第52話 魔境の屋敷の優雅な休日
魔界の扉の結界を張り直してから約1週間。あれから国と魔界の扉に大きな動きは無い。この魔境の屋敷では、相変わらずのスローライフが続いている。
王都で新聖女関連の行事が落ち着き始めたルイスとアーリィは、久々にゆったりとした休日を過ごしている。ルイスはお茶を飲みながら読書を楽しみ、アーリィは魔界ヤギ・コクヨウの頭突きを受け止めて遊んでいる。
「うおりゃぁぁ!! 来い! コクヨウ! 遊んでやるよ!!」
「…………メ゛ッ゛」
「ぎゃははははは!」
どちらかというと、コクヨウがアーリィの面倒を見ているようだ。
ムーナは獣の姿時と癖が直らず、日差しで暖かい床の上で、丸まって昼寝を楽しむ。フローティアは昨日焼いたクッキーを紅茶を供えられ、にっこり顔で味わっていた。そんな穏やかな休日に……
――ガツン! ガコッ!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
私の悲鳴が響き渡る。
「何事じゃ!?」
――と、ムーナが飛び起きれば。
「……まぁ~た何か始めましたね?」
――と、フローが呆れ。ルイスは眉を顰めて天井から舞い落ちる埃を睨む。
「おーい、今の声ってムゥか? うごっっっ!!」
「メ゛ッ゛!」
――と油断したアーリィが、コクヨウの頭突きを受ける。
「妾じゃな~い! メルじゃ」
「私、様子を見てきます」
ふわりと浮上したフローが天井をすり抜け、私の部屋の床からにゅるりと現れた。椅子から転げ落ち床に転がっていた私と目が合う。フローは若干不機嫌そうな顔をしてらっしゃったので、私は誤魔化すように笑った。
「ごめん、うるさかったよね!? 」
「ええ。大丈夫ですか? 先ほどの音は何です?」
私は立ち上がると服に付いた埃を払い、同じく床に転がっていた音の原因を拾って彼女に見せた。それは歪な形の赤い宝石だ。
「この前の魔法石を割っていたんだよ。思いのほか、勢いよく弾けちゃって」
この魔法石、先週新聖女様が壊した結界杭に付いていた物だ。マジェンダ大臣からは『杭は好きに処分してもらって構わない』と言われている。しかし、これは王宮魔術師団が丹精込めて作った物! そのまま捨てるには惜しかったので、再利用できないかと悩んでいた。
「石を割ったんですか? そんな道具持ってました?」
「ううん。道具じゃなくて、石に強めに魔力を流して割ってみたの。この中にはもう魔力が込められているから、臨界を越える負荷をかければ割れるかな? と思って。この大きさなら、いろんなものに加工できるでしょ?」
この小さく砕いた魔法石を使って作りたい物があった。音と勢いは予想外だったけど、拳ほどの大きさの石は、私の思惑通り細かく砕けた。
やや早口で説明し、それを満足げに眺めていると、フローは手で額を押さえ静かに呟く。
「はぁ……。魔法バカのメルが復活ですか……」
そうなのだ! ムーナのお陰で腕に生えていた《《魔晶石》》がきれいさっぱり消えたのだ!! 再発の可能性が有るので油断は出来ないけど……これで生活がかなり便利になる。
「もう! 照れるなぁ。感激しないでよ」
「呆れてるんです」
――コンコンコン。
扉がノックされた。応えると怪訝な顔をしたルイスが現れた。
「メル、悲鳴が聞こえたが、大丈夫か?」
「うん、大丈夫! 大きな音立ててごめんね」
「いや、無事ならいいんだ。だが……これも直しておいてくれよ?」
ルイスが壁を指差すと、そこには魔法石の欠片がめり込んでいた。壁にめり込むほどの勢いだったの? その威力と、ルイスの資産《屋敷》に傷をつけてしまった事に、私は冷や汗を垂らす。
「……ごめんなさい。直します」
『壁の穴は魔法ですぐに』とはいかないですね……。




