第37話 魔界の扉を事前調査
「うわ~、大きいねぇ」
「そうですね。もう少し小さいイメージが有りました」
「…………」
私とフローティアは森の中にそびえ立つ漆黒の扉を見上げ、しみじみと感想を述べた。これはクロフォード家領地内に存在する魔界の扉だ。
北都サイレンから戻った翌日、私・ルイス・フローの3人で魔界の扉を偵察に来ている。アーリィは昨日の長距離移動が有ったので今日はお休み。ムーナには『寒いからいや~』と振られてしまった。
ここに来たのは何年振りだろう? 私が聖女になる前で、前聖女様のお付きとして来ていた。その時は色々大変だった気がするけど……その前後が忙しすぎて良く覚えていない。
以前は魔物が多く、瘴気に満ちていた印象が強かった。今ではすっかり落ち着いている。さすが前聖女様。正確には前々聖女様か。
「おかしい……」
――???
今日はルイスの様子がおかしい。何かにつけて『おかしい』とつぶやくのだ。
私は扉に近づき結界の様子を確かめる。巨大な扉は、地面に刺された杭に邪魔されて完全に開くことは無い。隙間からは黒い靄のような手が無数に出て蠢いている。そう、この扉。常に少し開いているのだ。だから、ムーナやコクヨウといった小型の魔物は扉を潜り抜けてしまう。だが完全に閉まると魔物を返す術がなく、このような対応を取っているのだ。
私は更に結界杭の様子を確かめた。杭の頭に赤い宝石が埋め込まれており、その魔法石からは常に淡い光が放たれている。実はこの魔法石、結界を展開した直後は眩しいくらい光っている。つまり……
「結界は、まだかろうじて残っているだけだね。持ってあと1カ月位かな?」
「予想より長く持ちましたね? 前々聖女様も悪名高い割にはちゃんと仕事するじゃないですか」
「悪口はダメだよ? 前々聖女様は厳しいだけで、ちゃんと《《最低限》》の事は……」
「メルも皮肉が漏れてますよ?」
うう、前々聖女様の話は終わり!!
「ここまでのルートも確認できたし、魔物も全然いないから大丈夫だね」
「ええ、拍子抜けするぐらい何も出ませんでしたね? 魔境とは名ばかりです」
私達は散歩かピクニックにでも来たかのように、何者とも戦わず無事に辿り着いた。ルイスがガチガチに装備して警戒していたが、杞憂に終わった。
「ここら辺もお屋敷の周りと同じで魔物見ないね? この領地に来る前は、みんなから魔境とか聞かされてビクビクしていたけど、意外に快適……」
私の言葉を聞いてルイスは青い顔しながらゆっくりとこっちを見た。
「僕は今でも屋敷の周りで時々魔物に襲われるんだが……」
「「「え?」」」
3人の間を静寂が支配した。魔界の扉の前だけあって不穏な気配がする。
私達、別の土地の話してる!? 同じことを考えていたフローがルイスに尋ねた。
「ルイス、疲れて別の土地の話をしていませんか?」
「いや、まぎれも無くクロフォード家の領地の話だ。過去ではなく今の」
「え! だって―――!」
私は走って森の中に飛び込んだ。
「ほら! 何ともない!!」
そう言いながら笑顔で振り返ると、ルイスが魔物に襲われていた。ルイスの隣ではフローがドン引きして硬直している。
(嘘ーーーー!!!)
携帯していた杖を握り締め彼の元へ向かうと、私に気付いた魔物は森へと消えて行った。
「あ、あれ? 魔物は??」
「これで確信できましたね」
「ああ、魔物はメルを襲わない。メル魔境に何かしたのか??」
何かしたかと聞かれ、とっさに自分の行いを見直す。けど、これと言って何もやっていない。
「何もやってないよ!! 泉に祈ったくらいで……」
3人そろって首を捻っていたが、答えは出なかった。だがフローがぽつりとつぶやき今日のピクニック……偵察は終了となる。
「魔物の事は魔物に直接聞いた方が早いんじゃないですか? 屋敷に戻って聞いてみましょう」




