているつもりだったが、逆にベルメールに不老不死と偽ってアンデッド化され、メンテナンスと薬なしでは保てない体になっていた。
彼の遺体は昨日、炎で清められひっそりと埋葬された。シアン大臣の駒として加担した者も数名捕まった。アリサは素直に全てを話し、後の捜査に協力したため減刑された。釈放後は、再びクロフォード家の本邸で雇ってもらえることに。
新しい聖女様も自ら聖女の任を辞されて、故郷に帰ったそうだ。
感傷に浸っていると、遠くから明るい声に呼ばれた。
「メル~! クラウスがよんでおったぞ~」
ムーナが駆けて来て、私に抱きついた。彼女は嬉しそうに頬ずりをしてくれる。
「ムゥ、呼びに来てくれてありがとう。わかった、行こう」
私は立ち上がり、彼女と共に女神寺院へと向かう。
あの日の私は、扉の封印をした後にムーナの本体に捕まり気を失った。女神様の神託『桃色の髪の乙女は、扉より現れし魔王に喰われる』の、通り食べられたのだ。私から大量に生えた魔晶石を、手で氷の塊を包んで融かすかの如く……。
ムーナ曰く、扉の向こうで魔物や魔族戦ってお腹が減って、つい《《魔》》が差したらしい。魔王だけに。……これをフローが聞いたら、冷たい視線で射抜かれるだろう。
そして、彼女も魔界に帰る予定であったが、彼女の本体より『お前はこの世界に残って魔族と人間の友好を深めろ』といわれ弾き出されたのだ。べちん!と……。そして。魔力いっぱいでホクホクの魔王は、私を解放すると手を引っ込めて、無事に扉は閉ざされた。
ムーナの柔らかな笑顔に再び逢えて、心から嬉しかった。歩いていると聞き覚えのある声に呼び止められた。
「ムーナ殿!!」
「ゆ、勇者!!」
以前、魔境で助けた勇者一行が城に来ていた。勇者が手を振ってこちらに駆け寄ってくる。仲間の二人も離れた場所から私達と目が合うと会釈した。
ムーナにゾッコンの勇者は、事あるごとに会いに来る。ムーナも熱心な彼に戸惑いながらも、惹かれているのが良く分かる。
(魔王と勇者のカップルか……気になる!)
恋と言えばもう一組、アーリィは勇者一行のテイマーさん……の相棒のドラゴンが気になるようで、そちらの恋からも目が離せない。
私は幸せそうな二人と別れ、一人で女神寺院の中へと向かった。
女神寺院の空気は落ち着いていた。静かな寺院の廊下を懐かしく思いながら、歩みを進める。大聖堂では今日行われる神託の為に、香が焚かれ空間が清められていた。祭壇の前には銀髪の初老の男。私は彼に声を掛ける。
「クラウス様。メルです、戻りました」
クラウス様は再び導師として王都の寺院に呼び戻された。今日は聖女についての神託が行われる。新しい聖女を選定するのか、私が再び任に就くのか。女神様にお伺いを立てるのだ。
「メル、すまないね。この後の神託に君も同席させろとマジェンダがうるさくて」
シアン大臣亡き後はマジェンダ大臣が女神寺院から騎士団、魔術師団まで面倒を見ていた。イェロー大臣も回復し、今では今回の事件の後始末に奔走している。
寺院の関係者やイェロー大臣とマジェンダ大臣が見守る中、厳かに神託は始まった。全員で女神に祈りを捧げた後、クラウス導師が色とりどりの石を石板の上に落とす。澄んだ音を立てて石は思い思いに散らばった。彼は真剣な眼差しで、丁寧にそれを読みとっては、紙に書き記してゆく。彼は質問の度に石を投げ、読み取っては記すを繰り返した。
「皆様、神託が出ました。こちらを」
彼は二人の大臣に神託を記した紙を見せた。
――新しき聖女は、春雷と共に東の遺跡に現れる。その姿は、異国の衣を纏った金色の髪の乙女なり。赤紫の老婆が彼女を助け導け。さすれば共に困難を退けるだろう
読み終えたイェロー大臣が、クラウス導師を静かに労った。
「うむ。ご苦労だった。新しき聖女と言う事は……メルティアーナ様は引退ですな。王に報告し、新しい聖女を迎える準備をする」
「ええ、神託をよろしくお願いいたします。新しい聖女様は、なかなか個性的かもしれません。ご丁重にお迎えください」
「ああ、変わった聖女には慣れておる」
