第6話 声は廊下まで響く
私はフローの言葉で、現実に引き戻された。
(そうよ! 聖女が死んだら、それはもう大パニックよ!!)
ベッドから飛び起き、近くに置かれていた靴を履いた。同じく近くに置いてあったカバンを持ち、ぐっと握り締めて自分に言い聞かせるように話す。
「そうだよね。いろいろ誤解を解いて、犯人も捜さなきゃ! 行こう、フロー!!」
そう言って彼女の手を掴もうとするが……
――スカっ!!
私の手は虚空を薙いで、ついでにバランスを崩す。私は手と彼女を交互に見比べるとまた涙が……
「はい! いちいち泣かない! 今のメルは、私なんです! しっかりと冷静な対応でお願いしますよ!? それに、魔法は解かないでください」
窓ガラスに映る私の姿は、フローティアのままだった。私が掛けた魔法は、私が解かない限り継続する。それは遺体の彼女も……
(――って、いま魔法を解くなって言った?)
「何で解いちゃダメなの!?」
その時、医務室の扉がノックされた。予想だにしなかった音に、小さく悲鳴をあげる。部屋の中には私とフローしかいない。「はい……」私は静かに返事をした。
「騎士団のルイスです。フローティア嬢、大きな声が聞こえましたが、大丈夫でしょうか?」
(……大きな声って。私達の声、そんなに響いてた??)
思わず手で口を押えて、フローを見る。彼女は右頬を膨らませて怒って居た。
私はフローを指差して『きっとフローの声でしょ?』と抗議する。すると彼女は左頬も膨らまして、ドアに向かい指差して『早く応対してくださいっ!』と怒られた。
私は小さくコホンと咳払いして、フローの真似をして答える。
「ルイス様、問題ございません。心配をおかけして、申し訳ございませんでした」
「いえ、何事もなく良かったです。扉の前におりますので、何かありましたらお声掛けください」
(ふぅ。よかった。誤魔化せたっ……て!! 声を聞いて心配して話しかけたと言う事は……彼、ずっと部屋の前で番をしてたの!?)
フローもそれに気付き、二人して慌ててコソコソと相談する。
「フロー、彼に会話聞かれてたかも。場所を変えよう。あっ! でもフロー事彼が見えたら……」
「見えないんじゃないでしょうか? 彼、意外と鈍感そうですし。とりあえず私の部屋に戻りましょう」
彼に対して酷い言い草だと思ったが、場所を変える事に合意した私達は「うん!」と頷いて。医務室の扉を開けた。
すると入り口の横には椅子が置かれ、そこには亜麻色の髪の青年が座っていた。彼は振り向くと、私を見て安心したように微笑む。……第三騎士団に所属・副団長のルイスだ。
(こんな近くに居たの?? 絶対聞こえるじゃん!!)
動揺して魚の様に泳ぐ私の目を、ルイスは不思議そうに澄んだ翠の瞳で見つめる。しかし抵抗虚しく、彼は私の視線を捕えた。嬉しそうに笑顔を咲かせた彼は話しかけて来た。
「フローティア嬢。目覚められてよかったです。部屋にお戻りですか?」
「ええ、ルイス様。ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。寮に戻って着替えようかと……」
「そうでしたか。では僕が部屋まで送ります。あんな事件が起こったばかりですから、ひとりでは危ないですからね」
「ええぇ?」
思わず疑問で答えてしまった。彼の提案にも困惑したが、『ひとり』という言葉にも引っかかった。隣りにいるフローが視えていない様だ。私はフローを見ると彼女は頷いた。
「ありがとうございます。お言葉に甘えます」
「使用人寮ですよね? では参りましょう」
「はいぃ」
私はルイスと共にフローの部屋へと向かう事になった。
このイケメン。フローにはこんなに優しく笑うんだなぁ……




