第41話 魔族と魔晶石
「メル~♪ 何やってるのじゃ~」
裁縫の本を読んでいると、ムーナが後ろから抱きついてきた。甘く優しい香りがふわりと鼻孔をくすぐる。私の服が合わない彼女には、シーツを体にクルクルと巻いて簡易的な服を着てもらっている。
この屋敷の癒し系マスコットであったムーナが、実は魔族の美人のお姉さんだった。でも、姿が変わっても中身はムーナ。
好奇心旺盛な彼女は、私の仕事を色々と手伝ってくれる。そして、アーリィとも仲良くじゃれている。噂をしているとアーリィが私の右手を優しく握った。
「メル、魔力を喰わせてくれ。果物がダメなら直せつ……ぐふぅ!!!」
「メルはダメ~! この魔晶石は妾の!!」
ムーナに羽交い絞めにされたアーリィが倒れた。
家の中は運動会状態だ。せっかく直したのに……
「おい、ムーナ! そんなに魔晶石はうまいのか? 俺にも……」
「おいしぃ! でも嫌じゃ! メルは妾のものじゃ!」
彼女はそう言うと、私の右腕の袖をまくり、腕にかぷぅと齧りついた。お姉さんにこんな事をされてドキドキすると同時に、驚いてタジタジしてしまう。くすぐったい!
「じゃあ、左腕は俺が貰ってもいいよな?」
アーリィがそう言って腕にかぶりつこうとしていたので、私は慌てて両の手をひっこめた。
「こら! 二人とも!! その姿ではやめてよ! 複雑な気持ちだよ!!」
「複雑とはなんじゃ?」
「じゃあ、ドラゴンの姿ならいいのか?」
二人は不服そうな顔で私に迫ってくる。ドラゴンや魔物の姿なら前までは良かったかもしれない。でも、今は二人の人型の姿を知ってしまった。知ってしまった以上姿を変えても心は複雑だ。それをうまく説明できず唸っていると、助け舟を出された。
「こーら。二人とも、メルを困らせてはダメですよ? こんな姿をルイスに見られたら説教一時間じゃすみませんよ?」
二人はそれを聞いて、苦い顔をしながらも素直に離れてくれた。
(フローありがとう!! ルイス、彼らに一体何時間説教したの?)
呆れてため息を吐きながらフローは私の隣の席に座る。
「しかし……メルは二人の食料になってしまいましたね」
「そうだね……でも悪い事ばかりじゃないんだよね。ムーナのお陰で腕の魔晶石が減ったからね。この調子なら全部取れそう!」
右腕を確かめるように擦った。群生していた結晶も、今ではすっかり取れて小さな欠片と瘡蓋を残すばかりとなった。
「えへん! おまかせあれじゃ~! いくらでもたべる」
「魔族と協力したら魔晶石で困っている魔法使いが助かったりして?」
私は魔法を教わっていたドロシーを思い出した。彼女も魔晶石の影響で魔法のコントロールが難しくなって引退した身だ。
「むぅ? 食うていいのか? 魔晶石? 食べようとすると大抵の人間は嫌がって攻撃してくるからこちらも困っておったのじゃ」
これはwin‐winではなかろうか?? お互い利益しかない。
「魔界のヤギであるコクヨウは魔晶石たべないの?」
「あ奴は植物を通して魔力を摂取するからな。魔晶石はウマそうじゃが固くてだめだと言っておった。舐めるかもしれんのぅ」
名前を呼ばれたコクヨウが、窓の外からこちらを覘いた。耳をピコピコと動かしている。
そんな彼に、フローは笑顔で手を振った。大人しく魔晶石の魅力を聞いていたアーリィが騒ぎ出した。
「いいなぁ! 俺も魔晶石喰いたい! 俺食べたこと無い! 一口位良いだろ? なぁ!」
「しかたないのう……この欠片はくれてやる大切に味わうのじゃぞ?」
ムーナは懐から小さい赤い欠片をアーリィに差し出す。彼は嬉々として受け取って口に放り込むと……
「堅っ……まっず……」
予想を裏切られた、という彼の表情と共に……この場の空気が凍った。そしてムーナがひとこと。
「アーリィ、表へ出ろ。地の果てまで昼夜問わず終わる事の無い追っかけっこしてやろうか?」
美人に凄まれてさすがのアーリィも態度を改めた。
「いえ……大切にします」
彼はそう言って欠片を拾い懐にしまった。
「うむ、それでよい」
「でもムーナも旨そうな匂いがするんだよなぁ……食ってもいいか?」
「妾を喰おうとな? ほぅ、試してみるか?」
「まぁ」「ひゃぁ」
アーリィがムーナの顎に指を添えてクイッと持ち上げた。そして二人の顔は次第に近づいてゆく。こ、これは……止めようとしたその時、扉が開いた。外で作業して居たルイスが屋敷に戻ってきた!
「なっ!! コクヨウが無理矢理引っ張るから何事かと思ったら……お前達は何を始めようとしているんだ? 二人とも僕の部屋に来い。話がある」
「「う゛っ!!」」
窓の外ではコクヨウが心配そうにこちらを見ている。
(コクヨウ! いい仕事をありがとう!!)
ルイスの言葉を聞きアーリィは怯えながら返事した。
「俺はただメルの代わりにムーナを!」
「替わりだと? 尚更性質が悪い!! 早く来なさい」
「人間のルールは難しいのじゃ……」
ルイスは二人を連れて部屋を出て行った。
「あれは長くなりそうですね。ドラゴンと魔族の教育とは、さすが副団長。メルは甘やかし担当だから丁度いいですね」
食料担当かつ甘やかし。それもどうであろう?
「はぁ……じゃあ食事の下準備でもしようかな。食材に祈って魔力を付加させないと。それに二人ともよく食べるからたくさん作らないと……」
「まぁ。今日は何を作るんです? 隣りで応援します。私、応援担当なので」
私はウキウキとしたフローと、キッチンへと向かうのであった。
食料担当、本日も親友に見守られながら夕食の準備を頑張ります。