変った聖女に慣れてる? 気になるセリフを残し、イェロー大臣は神託が書かれた紙を受け取ると、王宮へと向った。儀式も終了し、皆は持ち場に戻って行くが、クラウス導師とマジェンダ大臣はその場にとどまって、神託について話していた。
「現れる? はて、今までとは変わった神託だな、クラウス」
「ええ、『居る』ではなく『現れる』です。探すのに骨が折れますが、マジェンダ様なら大丈夫でしょう」
その言葉を聞いてマジェンダは苦笑いをした。
「女神様に指名されてしまったからな、『赤紫の老婆』と。――当たり前だ。必ずや聖女様を見つけ出す」
彼女はニヤリと笑うと部下を引き連れ、寺院を後にした。私も片づけを手伝いながら、クラウス導師に聞いた。
「次の聖女様はどんな方なんですか?」
「ああ、数奇な運命を辿っているようでな。それに風変わりな子らしい。聖女になる事を快諾してくれるといいのだが……」
「すごいですね。神託ってそこまで読み取れるんだ……興味深いなぁ」
「魔法意外に興味を示すのは珍しいな。あそこに住んでから世界が少し広がったかな。試しにメルもやってみるかい? 道具もまだ有る。聞くのは何でも構わない」
「じゃぁお言葉に甘えて。私の将来を教えてもらいたいです!」
私は導師に教えられながら石板に石を落した。石は子気味良い音を出し転がって行くが、幾つかの石はチカチカと光りながらながら弾かれ、石板の上に散らばる。
(お、おかしい……クラウス様の時にはこんな光は……)
私は目をこすりながら石板の上に広がる神託を読み解く。
「えっと、このゾーンは時間で……このゾーンは場所ですよね?」
「そうだ。よく知っているじゃないか」
更に石を指差しながら追っていくと、石板の上に白い羽根が落ちていた。
神託に使うのは石だけの筈だけど……
「この羽根、何だろう」
羽根をつまんで、ステンドグラスの光に翳すように見上げると宙に人影が見えた。その人物の薄いブルーの髪がふわりと揺れる。慌てて羽根を持っていた手を下げると……
「メル、女神様からの伝言です『ルイスの領地に戻り、あの泉と魔界の扉を護れ。魔法も聖女の力も使えるのですから、影からこの国を支えなさい』とのことです。女神様もなかなか人使いが荒いですね」
「――!フロー!?」
フローティアがいつもの調子で話すと、私達の前にふわりと降り立った。
「戻って来るのが遅くなりました。新しい聖女の神託は、もう終わったようですね……クラウス導師、貴方にも女神さまから伝言が。『もう暫くこの寺院に仕え聖女たちを護ってやって』とのことです」
「何と光栄な……おかえり、フローティア。まさか君から女神様の言伝を聞くとは思わなかったよ。やはりその姿は女神の使いだったんだね」
白い翼に、頭上には光の輪が浮いていた。怪我も無く、珍しい紋様が織られた白いワンピースを着た彼女は、腕を組み顎に指を添えて記憶を辿っていた。
「ええ。私うろ覚えだったのですが……死んだあの日、召された直後確かに女神様にお会いしているんですよね。その後、魂の群れに加わろうとしたのですが……メルがやらかしましてね……」
『やらかした』と聞いて目を丸くした。しかも。クラウス様も驚いた顔で私を見る。
「やらかしたって!……私、何もしてないよ?」
「なぁにが、何もしていないですか! 召喚術です。あの夜、メルは魔力の最大出力で呼びましたでしょ?」
召喚術と聞いてフリーズした。よくよく思い出すと、確かに召喚術をしていた。フローが死んだあの晩、ドロシーの店で私は召喚魔法を発動している。
「し……しました。あれ、失敗じゃなかったの?」
「ええ、一応。女神様も誰を送るか困惑されていたので、私が立候補しました。なかなか荒っぽい呼び方だったので、メルと合流するのが遅れてしまいましたが」
成功していたのか……女神様も困惑したかもだけど、今の私も困惑している。そんな私を置いて彼女は言葉を続けた。
「え~とその時の願いは『私と友達になって』でしたっけ?」
「フロー!? 言わないでよっ!! 恥ずかしいんだケド!?」
