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死んだ聖女は天使と遊ぶ ~犯人を捜したいのに、スローライフを強いられます!~  作者: 雪村灯里
最終章 死んだ聖女は天使と共に戦う

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第71話 城に巣食う者

「あいつは、どこに行ったんだ!」


 異国の香が漂う王宮の一室。シアン大臣は執務室の机を力強く叩き、一人で怒鳴った。


「一昨日『すべてが終わる』と言っておったのに、それにあの薬も届かない!! それに駒の女も行方不明と来た。肝心な時に役に立たん奴らめ……」


 ギリギリと歯を鳴らす彼の顔色は、その行動に反して蒼白。


 ――コン、コン、コン


 執務室の扉が鳴り「叔父様?」と少女の声が聞こえた。シアンは「入れ」と、怒鳴る。

 不機嫌な彼の前に現れたのは、白い聖女の衣を纏った新聖女。聖女就任当初、シオンに意見していた彼女も、今では教育のお陰ですっかりしおらしくなった。彼女はゆっくりと入室して彼に挨拶する。やっと思い通りになる駒が増え、満足げにシアンも挨拶した。


「おや麗しい聖女様、こんな時間にどうしました?」


 しかし、そんな満足げな顔もすぐに崩れる事になる。聖女は、赤い石が付いたアクセサリーをギュッと握り締めると、また以前のようにシアンに反抗したのだ。


「私……もう無理です……国王様を癒すなど嘘を付けません!! どうか、皆に真実を! 聖女の力を持った相応しい人物を早く探してください!」


 シアンは彼女にも聞こえるように舌打ちする。怒鳴ってやろうかとも思った彼だが、逆に笑顔で詰める事にした。


「いえ、いいのですよ? 人間は死の運命から逃れられません。王の死が運命ならそれも受け入れなければならない。貴女は王を安心させる為、傍で祈りを捧げるのです。……わかったな?」


 思わず本音が漏れてしまい、彼は可笑しそうに笑う。しかし、聖女の顔に笑顔は無く、青い顔をして唇を噛んでいた。彼女がこの顔をすれば言い返してくることもない。そう高を括っていたが……


「ならば、私が全て話します!」

「黙れ小娘!! お前など私の駒に過ぎない。利用価値が無ければ処分して新しい駒にげ替えるだけだ。新しい駒は知ってるよな? お前の妹だ。急死した姉の志を継ぐ健気な妹……。バカな国民はこんな話が大好きなんだよ! ――それが嫌なら、二度と聖女を辞めるなど言うな? それがあなたの運命なのですから」


 聖女は怯えながら小さく「はい」と頷くと部屋を後にした。シアンはため息を吐いてぼやく。


「駒は大人しくプレイヤーに従ってもらいたいものですね。王亡きあとは王子と聖女を婚姻させてすべて完成する。実に痛快なゲームだ」


 大手まであと少し。邪魔な駒は確実に排除した。この盤上にルールなど無い。シアン大臣は革張りの椅子に深く腰を掛けて満足げに笑った。


 ――べちゃ


 机の上に、異臭のする赤黒い液体が垂れた。シアンはハンカチを取り出し鼻を拭う。


「しかし、それよりもあいつはどこに行った。一刻も早く薬を飲まなければ……」


 その時だった。

 執務室の扉が乱暴に開けられ騎士が剣を構えながら入ってきた。


「なんだ!お前達!無礼だぞ!!」


 騎士達の後ろから姿を現したのはマジェンダ大臣だった。彼女は入室すると眉をひそめた。


「シアン大臣。お前を反逆罪で拘束する」

「はっ、これはこれはマジェンダ殿、戯言たわごとを。とうとう耄碌もうろくされましたか?」


 シアンの挑発に、マジェンダは乗るでもなく、憐みの目で彼を見つめて言葉を紡いだ。


「はぁ……骨のある若造だと思っていたが、そんな姿になっていたとはね。香ではその腐臭も隠せなくなってるぞ」


「は、ははっ! 腐臭とは失礼な。 それに反逆罪? 何のことだ? 罪の証拠でもあるのか?」


「シアン、お前は屍術師と共謀して前聖女を暗殺。それに国王陛下とイエロー大臣に呪いと毒を盛った暗殺未遂だ。証拠ならここに()()


