第59話 ケルベロスの主人は大変
「メルに触るな」
ベルメールに白い斬撃を放ったのはフローティアだった。
白い鎧を身に纏い、低く凄味のある声で彼に警告するが……
「……おかしいですね。切られました……聖魔法? 魂を切るのか? 魔法を使ったようには見えませんでしたね……」
ベルメールにフローは見えていないようだ。彼がブツブツとこの現象を分析している隙に私は起き上がり、玄関の隅に立てかけてあった杖を掴む。
「伝書!! ルイスにベルメールが現れたと!」
王都に居るルイスに向けて伝書の魔法を放つ。杖の先から現れた黄色い鳥は、身を翻すと空へ吸い込まれていった。ムーナも気が付いて私の傍に駆け寄ってきた。
私達三人は構えて彼を睨みつける。しかし、ニヤニヤとしながらベルメールが話し出す。
「……そんな怖い顔しないでください。無駄な魔法も使わないで欲しいですね。僕が手負いになったとはいえ、勝てないのは分かっているでしょ?」
楽しそうに笑いながら、彼は玄関の外に黒い大きな犬を出現させた。額には黒い石が付いている。それを見てムーナは悲鳴を上げる。
「ケルベロス! なんてひどい!!……貴様!!」
ベルメールは得意げに眼鏡のズレを直し、仰々しく語り始めた。
「私は貴女の体が欲しいのです! 聖女の体は叶いませんでしたが、それに次ぐ魔力の持ち主! 僕の下僕となり、野望の礎になってもらい……うっ!!」
身体に圧縮した空気の球を受けて、ベルメールは屋敷の外に吹っ飛んだ。私が彼目掛けて攻撃したのだ。命が懸かった場面で卑怯などと言ってられない。
庭の端に飛んでいったベルメールを心配するかのように、ケルベロス達は彼の元へ駆けてゆく。屋敷の中では狭くて戦えないので、私達も屋敷の外へと出て次の魔法の準備をする。
ベロベロとケルベロス達に舐められていたベルメールが飛び起きた。
「卑怯ですよ!! まだ話してる途中……ならばこちらも! 行きなさいケルベロス達!」
三頭の犬たちが私達目掛けて飛びかかってきた。こちらの攻撃の準備は整っている。私とフローがケルベロスに攻撃を繰り出そうとしたその時……
「お座り!!」
ムーナの一言でケルベロス達は動きを止めた。その為、私達の攻撃は外れる。
「犬じゃないですか」
ツッコまずにいられなかったフローが険しい顔でツッコむ。当のケルベロス達は動きたいが動けないといった様子だった。それに驚いたのは私達だけでは無い。
「なんだと? そいつらは私が使役したのに!」
ムーナの纏う空気が変わった。背後からビリビリとした怒りが伝わってくる。彼女はゆっくりとケルベロス達の前に歩み出た。
「お前達どうした? お座りと言ったろう?……人間、貴様がいくら奪おうと、こやつらの主人は変わらない」
(主人! なるほど、ケルベロスの主人はムーナなのか! これは勝機があるかもしれない!!)
ムーナの言葉に対して驚いたベルメールは叫んだ。
「な、何だと!? そいつらの主人は魔界の王!! 魔王なんだぞ!?」
「そうじゃ、魔王だ。……おぬし、よくも扉から引きずり出してくれたのぅ? 痛かったぞ」
「「魔王!?」」
その言葉を聞いて私とフローは、ムーナを二度見した。ベルメールも更なる驚きを隠せない。
先月、北都の寺院で見た魔王のタペストリーが頭を過る。巨大な扉から出てきた黒く大きな魔族。魔の軍勢を従え、過去にこの国を混乱させた魔の王……
いつものふんわりとした空気が消え去ったムーナは、凛とした表情で言い放つ。
「妾は魔王ムーナ!! 妾とケルベロスの魂を割り、散々な扱いをした貴様を許さない!!」
えーー!!……まさか、魔王まで出て来るとは。