「新しい友でなくて申し訳ないのですが……そう言う事で、私とメルはこれから先も永遠に友達です。さぁ、ここでの仕事を片付けて、さっさと私達の家に帰りましょう」
フローは笑顔の花を咲かせた。また、彼女と一緒に居られる……涙が溢れそうになった時……
「その話、待った」
大聖堂の入口から異議の声が上がる。声に驚き振り向くと、亜麻色の髪の騎士がこちらに近づいて来た。彼は優しく笑うと、意地悪そうに意見した。
「あれは、僕の屋敷なんだけどな?」
「「ルイス」」
ベルメール戦で、彼もそこそこの怪我を負っていた。まだ傷はのこるものの、歩けるまでに回復した。そんな彼にクラウス様が労りの声を掛ける。
「ルイス君、怪我はもういいのかい?」
「ええ、元聖女様のお陰で怪我の治りが早いんです……メル、残念なお知らせだ。君の正体がバレてしまった以上、侍女としてうちに置けなくなった」
「えぇっ!? でも、神託だと私達あの屋敷でって……それにムーナもアーリィもコクヨウもしばらくはあの屋敷住むって……」
嘘……私、どこかの寺院に飛ばされてしまうのだろうか!? 困惑しながらルイスをじっと見つめると、彼は恥ずかしそうに私から目を逸らした。
「そうだな、でも方法が無い訳じゃないんだ。……予定より早いが……」
そして、彼はポケットから小さな小箱を取り出す。
「あぁっ! ルイス! 同盟を破るのですね?」
フローがルイスに詰め寄った。なかなかの剣幕だ!
「バカっ! 同盟の話は秘密だって……」
彼女はルイスをポカポカと叩くが、やはりダメージを与えられていない。しかし、ルイスはフローの言葉に慌てている……何だろう?
「……同盟って何?」
私の問いに答えてくれたのはフローだった。凍れる花らしからぬ態度で暴露する。
「城に居た時から、ルイスがメルに気が有る事を知っていたので、牽制していたんです! 同盟を破るなら、その秘密の約束も破棄です!!」
「牽制??……私に気が有る!?」
それを聞いて私もルイスは耳まで真っ赤になり、クラウス様は笑いが堪えられなかったのか口を隠してくすくすと笑った。
「メルはみんなのモノだから手を出さないって! なのにこの男! 私が死んでから段々と大胆な行動を取るんですもの!! しまいには……」
「そこから先は言うな!! 先に破ったのはそっちだろ? メルを置いて勝手に消えて! どちらかがメルを守れなくなったら、もう一人が必ず守り抜くって言ったじゃないか!! それにフローは『永遠』を誓ったじゃないか」
「それは友情ですッ!!」
「友情でも、お互いフェアにが約束だろ? だから俺も『永遠』を誓わせてもらう」
クールで大人な二人が、子供みたいな言い争いをしている。
二人がよく、話していたのが目撃されていたけど、それは業務上の情報共有の為だけじゃなくて、同盟の為だたのね。つまりルイスが好きな人って……
ルイスは私の前で突如左ひざをつき、持っていた小箱を私に見せるように開けると、中には綺麗な指輪が入っていた。
「メルティアーナ。結婚してほしい。共に生きて共に幸せに成ろう。もちろんフローがついて来るのも承知の上だ」
「ちょっと! ひとをおまけみたいに! メル、無理しないでいいんですからね?」
また二人が、わちゃわちゃと口論を始める。そんな光景を見たら、涙がこぼれて来た。それは嬉し涙で、喜びの笑みも一緒に。
「もう、二人ともケンカはやめてよ……ルイス、プロポーズ喜んでお受けします。末永く、よろしくお願いします」
「メル……!!」
「ああっ! ちょっと!! ずるいです! メルに抱きつかないでください! もぅ!!」
「これで、一件落着か……。三人とも、女神様の前なんだ。落ち着きなさい」
◆
寒い寒い冬が終わり、暖かい光あふれる春がやって来る。国内がこの事件から落ち着きを取り戻したある日、私とルイスは婚約した。
私達は再び、あの辺境の地で賑やかに楽しく過ごす。
女神様が気まぐれを起さない限り、ずっとずっと一緒だ。
最後までお付き合いくださり、誠にありがとうございました!!




