第51話 そして扉は封じられる
突如、結界杭を一心不乱に地面に打ち付け始めた新聖女様。突然の出来事に一同凍りつく。
「せ、聖女様? 落ち着いてください……!!」
隣りに居た私は、慌てて彼女を諌めたが……再び杭が地面に刺さった瞬間。
――ガツッ!……ピキッ。
杭から嫌な音が聞こえた。ココ団長が頭を抱えている! 私の声が届いた聖女が止まった。肩で息をしていた彼女は、半泣きだった。唇をキュッと噛み、前を向いて杭を睨みつけた。この様子を見ていた導師様は、動揺しながらも儀式を進行する。
「あ、新しき結界が完成しました。儀式はこれにて終了です」
一同から安堵の息が漏れた。
◆
撤収準備中、私とルイスはマジェンダ大臣に呼び出された。周囲を確認すると彼女は話し出す。
「君たちの仕事はここまでで良い、例の件は頼んだ。王宮には『結界が発動しない、壊れた杭をこの場に残した』と報告する。壊れた杭の処分を頼む、杭は好きに処分してもらって構わない。君たちの助言通りもう一本作っておいて良かった」
ため息交じりに彼女は告げた。魔術師団は私が持つ他に、もう一本予備の杭を持っているが、《《誰も結界杭を発動できない》》と分かっているのに、壊れてない予備をこの場に置いて行くと怪しまれる。私達は屋敷で魔力を込めた杭を使い、結界を張る事になった。
「かしこまりました」
ルイスが簡潔に答える、結界の件については問題ないのだけど……心配事を大臣に尋ねた。
「あの……大臣、聖女様は大丈夫でしょうか?」
マジェンダ大臣は、難しい顔をして小さくため息を吐いた。
「難しいね……彼女は元来真面目な子だ。先週は気丈に耐えたが、周囲から聖女としての期待と、理想と現実に挟まれて苦しんでいる。彼女の為にも早く決着を付けないとね……」
三人の間に重い空気が漂った。自分よりも若い、少女の人生が狂い始めているのだ。見ていて気分のいいものでは無い。
「扉は……私達に任せてください」
「ああ、頼んだよ。聖女と王宮内の面倒事は私達が引き受ける。メ……ティア。次会う時はみんな救われる時だ。では私は行く、達者でな」
マジェンダ大臣がこの場を離れようとした時、私は思い出した。慌てて彼女を引き留める。
「大臣、お待ちください! これをお持ちください」
「なんだそれは?」
私が差し出したのは、小さな布袋だった。
「えっと……その……魔除けです! 今日の帰り位は持つかもしれません。城に戻ったら中身は見ずに燃やしてください」
ルイスが不思議そうに、布袋と私を交互に見つめる。マジェンダ大臣はクスリと笑い、その布袋を受け取った。
「君がそう言うなら、受け取ろう」
彼女はみんなの元へ帰って行った。私達は直接魔境の屋敷に旨を伝えて、みんなを見送った。
遠足は、家に着くまでが遠足だ。どうか、みんなが無事に帰れますように……
「お疲れ様。早速頼まれごとを片付けようか?」
「そうだね。私達に出来る事からやらないとね」
私達は扉の前に刺さった2本の杭を見た。先ほど聖女の手によって打たれた杭は片手で簡単に引き抜かれる。抜いた拍子に、杭の頭についていた魔法石がポロリと取れた。
ああ……王宮魔術師の働きの結晶が、無残に壊れてしまった。
「メル、結界を頼んだよ」
ルイスは私から壊れた杭を受け取ると、真剣な眼差しで私を見つめた。
私は力強く頷き、腰のホルダーに仕舞っていた杭を取り出す。
「まずは……今も稼働している杭を抜いてから、新しい杭を刺すね。ルイス、少し離れて」
彼は頷き後ろに下がった。
私は弱々しい光を放つ、結界杭を両手で掴み集中した。杭に残る『守りの力』を手から吸い取るイメージをし、杭をゆっくりと引っ張る。誰が触れてもびくともしなかった杭は、するりと地面から抜けた。
「「――!!」」
この杭が抜けると言う事は即ち、魔界の扉が緩やかに開き始めると言う事だ。
私は素早く次の行動に移す。新しい杭を手に持ち、先ほどとは逆に『守りの力』を杭に流し込んだ。杭の頭に嵌めこまれた石が強い光を放つ。
杭の術式が発動したのを確認すると、思いっきり地面に杭を打ち込んだ。吸い込まれるように杭は地面に刺さり、地表に行く筋かの光が走る。その光は地面から扉へと走ると、扉の動きをピタリと止めた。
「成功したのか?」
「ふぅ……うん! 成功したよ♪」
彼を見て満足げに笑って見せた。新しい杭は安定して強い光を放つ。
「古い杭はもう“ただの杭”になったけど……この場に残した方がいいよね?」
「そうだ。この杭は『自然に結界が切れた』と言う事にしなくてはいけないからな」
ルイスが古い杭を元有った跡に打ち込んだ。
「さぁ、これで僕達の仕事は終わりだ。屋敷に帰ろう」
「うん!お疲れ様!!」
任務の完了を喜ぶようにハイタッチをした。私達は屋敷に向かって歩き出す。夕方までには屋敷に到着するだろう。
「よく直帰が許されたね?」
「今日は早かったし、騎士団のみんなも優秀だからな。僕が欠けても問題ない」
「へぇ~、副団長独り占めとは私も贅沢だな~」
「ふん、こんな事滅多にないぞ? ……まぁ、僕に独り占めされてくれ」
(――? 独り占めしてるのは私の方なんだけどなぁ……)
疑問符を浮かべながらルイスを見つめると、彼は何かを思い出して尋ねてきた。
「そう言えは、マジェンダ大臣に渡した袋の中身は何だったんだ?」
それを聞かれて私は歩みを止め、言葉を詰まらせた。魔物避けと称してマジェンダ大臣に渡したモノ……
「えっと……それは……」
私は普段の生活を回想しながら思い出す。袋の中には小さな布が三枚入っている。
『メルの右腕おいしいのじゃ~』
『うまそうだな!! 涎が止まらねェ! 俺にも舐めさせろ!!……ぶふぅっ!!』
魔物とドラゴンの涎をふき取った布と、旧聖女の汗を拭いた布だ。――私には、彼らの匂いが染みついていると聞いたから……たぶん魔除けになるよね?
「はは……何だったかな~」
乾いた笑みを浮かべた私と不思議そうに首を捻るルイスは家路を辿った。




