第58話 魔境の屋敷に来たる客
あの日からルイス達は忙しくなった。
ベルメールが王都に出現したのだ。彼は王都に出没しては、ケルベロス達を使って騎士や魔術士たちを翻弄する。今までとは違い、目立つ行動を取るようになった。
だけど、寸前で逃げられてしまう。新聖女を守る為、ルイスは王都に留まる事が多くなった。
今日も着替えを取りに屋敷に帰ってきたが、またすぐに王都へと向かう。
「メル、留守が続いてすまない。だが、必ず捕まえてフローの無念を晴らすから」
「うん、屋敷は任せて。ルイスもアーリィも無事で……」
疲れた表情の二人を見送る。アーリィの背に乗り、ルイスは朝焼けの空を飛んで行った。一緒に彼らを見送ったフローが私に釘を刺す。
「メル、分かってますよね? ベルメールはルイス達に任せましょう」
「うん……」
留守を任された私は粛々と屋敷の管理をこなしてゆく。忙しく過ごすことで気を紛らわしていた。午前の休憩を取ろうとした時、不意に玄関扉がノックされた。
「こんにちは。フローティアさんはいらっしゃいますか?」
(珍しい、客人だ……)
私はフローティアへの来客と聞き、髪色をペールブルーへと変えた。しかし玄関に一歩ずつ進むたびに違和感が増す。
(勇者も苦戦した魔境に客人?……今まで誰か来ることが有ったかな? それにこの声どこかで……)
私は扉越しに客人に尋ねる。
「どちら様でしょう?」
「女神寺院からの使いです。どうか扉を開けて頂けませんか?」
寺院? そうであれば、ルイスを通して連絡があるはずだ。私の様子に気付いたフローとムーナが近寄ってくる。
「メル、私が様子を見ますので待っていてください。ムーナも静かに」
私達がフローの目を見て頷くと、彼女は玄関脇の壁からすり抜けて、客人の顔を見に行った。万が一の最悪を考えて緊張が走る。もしかして……
「――!」
外からフローの声にならない悲鳴が聞こえた後、鬼気迫る叫びが聞こえた。
「メル! 絶対に開けちゃダメです! 二人とも離れて!!」
私達は素早く扉から離れたが、一歩遅かった。
「「きゃぁっ!」」
次の瞬間、扉がひしゃげて吹っ飛び、私達も吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。気が遠のきそうになったが、何とかこらえた。
「ムゥ……な?」
打ち付けられたムーナは意識が朦朧としている。元々、扉が付いていた場所を見る。日の光を背に、招かれざる客人のシルエットが浮かんだ。
「見つけましたよ……お喋り侍女」
くせ毛の金髪に、眼鏡を掛けた青年。それは不敵な笑みを浮かべ立っていた。
(ベルメール!!!)
彼はコツコツと靴を鳴らしながら室内に入り、起き上がれずにいた私の上に馬乗りになった。ニヤニヤと笑い私を見下ろす彼を見て、フローが死んだときの姿がフラッシュバックした。一気に怒りが沸きあがる。私は片手で攻撃魔法の印を結ぶ。しかし……
「やっと見つけましたよ? さあ僕のモノにっ!!」
ベルメールはゆったりと腕を振り上げると、その手にはナイフが握られていた。魔法が間に合わない!! ナイフが振り下ろされる瞬間、白い刃が彼目掛けて薙がれる。
「何だ!!」
驚いたベルメールは、後ろに倒れるようにその刃から逃れる。だが、彼の左腕は間に合わなかった。素早く私から飛び降り、出入り口の近くに退避する。
招かれざる客に向けて、私の隣から低く凄味のある声が聞こえた。それは暗い室内であっても仄かな白い光を放ち、鋭い眼光で対象を見据える。
「メルに触るな」