 マジェンダ大臣の合図と共に、数人の人物が入室してきた。彼らを見て、シアンは亡霊でも見たかのように息を飲む。


 白い聖女の衣を纏った乙女が二人。ゆっくりと部屋の中に入ってきた。一人は先代の聖女が使用していた装束を纏い、ヴェールを頭から被りその顔は分からない。

 そして、もう一人は先ほど部屋を後にした新聖女。更にその後ろには、元聖女付きの侍女・リズとアリサ。そして北都の寺院に送ったクラウスが居た。


「久しい顔が勢揃いだな。それに誰だ? こいつは。なぜ、先代の聖女のころもを纏っている!? 先代聖女様への冒涜だぞ!!」


 マジェンダ大臣がその謎の人物の隣に立ち、彼女の両肩にそっと手を置く。彼女は不敵に笑った。


「お前がそれを言うか? 痛快なゲーム程、油断は禁物だぞシアン」


 マジェンダは、両手でヴェールをふわりと上げる。ヴェールの中には、見覚えのある水色の髪と、紫色の瞳に泣きぼくろ。一瞬、言葉が詰まったシアンだが、再び余裕の笑みを浮かべた。


「なんだ! フローティアではないか!! お前にその衣を纏う資格は無い!ふざけるのも大概たいがいにしろ!!」


 『凍れる花』と名高い彼女は、動じる事無く答える。


「まぁ。それは失礼いたしました。――変身魔法を解くのを忘れて居ました」


 彼女はそう言うと、指を鳴らした。すると一陣の風が吹き抜けると同時に、彼女の髪は薄桃色に変る。妖艶な泣きぼくろも手で拭い去ると。――その姿は死んだはずの聖女・メルティアーナと瓜二つだった。彼女はにこりと笑い挨拶する。


「ご無沙汰しています。シアン大臣」

「そんな……なぜ……生きていただと!?」

「はい、そうです。生きてフローティアとして昨日まで生きていました」

「まさか……! 死んだのは影武者だと!?」


 狼狽するシアンを余所に、メルは懐から一通の封筒を取り出す。青い封蝋――シアンだけが使う封蝋が付いた封筒だ。それを見た彼は『信じられない』といった表情でそれを凝視した。しかし彼女は淡々と続ける。


「証拠はこちらに。貴方がベルメールと取引した時の手紙です。彼は貴方が思い通りに動かなくなった時の保険として持っていたのでしょう。それに貴方が欲していたこれも……」


 ポケットからハンカチを取り出して中身を彼に見せた。そこには真っ青な錠剤が幾粒。ベルメールが落して行った荷物の中に手紙とこの薬が入っていたのだ。この薬を見てシアン大臣の目の色が変わる。


「よ、よこせ! その薬を早く飲まないと!!」


 彼は封筒よりもその薬を奪い取ろうとするが、騎士たちに妨害された。


「薬を飲んでも無駄ですよ。ベルメールは魔界の魔物達に喰われてしまいました。貴方の体をメンテナンス出来る人物はもういません。それに国王陛下とイェロー大臣に掛けられた呪いも先ほど清め祓いました。二人とも無事です。証拠も全て残っています。勿論、聖女暗殺についてもアリサが証言してくれました。アリサの弟も保護しています」


 メルの影にいたアリサがおずおずとシアンを見た。彼女と目が合ったシアンは激昂する。


「お前!! 恩を仇で返したな!!」

 

 怯えるアリサの代わり、リズが思いの丈を叫んだ。


「これ以上やめてよ! 脅していたの間違いでしょ! 私やアリサの弟をネタに脅して!! この人でなし!!!」


 彼女の剣幕にシアンも怯む。ここで、全ての終りがマジェンダ大臣口から宣言される。


「シアン、君が既に死んでいたとは残念だ。チェックメイト。こいつを拘束しろ! 腐りきるまでの間、私が話し相手になってやる」


 マジェンダ大臣の声に合わせて騎士たちがシアンの腕を拘束した。しかし彼は既に腐っていた。どろりと肉が剥げ落ち、骨と神経だけの手は騎士の拘束をすり抜ける、憎しみの言葉を吐きながらメルに襲い掛かる。


「不死の体も……財も、地位もお前の所為で! お前も死ね!!」


 生きる屍(アンデッド)に成り果てた彼は、聖女の喉に自身の骨を突き立ててやろうとしたが、目の前の聖女は慌てる事無く、静かに胸の前で手を組んだ。目を瞑り一言。


「迷い子よ、有るべき場所に。亡者は冥府に帰れ」


 メルが再び瞼を開けると同時に、彼女の足元から白い光の陣が現れる。眩しい光が部屋を包み、やがてその光がおさまると、シアンは屍として床に倒れていた。


 マジェンダ大臣は軽く息を吐くと、テキパキと指示を出す。


「担架をこちらに、彼の遺体を運び出せ。部屋の中を調査しろ……メルティアーナ様手を煩わせて申し訳ございませんでした。シアンも腐る恐怖から解放されたでしょう。後の始末は我々が……」


 慌ただしい室内。だけとメルの心だけは、ポツンと置いてけぼりだった。

 窓から見える黒い空を見てメルは呟く。


「フロー……。全部終わったよ」

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