第65話 汚い手と嘘
人質だった侍女のアリサをコクヨウの背に乗せ、この場から逃がしてほっとしたのも束の間……私の背後でムーナが叫んでいた。
「こら! 出るなと言ったじゃろ!?」
扉の奥のがボコボコと歪む。魔物達が出ようとしているが、伸縮性のある膜のようなもので遮られている。
「メル! 本体は魔物達を押さえるので精一杯じゃ!」
「分かった。じゃあ、ケルベロス達は私達で返そう!」
この様子を見たベルメールが、ヒステリックに騒ぎ出した。
「もう、何なんですか!? 多勢に無勢で卑怯です!! ……だが、あの捨て駒は後々追いかけて殺せばいい。ははは! それに二人で私達に勝てるとでも!? 」
「それはこちらのセリフ! ココから逃げられると思った!? 」
私はポケットに入れていた、砕かれた魔法石の欠片のネックレスを取り出し両手で包んだ。祈るように聖女の『守り』の力を込めると、扉を中心とした半径500m程が淡く輝く。周囲は明るくなり、結界に包まれた。
「なに!? 結界だと!?」
「そうです。この結界は魔物や女神を冒涜する力を使う、邪悪な者を逃がしません。貴方もケルベロス達もこの結界が消えるまでは出られませんよ?」
ベルメールの背後にふわりとフローティアが降り立った。冥土の土産に説明した後、間髪入れずに剣を振るった。
「――!! 天使の癖に卑怯な!!」
私達は砕いてアクセサリーに加工していた魔法石を、森の中に配置して結界を準備していたのだ。彼女が言う通り、魔を封じる結界で封じられた者は簡単に出られない。フローの一閃をギリギリで交わしたベルメールに、彼女は呆れながら言う。
「屍術師の癖にすばしっこいですね。ルールも倫理も無い戦いを仕掛けたのは貴方です。私達は今日、全ての因縁に決着を付けます」
ベルメールの攻撃を躱しながら、フローティアがふわりと私の隣に舞い降りた。彼は三人の姿を睨みながら苦々しくつぶやく。
「なんだ、全員集合ですか。元聖女の魔力しか感じなかったのに……魔王とあのヤギに貴女の魔力を食わせましたね?」
そう! 彼が言う通り、コクヨウとムーナには、ここに来る前と交渉の時間の直前に私の魔力が籠った果物を食べて貰った。一時的に私の魔力を取り込んでもらい更に、私自身も彼女達を隠すために、魔力をひけらかすように放っていたから気付けなかったのだ。もちろん、人質交換の時間も情報も全て彼女達には知らせてある。
「そちらが人質なんて汚い手を使ったから、こっちも汚い手を使ったまでだよ。ケルベロスも返してもらうし……ベルメール、お前にはフローを殺した報いを受けてもらう」
「………………あああああ!! 生意気な聖女め! 僕だって対策済みなんですよ!」
彼は私達を囲むように、魔法の刃を展開した。邪悪な気を孕んでいるのでフローも無傷では済まない。そして容赦なくその刃は打ち込まれてゆくが……その刃は私達に届かなかった。魔法同士がぶつかり合う光と煙が消え、私達の姿を見たベルメールが茫然とする。
「何!? 無傷だと!?……杖無しでそんなに早く魔法が展開出来るだなんて……」
そう、一般的な魔術師は杖が有る事によって魔法の威力・精度・速度が上がるが、杖を使いこなすよりも、魔力ゴリ押しで戦っていた私にとっては……
「メルにとって杖はただの飾りです」
(建前として持っていた。それでも、魔法が使いづらかった期間は杖を活用していました!)
ベルメールを睨み、宣言する。
「それに、今日は私……本気だから」
「妾だって、魔力満タンでこの前より強いぞ!!」
ベルメールは怒りで顔を歪めた。彼から余裕が消えた。
「お前達なんかに私が負ける筈ない!! 出てこい! ケルベロス!!」
残り二体も地面からにゅるりと生えるように現れて、三体のケルベロスが揃った。
よし! これで三匹とも結界内に捕えた。
彼が指を鳴らすと、ケルベロスの額の石がひときわ邪悪な光を放った。そして私達を指差し、傀儡と化したケルベロス達に命令する。
「全員殺せ!!」
お互いに全力の戦いが始まる。




