第67話 窮地
一匹目のケルベロスを無事、魔界に返した!
それを見たベルメールはフローから距離を取り苦々しく呟いた。
「私の使い魔をよくも……ふん! まだ二匹いますから!!」
――パチン!!
正確にはムーナが飼い主だ! しかし、ベルメールが指を鳴らすと、二匹のケルベロスは動きを止めた。額の石が禍々しく光り、彼らは苦しそうに空に向かい咆哮する。静かな森に叫びが響いた。
その直後だった。ケルベロスの姿が変わってゆく! ひとまわり大きくなり、先ほどよりも筋肉がモリモリで、明らかに強そうだ……思わず叫んでしまった。
「なにこれ!! 二匹に何をしたの!?」
「一匹消えた分の魔力を、二匹に分配されただけですよ? 僕も三匹に分配するより二匹の方が扱いやすい」
ケルベロス、強くなったのか……それは困る。しかし、果敢にムーナは駆けだした。
「そんなの! 関係ないのじゃ!!」
重い蹴りをお見舞いするが、ケルベロスの反応が薄い。反応したのムーナだった。
「なぬぅ!?堅いっ! 」「それに効かないじゃと!?」
彼女は慌ててケルベロスから距離を取る。それが正解だった。
彼等は先ほどよりも素早く攻めてきた。寸前でムーナの目の前に魔法防壁を張って、ケルベロスの攻撃を防いだ。あの大きさなのに、こんなに早いなんて……
呆然とする私達を見たベルメールは嘲り笑う。
「ふふふ! さぁ!ケルベロス!!二人ともやってしまいなさい!!」
「……じゃあ、貴方は私がやりますね?」
ベルメールの目の前に舞い降りたフローは、力強く一閃を放つ。しかし、それもベルメールは笑いながら、ひらりと避けて距離を取られた。フローは私達に喝を入れる。
「メル!ムゥ! 冷静に対処してください。慌てたり絶望したら負けです!!」
「……うん!」「……うむ!!」
(落ち着け、彼女の言う通りだ。数は確実に減っているんだ……)
私達は攻撃を防ぎながら、ケルベロス達の隙を探す。防御魔法で防いでいるが、これも長くは持たないだろう……。彼らの飼い主であるムーナに聞いてみた。
「ムゥ。何か気づいた事ある?」
ムーナは私の後ろで、目を凝らしてケルベロス達を観察していたが、急に悲しい顔をした。
「メル……あ奴ら苦しがっておる……供給される魔力が多すぎるのじゃ……ほら、今も!」
苦しい、供給される魔力が多すぎる……。その視点を持ってケルベロスを見ると、違和感を見つけた。
彼らは先程とは違い、額に嵌った石が一定時間ごとに光る。その時に一瞬動きが止まるのだ。
「ムゥ、あの石が光った直後が攻撃のチャンスかも。しかも一定時間ごとだから……リズムを覚えて一気に攻撃しよう」
「うむ。分かった!!」
私達は改めて攻撃を再開する。攻撃と防御を繰り返しながら着実にケルベロスを追い詰めるが……だけど私はケルベロスに意識しすぎた。ざわり鳥肌が立ち、瞬時に私とムーナに魔法防壁を張った。同時にフローが叫ぶ。
「メル!ムゥ!伏せて!!」
「なぬぅ!? ――ぎゃっ!!」
ベルメールが私達に向けて攻撃したのだ。防御魔法を使ったものの、衝撃で私達は数メートル程吹き飛ばされた。彼は《《両腕》》を使っていた。フローから受けたダメージを癒した!?
「ははははは! 愉快愉快! 使える魔力が増えたので、強くなるのはケルベロス達だけじゃありませんよ?」
彼らの方向を見て愕然とする。フローが傷だらけだった。翼は機能せず、体中から白い光が漏れ出ている。
「ゴメン! フロー! 今すぐに……」
祈る為に魔法防壁の印を結ぼうとするが……
「ぐうっ!!」
ムーナの苦痛に満ちた声が聞こえた。彼女を見て青ざめる。ケルベロスがムーナの足を咥えて振り回していた。
「……――!! ムゥを離せ!!」
「そうです! 先にケルベロスを!!」
私が選択を誤れば全滅してしまう。ムーナを捕えたケルベロスに向けて、光の槍を放った。攻撃を受けたケルベロスは怯んでムーナを放り投げる。
……だが、ケルベロスは再びムーナに向けて走り出した。
更に視界の端ではもう一匹が私めがけて飛びかかってきた。フローの小さな悲鳴も聞こえてくる。パニックを起こしそうな頭を必死に冷静につなぎとめた。もう少し……あと少し堪えれば……!
夕焼けの空に、キラリと光りが瞬いたのを見た。
私は祈る為に静かに手を組んだ。すべての動きがゆっくりと見える。二匹の襲い掛かろうとするケルベロス達も。狂気に満ちた笑みを浮かべ攻撃するベルメールも。今まさに致命傷を受けようとするフローも。今私がやるべきことを。出来る事を!!
――フローに力を!!
「「ギャン!!」」
「何だと!?」
ケルベロスの悲鳴とベルメールの声が聞こえてきた。
ベルメールはフローに攻撃を弾かれ、尚且つ両足を薙がれたのか地面に転がっていた。フローの周りは白く小さな光の粒子が舞い、彼女の傷は癒えていた。そして彼女が身に付けていた甲冑と剣のデザインが変わっていた。
私を襲おうとしていたケルベロスは地面に崩れた。胴体に上から衝撃を受けたようだ。ケルベロスから人影が跳んで降りてきた。
「メル、待たせてすまない」
ルイスだ。彼は話しながらもすぐケルベロスに向かい剣を構えた。しかしケルベロスは立ち上がるとベルメールの元へ向かう。彼の服を咥えてフローから距離を取った。
「うりやぁぁぁぁ! ドラゴンを舐めんなぁ!! いぬっころめぇぇぇ!!」
ドラゴンの姿のアーリィが、ムーナを襲おうとしたケルベロスに突進した。扉の前まで吹っ飛んだケルベロは再び立ち上がり、アーリィに襲い掛かる。アーリィは両手でケルベロスをしっかりとつかむと組み合った。じわりじわりと扉の中へ追いやろうと押してゆく。
「力だって負けねぇぇぇぇぇ!!」
「アーリィ! 額の石を壊すのじゃ!!」
「分かったぁぁぁぁぁ!!!」
彼は頭を振りかぶった、そして思いっきりケルベロスの額に打ち付けた。『バリン!』石が割れ。ケルベロスは後ろに倒れるように扉の闇の中へ吸い込まれていった。ムーナは立ち上がると嬉しそうにアーリィの足をぺちぺちと叩く。
形成が一気に逆転した。




